(1)前編
ー ⑴ ー
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一歩、足を進めた次の瞬間、鋼鉄製のボウガンの矢が佐保姫詩音の背負ったつづら箱を掠めて弾いた。
「‼︎ はやっ、もう居所バレたの」
昼だか夜だがもわからないほどの漆黒の密林。音が先だ。矢がさらに数発飛んでくる。
詩音は腰ホルスターからピッケルを抜き、矢を弾いた。必死である。
追っ手が囲んでいるのは確実に感じる。だが、怖いほどの静かな空気だ。
詩音は辺りを見渡すのに首を振ることすら隙ができそうで怖かった。
「いる‥‥‥、ゼッタイ囲まれてる。でも、怖くない、怖くない」
唾をひとつゴクリと飲んだが、本当に硬い気がしてのどが痛かった。
上!
相手が動いた。詩音は真上に迫る”圧力”を感じた。
「来たっ、カウンター、返り討ちだぁ、うっだらぁーー!」
だが、降ってきたのは汗だくの半裸あんこ型巨漢が3人、大の字になってダイヴ!
見上げた詩音の視界には隙間がないくらい肉、肉、肉。+肉汁×3
「ゔそっ‥‥‥、にゃああああぁーー!」
予想外のインパクトに詩音はさすがに度肝を抜かれた。
静寂の密林に地響きがした。
「うぎぎぎ‥‥‥ギブ、ギブ!」
おそらくは200キロ級のあんこ型たちの下敷きになった詩音は、何度もタップしても許してもらえなかった。重いのもキツかったが、水を含んだスポンジみたいな巨漢たちの汗肌が詩音に食い込み、臭くて気持ち悪かった。ポタポタと垂れてくる汗粒にも苦しんだ。
「ぬわゔぁ、この汗キチい〜〜」
呻き声をあげる詩音を見下ろす初老の男が顔をのぞかせた。
「わぁお‥‥‥、元気いいねえ、詩音ちゃん♡ 新人プラントハンターはこうでなくちゃ」
胸ポケにはチェックのハンカチーフが覗く。足場が悪く、汗ばむような密林で高級スーツに身を包んだ初老の男ギルダがニタリと笑った。
「さて、と。詩音ちゃんの運んでる《花》をもらおうかな」
「あ、あたしのはなぁ〜? 勘違いぢゃない。あたしまだ新人よ。そんな高価なもん持ってるわけーー」
ギルダは低い声でふふふ、と小さく笑ったかと思うと、
「《虫の知らせ》っていうだろ。告げるんだよ。オレの虫が」
そう言うと、ギルダは濃いサングラスを外した。
詩音はうげっ、と息を飲んだ。
右目だけ肥大化した眼球の中で線虫が泳いでいる。線虫の胴部に生える数十の眼が一斉に詩音を凝視した。プラントハンターの多くは体内に独自の《虫》を寄宿させている。その多くはここ《ガーデン》で生殖する貴重な種《花》の位置や効能などを感じ取ることができる。そのため、ハンターたちはより精度の高い《虫》を求めていた。もっとも《虫》にはその他にも特別な性能が備わっているがーー
「ゔぶっ、きもちわる‥‥‥」
「オレの可愛い虫はどんな遠くにあっても、私が欲しいものを見通す。めちゃ欲しいねぇ〜♡ 詩音ちゃんが持ってる《花》はナニかなぁ」
ギルダは右目とインサイトの目でニタニタと詩音を舐めまわした。しばらく愉しんだのち、ギルダは詩音が頭部に巻いているロングスカーフの中に手を突っ込んだ。
「ぬぁっつ、だめ!」
中から取り出したのは、アンプルに似た小型試験管。その中身はーーー
「ほぉ♡ これは《リンディニ》 奇異な疾病を吸い取り、同化治癒能力を持つ花、か。いいねぇ〜。ありがとう詩音ちゃん」
「ふんっだ、自分で探しもしないくせに、横取りばっかするあんたみたいなヒキョーもんが一番大っキライ! ほんっつとムカつく!」
しわくちゃになった顔で満面の笑みを浮かべたギルダは、スーツの袖を軽くまくると特製の小型のボウガンの銃身が姿をのぞかせた。短針の連射タイプのようだ。腕にグルリと矢が連なっている。
「ムカつく ムカつく ゼッタイムカつく‼︎ 痛いのキライだけどあんたはもっと大キライ!」
眼前に銃先を向けられると、詩音はたまらず目をつぶった。
その時、密林の奥から直径数メートルもの特大ブーメランが地響き立てながら飛んできた。周りの木やつるをなぎ払いながら迫る迫力だ。
「ゔっ‥‥‥」
ギルダは寸でのところでブーメランを避けたが、はずみで《花》の試験管をこぼしていしまった。
「くそ、しまった」
だが、第二弾、三弾のブーメランが連続で飛んできた。完全に意表を突かれた格好だ。
「い、いったいなんだ? くそっ、ここは退け」
身を庇いながら、しかし颯爽とギルダは漆黒闇に消えていった。半裸の巨漢たちも後に続き去っていった。
残された詩音は汗まみれになった顔をそでで拭いながらヨタヨタと立ち上がった。
そこに鹿に似た大型の生き物にまたがった顔だけ巨大な異質な男たちが多数現れ、詩音を囲んだ。
「ほおおおぉ〜、こりゃあ収穫ぢゃ。ウマそうなこどもがとれたワイな」
巨頭のひとりが詩音を一目見て仲間に告げた。
「ぬなっ、それってあたしのこと⁈」
結果として助けてもらったのだが、どう見ても友達になるためではなさそうな雰囲気だ。
「金目のものはアルか。金サラエ! 身ぐるみひっぺがして逆さにしちまエ!」
「火をオコせ! 今夜はゴチそうだーー」
巨頭の鮪くらい太い分厚い唇から異臭がむはっと溢れ詩音は思わず顔を曲げた。
「ゔっ、くさ‥‥‥」
アドバルーンみたいなデカイ顔の巨頭たちに囲まれ、詩音は完全にオドオド。
「あわわわわ、あたしもうダメ⁈ この顔人間たちに食われるってか」
だが、そのとき、
「へっ?」
意外なエバの申し出にちと驚いたが、すぐさまカギ状のナイフを喉元に突きつけられ、二度驚き息を飲んだ。
「キめたよ。こいつはあたしのだよ」
ええ〜、と巨頭たちが不平の声を一斉にあげた。
「そりゃあネエーぞ、エバ。オレたちのゴチそうだぞ」
「オラたちによこセ!」
エバは巨頭たちを一瞥し、
「ダメだよ。こいつは、あたいとケンカしないかぎり友達だよ」
とりあえず命拾いした詩音は目をパチクリさせて成り行きを見守った。
「どーゆーこと? あたし、助かったの」
詩音は、みんなを刺激しないようにそーっとかがみ、ギルダが落としていった《花》の試験管をそっと拾った。その瞬間、エバと目が合った。一瞬息が止まりそうなった詩音はなんとか耐え、悟られないよう平気な顔をしてみせた。
「もしかして、花拾ったところ見られた?」
面倒なことになってほしくない詩音は、目をそらしたかったが、巨頭たちが物欲しげに詩音を熱視線で見つめていた。エバとケンカしたら巨頭たちに食われる⁈
「ゔゔ‥‥‥、やっぱピンチは続く?」
(2)に続く