久しぶりに死ぬかと思ったぁ。めっちゃ疲れたー。
地下30階の話です。
「ちょっと早いけど昼飯にしよう。」
「おぅ。」
「・・・あれ?グラスは?」
「あそこだ。」
ウラガに指示した先には、グラスがぐったりした様子で寝ころんでいた。
「大丈夫かグラスー?」
「うぅ。気持ち悪い。力が入んない。」
完全に魔力不足だ。そりゃ魔力が元々少ない獣人族が、あれだけ魔法を連発すれば魔力不足にもなるだろう。魔法を覚えた人が、みんな通る通過儀礼の様なものだ。
俺だって、【空間魔法】で3人もの大質量で転移し続けたせいで、魔力不足なのだ。といってもまだ3割あるから、軽い頭痛くらいなんだけどね。
こればっかりは、時間が経過して魔力が回復するしか対処のしようが無い。とりあえず、グラスは安静にしておいて俺達は先に昼食を食べた。いつものサンドイッチだったので、グラスの分は回復したら渡そう。
それから一時間ほど休んでいると、ほんの少しだがグラスの魔力も回復した様だ。俺も【魔力回復2】なので、だいぶ魔力が戻っている。
なので、ゆっくりとだが30階へと進む事にした。
「相変わらず暗いなぁ。しかも、めちゃくちゃ早い。」
移動する道の最終フロアである30階は、もの凄く道と道が繋がっている時間が短かった。おそらく1秒も無いだろう。道幅もかなり狭くなっていて、人一人が剣を振れる広さしかない。つまり、俺達3人が並ぶと、少し窮屈に感じる広さしかない。
「これじゃぁ、道の先に魔獣が居たら格好の的だな。」
遠距離攻撃を得意としているモノリスと蝙蝠が跋扈している30階では、動けなくなるのは致命傷なのだ。だから、普通は一人ひとりで進むべきなのだが、そうすれば確実に一人しか通れないだろう。
「30階を進める人間は、相当の実力者しか無理でしょうね。」
仲間と離れ離れになり、一人でモノリスや蝙蝠を倒し、ランダムに移動する道を突き進み、31階への階段まで辿り着く。そんな事できる人間は、そうはいないだろう。このダンジョンは、仕掛けは単純なのだが、そのくせ難易度は遥かに高い。
「まぁ、俺達には関係ないけどな。」
「そうですね。さっさと行きましょ。」
そう言いながらウラガとグラスが俺の肩に手を乗せてきた。明らかに俺の転移を、催促している。
「はぁ。行くぞ。」
俺はため息をつきながらも、二人と一緒に転移をして進んでいくのだった。
30階も、俺の【空間魔法】によってサクサクと進んでいく。移動先に待ち構えるモノリスや蝙蝠の数は9体にまで増えている。モノリスの分裂に至っては、3万個にも及んでいて、まるで、小さな石の洪水に様に俺達へと迫ってくるのだ。
一度、この石の洪水に巻き込まれたら、脱出するのは非常に困難だ。なにせ、グラスが吐く【火魔法】の範囲攻撃すら、石の壁で防がれて本体まで燃やす事が出来なくなる。本体を倒さなければ、今度は高温の石を操られて、こちらの被害が増大するのだ。
なので、モノリスに至っては先手必勝で攻めた。モノリスが分裂する以前に、燃やしつくすのだ。幸い、この方法が効果的出会ったようで、一度に5体は倒す事ができる。残りの4体は分裂してしまうが、数が減っているのでグラスの【火魔法】が防がれる事も無く、容易く倒せるようになっていた。
「ちょっと・・・休憩・・・しませんか?はぁはぁ。」
まだ30階を歩き始めて、1時間も経過していないのに、グラスは再び魔力不足に陥っていた。モノリスだけ【火魔法】を使う事にしてきたのだが、それでも一回の戦闘で2回使わなければならないので、格段に消費量が増えているのだ。
「しょうがない。これはあんまり使いたくなかったんだけど。」
俺はそう言って、グラスの肩に手を置いた。そして【光魔法】を使って魔力をグラスへと渡していく。俺とグラスが淡い光に包まれて、俺の方からグラスの方へと、その光が流れていく。だが、グラスに流れるよりも、周りの空気中に溶けていく量が非常に多い。
俺からユキへの魔力提供は、俺達が繋がっているからか、【光魔法】を経由することなく100%を渡す事ができる。だがグラスへ渡すには、およそ4割しか渡せていない。残りの6割が無駄に空気へ消えていくのだ。
その原因の一つに俺の【オール・フォー・ソード】がある。俺の魔力の最終目的地は、グラスが握っているナイフなのだ。だからグラスの身体は通るだけなのだが、それを【光魔法】で無理やりグラスへ渡しているのだ。
なので、ウラガがやるともう少し魔力の提供率は高くなる。だが、ウラガも【土魔法】で【大盾】を強化するのに、魔力をよく使っているし、【魔力回復】もレベル1なのだ。なので、多少ロスが多くても【魔力回復2】の俺がやる方が、結果的に効率よく渡せる。
グラスは俺から魔力を提供されて、少し前まで青ざめていた顔色が、だいぶ良くなってきていた。逆に俺の方が、少し気分が悪くなってくる。
「ユキ。ちょっと魔力くれないか。」
「キュッキュー♪」
ほぼ魔力タンクと化しているユキから、俺は魔力を返してもらう。実のところ、グラスが頑張って【火魔法】を使わずとも、ユキの【氷魔法】があれば、モノリス達を氷漬けで倒せる。その方が、魔力の消費的には効率的なのだが、それではグラスが成長しない。貴重な【火魔法】を使える人間として、今後を考えても頑張ってもらうしかないのだ。
そうして、俺もグラスも魔力を回復させて次の道へと移動していく。だが、次の道ではちょっとした困難が待ち受けていた。
「お。珍しいな。十字路じゃないか。」
ウラガがそう声に出したように、俺達が次にやってきた道は十字路だ。その中央より先の道の奥の方で、モノリス達が待ち構えていた。俺達の場所から一番遠い位置だ。なので俺達は逃げやすいように、中央へ瞬時に移動してから、攻撃へと移って行く。
「【火魔法】いきます!!」
そう言ってグラスが口から火炎を吹き出して、一気にモノリスの数を5体減らす。その5体が壁になる様にして、残りの4体を守るのが、最近の定番になっている。そして、守られている間に、分裂して大量の石を放ってくるようになる。
「ウラガ。防御!」
「いつも通りだな!」
もうこれも定番になっている。敵の初撃をウラガの【大盾】で凌ぐのだ。いつもの流れで、今回も楽勝だと高をくくっていると、十字路の残りの3つの道から、蝙蝠2体、モノリス1体が侵入してきたのだ。
高速で移動する道の特性上、一度の渡ってくる魔獣の数も1体が限度の様だが、如何せん道が繋がる回数が高い。しかも十字路なので、普通の直線通路の2倍もある。さらに30階なので、魔獣の数も断然多いときたもんだ。
「くそ!俺が蝙蝠2体をやる!グラスは【聴覚強化】でモノリスが分裂する前に叩け!ウラガ、グラスに【土魔法】で硬化!」
「おう!」
「ハイ!」
そう言うと俺は【土魔法】でチェーンソー型の砂ナイフを作りながら、“水の一振り”を取り出して魔力を注ぐ。攻撃力の増した“水の一振り”を携えて【ステップ3】で1体の蝙蝠へと接近した。そこで【スラッシュ2】を発動させて、蝙蝠を一刀両断にしていく。
そして丁度完成した砂ナイフを【遠隔操作】で反対側の道に居る蝙蝠へと、猛スピードで撃ちだした。ビュン!という風切り音と共に、砂ナイフは蝙蝠の脳天を切り裂いた。あっという間に、2匹の蝙蝠を仕留めた俺は、グラスへと注意を向けた。
ウラガから【土魔法】によって硬質化され、グラスの【火魔法】によって火属性が付与されたグラスの武器、“爪乙女”は、装備が全て真っ赤に色づいていた。グラスの指先から伸びた爪も、赤く染まりっており、美しさを感じる程だった。
グラスは【ステップ】で近寄ったあと、【ステップ】を解除して【聴覚強化】へすぐさま切り替えた。グラスはレベルがまだ足りていないので、3つ以上のスキルの同時使用が難しいのだ。
グラスは適当にモノリスへ爪で引っ掻いたりして、分解させないようにしながら、心臓の位置を探っている。10秒もかからないうちに、心臓の位置特定したグラスは、思いっきり爪をモノリスへと突き刺した。完全に心臓を潰されたモノリスは、そのまま地面へとバタンと倒れて、息絶えたようだ。
しかしまだ危機は去っていなかった。俺がグラスの事を観察している間に、さらに数回道が繋がって、モノリスと蝙蝠が増えてきたのだ。
「チッ!このままじゃヤバい。ウラガ!!ひとまず中央から移動しろ!一端引く!」
「分かったけど、サポートしてくれ!」
十字路の中央で、最初からいたモノリス4体の攻撃を防いでいたウラガが、少しずつ後退りしながら、グラスのいる道へと避難していく。
俺は、ウラガを狙う蝙蝠を最優先で倒しながら、【ステップ3】を使って、ウラガの元へと走った。
ウラガは俺が合流するのを確認してから、完全に中央から離れて、一本の道へと避難した。
一方のグラスはと言えば、どんどん道を渡ってくる魔獣達への対応で四苦八苦している。たとえ一本だろうと、仕留めるまでに手数や心臓を探る必要があるグラスは、戦闘時間が延びるのだ。一匹倒す間に、次の一匹が渡ってくる。
ウラガの方も、モノリスが7体。蝙蝠4体に増えていた。蝙蝠の強力な【土魔法】のせいで、ウラガの【大盾】もいつ壊れてもおかしくない状況だ。
「転移する!移動先に気を付けろ!」
そう言って、俺は戦闘を二人にまかせて【周辺把握】で次に接触する道の内、一本道を探し出す。そして土ナイフをいつでも発射出来量に準備している。
「よし!あと3秒後!グラス、来い!」
敵への攻撃で、俺とウラガから距離のあったグラスが、【ステップ】を使って駆け寄ってきた。戦っていた蝙蝠は、俺達へと【土魔法】による岩砲弾を放とうと準備に入っている。
俺は蝙蝠の攻撃を無視して、道が繋がる瞬間に全神経を費やしている。
「行くぞ!」
俺は道が繋がる一瞬前に土ナイフを発射した。土ナイフは蝙蝠の放った岩砲弾と交差するように飛んでいき、ナイスタイミングで繋がった道へと入って行く。
すかさず俺は【空間魔法】で転移した。まるで漫画の様だが、蝙蝠の岩砲弾が俺達へとぶつかる一瞬前で転移が完了したのだ。
だが転移した先にも、蝙蝠の群れが控えていたので、俺は“水の一振り”と【ステップ3】つ【スラッシュ】を使って、防御無視の特攻を仕掛けて、一瞬で蝙蝠達を倒す事に成功した。
ウラガは俺の戦闘の横を通り抜けて、道の両側を【土魔法】で塞いで、擬似的だが安全地帯を設置してくれた。
俺達は緊張の糸が切れたかのように、その場にへたり込む。
「久しぶりに死ぬかと思ったぁ。めっちゃ疲れたー。」
体力的には数分もかからない、一瞬の出来事だったが、その緊迫した状況と、下手したら全滅の危機だった事もあり、精神的に一気に疲れてしまったのだった。
それはウラガもグラスも同様の様で、しばらくの間、放心状態になっていたのだった。
25階では十字路が便利だと書いたけど、30階ではとんだ災難に巻き込まれましたね。場合によって、利便性と危険性は変化するのです。
テル君は、意外と冷静に指示を飛ばしてますね。それなりの場数の成果でしょうか。そして意外とウラガが器用に、グラスに魔法をかけています。ひっしに防御してるはずなのに。
次回は地下30階以降の話の予定。