(4)後編 ー下ー
ー (4) ー
詩音は考えるよりも先にダッシュしていた。グレイスが眠る花の根元を手荒に狩ろうとする半裸巨漢たちに向かって。
匕首を抜くようにピッケルを抜き、半裸巨漢たちが持つ電動ノコギリや大斧、ツルハシを蹴散らした。
そこにギルダが割って入ってきた。初老とは思えない素早さで、詩音はいつ距離を詰められたのか気がつかないほどだった。
「インサイト‼︎」
ギルダの目の中で泳ぐ虫の幾十の目が、高性能カメラレンズのように音を立てて詩音の各部を捉えた。それはあたかも、詩音が動く前にすでにどう動くかを捉えているようだった。ギルダのインサイトの能力、それは『相手の先を取る』。
「うだらあぁ〜‼︎」
詩音が”遅れて”ピッケルを振った。幾重にも重なる連続攻撃だったが、その全てがギルダ愛用の特製短身ボウガンの銃身に先に防がれた。
「ぐっ、遅いのあたし?」
その場から全く動かず詩音を捌くギルダに、圧倒的な差を感じた詩音はなんとか距離を取り、そして言った。
「あたし、あんたみたいなヒキョーなタイプ大キライだけど‥‥‥」
ピッケルを置き、なんと地に正座し、
「お願い! もうこの花はあんたに渡すから、この花を無事に外す方法を教えて。グレイスを殺さないで」
詩音はこの少女にしては珍しく、背筋を伸ばしたまま頭を下げた。
「おまえ‥‥‥」
成り行きを見守っていたエバは声に出さず呟いた。
ギルダは、高級革靴を踏みしめながら歩み寄り、詩音を覗き込んだ。
「詩音ちゃん、私はキミみたいなコ好きだよ♡」
と話しながらギルダは詩音の首筋をペロッと舐めてみせた。
「《リンディニ》‥‥‥、あの花の雌しべ、子房のど真ん中に埋まっているのはキミのペットかい? 」
ふうん、と鼻もひっけかない口ぶりでギルダは、
「リンディニは、罹患した生体に潜行・浸透同化することで疾病を吸収分解できるが、《同体》になるからもう離れないんだよネ♡ 別々のものがくっついたんじゃない。あのペット、もう《花》なんだよ」
半裸巨漢たち、持参していたガスバーナーに種火を点火した。電動ノコギリも轟音を上げ再び始動した。
「おじさん達、この《花》の扱い方、よく知らないんだよね〜。だから、このまま持って帰ることにしたから、ネ♡」
丸太のように太くがっしりと左右の樹木に張った《リンディニ》の根にバーナーの炎が刺さった。巨漢達が手荒に根を剥がしだしたのだ。
「ダメ‼︎ 無理に外したら、きっと‥‥‥」
「きっと、どおなるのだ?」
グレイスとリンディニは《同化同体》している。その根元を切られたら、花もグレイスもその運命はーー
聞き返すエバの声に詩音は答えられず、唇の奥を噛みながら気がつかないうちに涙が滲んでいた。
エバは鞘から鍵ナイフを抜きながら半裸巨漢たちに向かっていった。もちろん阻止するため。グレイスを救うため。
一番手前の巨漢の払う腕を素早く躱し、ナイフで切りつけた。
だが、別の巨漢がエバの細い首根っこを鷲掴みにした。
このぉ、と斬られた巨漢が腹立ち紛れに怒りで固めた拳でエバを殴りつけた。だが、その腕にエバはかぶりついた。巨漢の太い腕に。大きく広げた顎が外れそうだった。3人の巨漢たちはエバを殴り続けた。口は切れ、鼻血が溢れ、エバの顔面が腫れて変形していった。
それでもエバは噛みついたまま離れなかった。思いっきり、力の限り。
詩音はピッケルを握りしめ立ち上がった。
「くそっお‥‥‥、もぉ、やるしかないっ‼︎」
「おおっと、オレに撃たせるなよ。オレの目、《インサイト》からは逃げられねーぜ」
愉しげにエバや詩音の苦痛な様を見物していたギルダは、至近距離でボウガンを向けた。
ギルダは詩音が距離をとり動き回るものと想定していた。だが、ギルダは意表を突かれた。詩音は離れるところか懐に飛び込んできた。
「うっだらあぁ〜〜‼︎」
足先から腰を入れ、小回りを利かせ詩音は逆袈裟で斬りかかった。
「ワッシャー‼︎」
ギルダは年甲斐もなく奇声を上げながら気合一閃、両手持ちのボウガンを盾にピッケル攻撃を弾いた。
だが、ここでも詩音は敵の意表を突いた。弾かれたピッケルを取りには行かず、ギルダに組み付きボウガンを掴むと、なんと自ら自分の胸に銃口を向け押さえつけた。
「撃て、あたしを撃てっーーー‼︎」
「なにっつ」
「撃て、撃ちやがれコンチクショー‼︎ さっさと引き金引かねーかコラっ。撃ちたくて撃ちたくてたまんねーんだろこの背広オヤジー!」
さすがのギルダも不意を突かれた。詩音は自分に向かって撃たせるために、引き金を引かそうと強引にギルダの指を力いっぱい抑えた。
「くっ、気は、確かか。このガキっ!」
押し合いもみ合いになりながら勢い、弾みで矢が発射された。狙いは定まらなかったのか、矢は詩音のふともも深くに食い込んだ。
「ぎゃっづ‼︎」
刺さる痛みは食らう瞬間よりも後からズンズン響いてくる。詩音はふとももを抱え込んで転がった。患部が割れるんじゃないかと思うほどの激痛を唇を噛み締め、背筋や首筋の力も使って全身震えるほど力いっぱいふとももを抱きしめた。それでも痛みは紛らわせられないが。
この紳士然としたこの男には珍しく、ギルダは下品にツバを吐き捨て、
「ちっ、気分悪い。このオレに撃たせやがって。あんまり調子に乗るから」
再び、ボウガンに新しい矢が装填され、まだ苦痛でのたうち回る詩音に向く。矢の先端が鋭く光った。
「くっくっく、だが、その足ではもうチョコマカ動けんだろ。もっとも、飛び跳ねたところでオレの《眼》からは逃れられんがな」
ギルダの虫が一斉に眼を剥いた。幾十もの瞳に詩音の歪んだ顔が映っていた。照準が合った。
だが、
詩音の頭を巻いているロングスカーフが柔らかくまくれ、おでこが光った。
「随分ご自慢よね、あんたの虫。でも、虫を飼っているのはあんただけじゃないんだから」
「なに‥‥‥これは、まさか」
光ったおでこからみつばち型の《虫》が飛び出した。
「これがあたしの虫、《メモリー》だ!」
光るみつばちは猛烈な速さでジグザグ飛行を繰り返し、巨漢たちに迫った。
みつばちは愛嬌たっぷり、クリッと大きな瞳でウインク。
その刹那、巨漢たち3人の身体を一瞬で駆け抜けた。エバを殴りつけていた巨漢たち動きが止まった。
と、次の瞬間、巨漢の腕、背中、足から血が噴き出した。巨漢たちは痛みに悶え倒れた。その様はボウガンを喰らった詩音とそっくりの傷とそっくりの痛がりようだ。
詩音の虫は返す刀で、ギルダにも突撃!眼前に迫った。
「うほお♡ これがキミの《虫》の性能か。追い切れるか」
ギルダは自慢の眼で軌道を追った。だが、《メモリー》に軍配が上がった。直前で複数に分身。《インサイト》の眼すべてに《メモリー》が駆け抜けた。
刹那、ギルダも巨漢たちと同様、崩れ落ちた。詩音が受けたボウガンの傷と同じものを受けて。
「うふふふ、負った人の傷、痛みを記憶、他者に伝播し”転写”させる能力を持つ虫か。噂には聞いてたよ。でも体感するのは、初めて♡ なるほど、これがキミが味わった”痛み”か‥‥‥」
「あたたた、これやんのヤなのよ。痛いんだからホントに。でも、あたしみたいなちびっ子がヒキョーもん倒すには、これしかないのよね」
この術を使うために自分で足を撃ち抜かなければならなかった詩音は、早くやめたい、とはボヤかなかったが、痛みに顔歪めながらよっこいしょと立ち上がってきた。
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つづら箱の蓋が開いた。
箱を中心に風が巻き、エネルギーを思わせる光が発生し始める。
「まったく、今回もあんたのおかげでこんな目に遭ってるじゃない。謝罪と賠償をヨーキューしたいわ。さっさと出てきなさいよ」
朝にもかかわらず、詩音の背後周辺が闇に包まれ、詩音の実姉、時雨が闇から発生してきた。死神を彷彿とさせる時雨は手にした大鎌を背後から詩音の喉元に当てた。錆びた鉄の匂いがかすかに鼻についた。
「詩音ちゃん、いいかしら。始めるわよ」
「くそっ、やるっきゃないか。あんたこそ、しくじらないでね。失敗したらシんじゃうのあたしなんだから」
詩音は、口に血を含み、腫れた顔で見上げているエバに優しく笑みを浮かべ、
「ここで見てて。ちょっとやってみるから。あんたの”友達”のために」
詩音は、ピッケルの柄部分を力強く握りこんで、静かに呼吸を整え、気を入れていく。
先程までとは打って変わり、詩音の目の色が違う。真剣で、そして澄んだ瞳。
「太刀斬り!」
ピッケルの柄は、まるでむき出しの日本刀が仕込まれている。その斬れ味は痛みを感じさせず指を四本とも落としてしまうほど。詩音は気持ちを込め、唱えた。
『花を狩るもの 生命を狩るもの
汝、自らを狩るか
その身体を懸けて 構わぬか』
「詩音ちゃん、いいかしら?」
そう問われた詩音は、音が聞こえるくらい強く目を見開いて、発した。
「鎌輪ぬ!」
ピッケルが振り抜かれた。そして大鎌も引き抜かれた。
暗闇の中、パッと一面にリンディニの花びらが舞った。詩音の右手の平に一筋の切り傷が刻まれ、一筋の赤い筋が流れて、揺れた。
大鎌で刎ねられた詩音の首が飛び、その斬り口が「輪」になった。
これが『鎌輪ぬ』。
『太刀斬り』は『断ち切り』。花を外すプラントハンター古の儀法。ハンター経験浅い詩音は、時雨のチカラを借りて一縷の望みに懸けたのだった。
闇は晴れ、密林は平静を取り戻した。
地面に倒れた詩音に、よろめきながらギルダが歩み寄ってきた。受けた傷はかなり効いているようで苦痛に歪んでいた。ボウガンの矢を苛立ちを込めて握りしめ詩音に襲いかかった。
「!」
エバは一瞬、息を呑んだ。だが、間一髪、詩音を救ったのはグレイス。宙から舞い降り、ギルダの頭を踏みつけた。
グレイスは無事な様子でしかも、リンディニによって疾患も取り除かれ元気な姿をエバに見せた。
エバはグレイスの首に飛びついた。そして、目ヂカラの強いコワモテ少女が初めて笑顔を見せた。
『太刀斬りの儀』は無事に成功した。
倒れながら、こちらも無事だった詩音は安堵の笑顔になっていた。エバらに気づかれないよう、隠れてコッソリと。
「うう〜ん、気持ちいい。あたしもこれからはちょっと楽になるねえ。さあ、あたしの代わりにちゃっちゃと花をいっぱい探してよ。自慢のお目々使ってね。さぼるんじゃないぞ」
なんと、登山用ロープでぐるぐる巻きにしたギルダを連れて詩音は旅路を進んでいた。
転んでもタダでは起きない詩音であった。
「オマエ、このオレをコキ使うってのか。なかなかヤるな〜。まあいい、仲良くしようゼ♡」
「ああ〜、コラ、図に乗るんじゃない!」
姉が眠っている箱を背負い、”相棒”もできた詩音の旅はまだまだ続きそうだ。
ー END ー