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(2)中編

ー (2) ー




焚き火の炎が燃え続けている側で、巨頭たちが風船みたいな鼻ちょうちん広げ居眠りこいている。

密林の夜も深くなった頃、姉・時雨の寝ているつづら箱の傍で、詩音はまんじりと眠れずに疲れた目を見開いていた。それというのもピッタリくっついて座っているエバにまだカギ状ナイフを突きつけられていたのだ。

「おまえ、ほんとうにプラントハンターなのか。好きなのか、ハンターの仕事が」

「べ、べつに好きでやってんじゃない。早く辞めたいから必死になってやってんのよ」

エバは吐いた息が冷めないほどの至近距離で、詩音を結構長い間凝視した。

「ゔゔ‥‥‥」

間が持たないのか、エバの目ヂカラに負けた詩音はいつになく口が軽くなっていた。

「プ、プラントハンターってのは、この《ガーデン》に咲いてる特別で珍しい《花》を探し出して持ち帰るのよ。例えば、『植えると1000度の熱風を吹く花』とか、『空気中に植えると風の噂が聞ける花』とか、『野菜を果物にシェイプシフトさせる花』とか』」

「そんなもの取ってどうするのだ。花好きなのか?」

「あたしじゃない。買ってくれるのよ。珍しもの好きコレクターとか、研究所とか」

「じゃあおまえは、お金がほしいのか」

そうエバに聞かれた詩音は密林の隙間から覗く夜空を見ながら小さく答えた。

「知りたいことがあるのよ、どーしても」

エバはグリッとした大きなまなこを微動だにさせず、

「それで、おまえは今、どんな花を持っているのだ」

詩音は、一瞬息を飲み返答を迷った。

プラントハンターの習性として、素直に自分の所持している《花》の話はしない。『自分以外はみな潜在的な敵』の生活をしているからだ。高価で取引される《花》を手にした瞬間、強盗やライバルハンターに狙われるのは当たり前。苦難の旅をくくり抜けた仲間であっても、奪い合い、裏切り合いは珍しくないのだ。

「え、あ、あたしは、別にーー」

そんな詩音のたどたどしいしゃべりに関心ないのか、エバは詩音が背負っていたつづら箱、通称《ウォードの箱》をジッと眺めている。詩音のことをなんでも知りたいのか、どうも気になるようだ。

「この箱にはなにが入っているのだ」

「へ? なんでそんなもん気になるの。カンケーないでしょ」

詩音にとってこの箱にはデリケートな話。自然と気持ちが荒くなった。

「大事なものなのか」

だが、語気がちょっと強くなったエバにビビった詩音は、

「い、いや〜、そんなつまらないモンすよ」

「見るぞ」

「ゔああぁ、ダメダメダメ!」

箱のフタをゆっくり開くと、さすがのエバも表情が変わった。

大小の蔓が無数に張り巡らされた中、膝を抱えて寝ている少女が見えたのだ。図鑑にも載っていないような線虫や粘着性生物らしくものが少女の顔や身体に幾つも這っていた。

「これはだれだ。死んでいるのか?」

「ちがうちがう! 寝てるだけ」

詩音はちょっと言いづらいのか、ぷいとよそ向いてから、

「あ、あたしのねーちゃん。滅多に起きないの。ワケあって‥‥‥」

「好きなのか、こいつのこと」

「大ッ嫌いよ、こんなやつ‼︎」

エバが引くくらい詩音は荒ぶった。1発、姉が寝ている箱を蹴っ飛ばしてから、

「いっつもあたしの邪魔ばっかして、勝手にトラブル引き起こして、後始末はいつもあたしに押し付けて、すっっごいメーワク‼︎」

一気にまくし立てて少し落ち着いたのか、ひと息つきながら、かすかに箱に触れた。

「でも、こいつ、あたしのねーちゃんなんだ‥‥‥。こいつを元に戻す方法を早く見つけ出したい。早くこいつから離れたい。そのためにプラントハンター始めたんだ」

おそらくは、めったに口にすることのない詩音の奥に秘められた気持ち。

それを聞いたエバは、

「そうか、おまえはねーさんのことが、ホントに好きなんだな」

「ぢっがうだろ! ちゃんと話聞いてたのかよっつ‼︎ 別れたいんだよ、あたしは」

「あたいにも、好きな友達がいる」


詩音はしぶしぶ、エバに連れられ、彼らが普段乗っている鹿に似た生き物たちが休んでいる場所に向かった。大きな角を持った子鹿グレイスが、地面にしゃがみ小刻みに震えている。

エバはグレイスのそばに寄り添うようにしゃがみ、

「このグレイスは、あたいのただひとりの友達なのだ。小さい頃からずっと一緒で、あたいを乗せてどこまでも走ってくれた」

まだ”小さい”はずのエバは、グレイスの首筋をなでながら話した。何度もなでながら。

「でも、このところお腹が痛くて動けないのだ。グレイスがこんなに痛がっていても、あたいはなにもしてやれないのだ」

「あ、あのーー」

詩音は、ついホロリときてしまった。顔には出さなかったが。自分が今運んでいるリンディニが一瞬頭をよぎった。多くの疾病を宿主から吸い取る花。

しかし、

「おまえが旅を続けて、なにかグレイスを助けてくれるものをみつけたらおしえてくれ」

そう告げるエバに、詩音は答えられなかった。

「ごめん、なにもできなくて‥‥‥」








詩音はひとり、樹木にもたれかかり隙間から覗く夜空を眺めていた。《リンディニ》が収められた試験管をかすかに差し込む月明かりに透かして覗いた。運搬用の特殊な緩衝液に浸された小指に満たないほどの小さい苗木。薄いピンクのグラデーションが印象的に見えた。

「あたしだってさ、なんとかできるならしてやりたいさ。けど‥‥‥」

誰も聞いてないのに、ひとりゴチる詩音。グレイスを治すことはできるかもしれない。

「けど、ヤバイのよこの《花》は。あたし外し方知らないし。植え込んだ後、どうなるのか全然知らないし」

すると、唐突に詩音に眠気が襲ってきた。急に瞼が重くなりウトウトと意識が揺らいだ。

「あれ、あれあれ‥‥」

そう、”あれ”が来たのだ。

つづら箱がゆっくりと開いた。詩音の”メーワク”な姉、時雨が目を覚まし出てきたのだ。

大きく背伸びをしたあと、まるでネコのように両の手を地につけて腕、背中を反らした。

「詩音ちゃん、詩音ちゃん!」

時雨が声をかけるが、身体を揺すっても詩音は熟睡して目を覚まさなかった。

「もう〜、詩音ちゃんたら、いっつも寝てるんだから。たまには愉しくお話ししてくれたっていいじゃない」

軽く頬を膨らませた時雨は、あら、と目にとまったものが。夢を見ながら眠るエバのそばでたたずむグレースだった。

「まあ、まあ。こんにちは」

時雨はグレースの頭や背中に軽く手を触れてみたが、グレイスの目は苦痛の色が浮かんでいた。

「ああん、かわいそう〜、痛むの? どこ、お腹?」

時雨はグレイスを驚かさないように、触れないよう手をお腹に手を当てた。

「もう! 詩音ちゃんたら、どうしてこのコを助けてあげないの。こんなに苦しんでいるじゃない」

腰に手を当て、プンスカ憤る時雨は、

「そうね! 妹をフォローしてあげるのがおねーさんの役目よね。姉妹は助け合わなくっちゃ♡」

とひとり悦に言い放つと、詩音が握っている試験管を取り、中から《リンディニ》の苗木を指で摘み抜き取った。

そして、そのままグレイスの額に乗せると根がグレイスの中に埋まっていった。時雨はその動きに合わせて指で軽く押し込み植え込んだ。


ー インターカレーション(挿入) 完了ー


深夜の暗闇にグレイスの身体が、うっすら発光し始めた。”細胞の発火”が《花》によって始まった証だった。

その光の中で、時雨はひとり悦に浸った。


そして朝がやってくる‥‥‥






※(3)に続く



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