(3)後編 ー上 ー
ー(3) ー
朝。
意外にも気持ち良さげに寝ていた詩音の顔スレスレに、力のこもったエバのナイフが突き刺さった。
「むがっつ! な、なに⁈」
すでに目を覚ましていた巨頭が指をさして噂し合っている。
詩音とエバは、そびえ立つ”その”巨大な物体に呆気にとられた。
左右の樹木に根を四方に張り、見上げるほどの大きな胡蝶ランに似た花弁に包まれたその中心の奥深くに、”花”と同化したグレイスの顔が見えた。
”グレイスの花”でも咲いたのか?
”グレイスの方が花に取り込まれたのか”?
予想外の展開に詩音は落ち着かず、オロオロしているのが自分でもはっきりわかった。
「花が、リンディニが”発花”してる‥‥‥。いつの間に、どーして?」
詩音は隠しもっていたはずの《花》が知らない間に発動し開花していることにショックを隠しきれなかった。しかも、エバの大事な”ともだち”をしっかり巻き込んで。
その時、詩音にはつづら箱のフタから、かすかに時雨の服のすそがはみ出て挟まっているのが見えた。一度開いた形跡があることは間違いなかった。
「ぐっそ〜〜、あのクサレ。またあいつの仕業かよっ!」
だが、おっかないハズのエバがなぜか静かだった。真っ先に責められるのか、とビビっていた詩音は意外に思っていた。
エバが、穏やかにひと言つぶやいた。
「‥‥‥久しぶりに見たのだ。グレイスがあんなに気持ちよさそうに」
確かに。
花の中心、雌しべの子房に同化してしまったグレイスが、ゆったりとリラックスした、なんとも言えないほど穏やかな気持ちであることが詩音にも感じた。それは痛み、苦しみから解放されたささやかなひととき。おそらくは、安眠できたのは久しぶりだったのではないだろうか。それを思うと、他人のこととは思えないじんわりとした喜びも感じた。
だが、
「この先どうなるのだ? グレイスは、いつ目を覚ますのだ?」
ちゃんと元に戻るんだよな、のエバの言葉に詩音は胸を刺されたような痛みを感じた。
”リンディニ”は罹患した宿主と一部同化することで深化し、疾病要素を深いレベルで吸い取ることが可能となり宿主を治癒する能力がある反面、リンディニの同化作用を外すことは困難を極め、ベテランハンターでも不可能と言われている代物だったのだ。リンディニを運ぶにあたり、そのことを詩音は知っていたのだ。
「あの、実は、この花はーー」
エバの問いに、詩音はエバを救う適切な言葉が浮かばなかった。
その時、
「ブぎゃっ!」
「ぐブフェ!」
グレイスと花を取り囲んでいた巨頭たちがぶっ飛ばされた。
「しまったっ‼︎」
詩音は我に返った。すっかり忘れていたが、もうひとつのプレッシャーがやって来た。リンディニの”発花”でライバルを呼び寄せてしまったのだ。
「やあ♡ またまた見つけちゃった。こういう展開になってくれると、話は早いよね」
血走って肥大化した目の中を泳ぐ虫の目が剥いた。再び、ギルダと汗かき半裸巨漢たちが立ちはだかった。《インサイト》の体側に備わった幾十もの目が同時にバラバラの方位を向いた。まるで全方位を漏れなく監視できるレーダー網に見えた。
「あらあら、花、咲いちゃったねえ〜。思ったよりも大きくて綺麗だったんだね。でも、いいのかな。客に届けなきゃいけない大事な花なんだろ。でもおかげさまで、君たちの居所が見つけやすかったよ。私の《インサイト》で♡ 遠くからでもよおく見えたよ」
こう嬉しそうに告げると、ギルダは三日月型の口をパカと開き、
「せっかく詩音ちゃんがお膳立てしてくれたんだ。じゃあ、いただいていくよ♡」
電動ノコギリに火が入り轟音が鳴り響いた。
ひとりの半裸巨漢が電動ノコギリを手にした。
ひとりの半裸巨漢が錆が目立つ大斧を二本振り上げた。
ひとりの半裸巨漢がハニカミながらツルハシを担いだ。
3人はそれぞれ花に近寄った。花を狩るのに根から断つために。
根が断たれ花が枯れれば、グレイスは一緒に”枯れてしまう”のか。
どおする⁈
詩音は、自分の気持ちが固まる前にすでにピッケルを抜き巨漢たちに向かっていった。
※(4)に続く