はじまり
礫のような雨粒が強い風と共に降る中、暗い顔をした男衆に囲まれて少女は歩いていた。その集団の後ろから、同じく暗い顔をした女衆も続く。
つぎはぎされ、色褪せた衣を纏う周囲と異なり、少女のそれは婚礼衣装だ。薄紅に色とりどりの花が染められ、結った髪には白い花が挿されている。しかし、帯の代わりに荒縄で締められ、両の手も後ろで縛られている。特に目を引くのは少女が目隠しをするようにさらしを巻いていたことだ。しかし、それでも彼女の足取りには迷いがない。
やがて一行は水神を祭る社の前に着いた。社の後ろは崖になっており、いつもに比べ大幅に増水した濁流が渦巻いている。
男衆は少女を繋いだ縄を女衆に渡すと手早く祭壇を拵え始めた。
やがて祭壇ができるとその前に少女を座らせ祭主がその横に立ち、他の
者たちは二人の後ろに膝をつき、深く頭を下げた。
祭主が祝詞をあげるがその声は濁流にのまれ、集団の後ろの方までは届かない。少女はただ、顔を前に向けていた。
祝詞が終わると、後ろの集団がほぼ同時に頭を上げた。
少女は社の後ろに連れていかれた。手足に重い石を括り付けられる。
「水神様に花嫁を」
祭主の言葉を集団も繰り返した。
「水神様に、花嫁を」
その言葉を合図に少女は背を押された。
少女に祝詞は遠くから聞こえた。引き起され、縁に立たされ、手足に石を括り付けられても恐怖を感じることはできなかった。
何も思わなかったわけではない。幼い頃に死に別れた兄と姉を思い出していた。
「水神様に、花嫁を」
村人の言葉を合図に背中を押された。
足元に地面がなくなったのを感じた。
ふと、兄と姉の笑顔を思い出した。彼らはいつも言っていた。
『笑いなさい。そうしないと幸せが逃げるよ』
口角が少し上がったのが自分でもわかる。
『生きて、生きて、生き抜いて、天の導きで死ぬんだ』
そうだ。兄さんはそう言っていた。生きねばならない。
少女は勢いで一瞬頭の上まで水に潜ったが、何とか口を出す事が出来た。
石の重みでまた中に引き込まれたが、思いのほか水の流れが強く、石とともに身体が流される。
ちょうど石がはまった。まだ縄で繋がれているが浅いところらしく何とか鼻と口を出せるが時々水を被る。
少女は何とか縄を切ろうとするがまず手が自由にならない。
呼吸をするために必死で水面に向かっていたからか、いつの間にか身体の動きが鈍くなっていた。呼吸もままならなくなっている。
身体から力が抜け、彼女は水中に沈んだ。こぽりと泡が口から出ていった。