久々の魔力切れだ。後は頼む。
地下25階の話。
たった階層を二つ進むだけで、丸一日もかかってしまった。俺達はレベルも上がり、スキルも増えたし、三人になったからと、もっとスイスイ進むものかと思っていたのだ。
「なんだか、トレーネ湖を思い出すよなー。」
俺は疲れた身体に鞭打って、皆のために夕食を作りながら、なんだか懐かしさを感じていた。トレーネ湖では、まだまだ体力も無くて、毎日が地獄だったからな。ちなみにここは、24階層の階段近くの安全地帯だ。ウラガとグラスは【土魔法】でテーブルといすを作ったり、“魔法の袋”から食器を並べたりしてくれている。
「だよなー。最初の湖のダンジョンに入った時も、ヘトヘトになって、2階層進むのがやっとだったもんなぁ。」
俺の独り言だったのだが、それにウラガが応えてくれた。自分の仕事は終わったと言わんばかりに、椅子に座って机に突っ伏していた。机が冷たいのか、気持ち良さそうな顔をしている。
それからはトレーネ湖のダンジョンの話で盛り上がった。グラスも目を輝かせながら、以前が前世の話をした時も、凄く楽しそうだったし、グラスは冒険が好きなのだろう。
「結構話し込んじゃったな。そろそろ寝ようか。」
俺はダンジョンのボスを倒した辺りで、頃合いだと判断して二人に寝ようと提案する。
「そうだな。また話が聞きたくなったら、いつでも言えよ。ダンジョン以外も色々あったからな。」
「はい!今度は、私に会うまでの旅の話を聞かせて下さいね!」
二人とも、直ぐにはテンションが落ちないようだったが、明日の為にいそいそと寝袋に入って行った。俺も後始末を終えてから、余っている魔力をユキに出来る限り渡してから、寝袋に潜るのだった。
そして翌日。魔力も体力も完全に回復した俺達は、25階へと降りてきた。
「うーわーー。」
目の前にある逆エスカレーターの速度は、さらに早くなていた。たぶん猛ダッシュしないと、進まないだろうと思うくらいには早い。自然と声が出てしまうくらいには、絶望的な光景だ。
せっかく俺が【空間魔法】で転移したとしても、魔獣に襲われて足でも止めたら、直ぐに戻ってしまうだろう。
俺が悲壮な表情を浮かべていると、ウラガやグラスもどんどん暗い表情になって行った。完全に俺の【空間魔法】を当てにしていたのに、どこまで効果が出るか分からないと、気付いたのだろう。
「とりあえず、行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
俺が掛け声をかけると、二人も決意した様に声に張りを出して同意の言葉をくれた。
既に【地形把握】や【周辺把握】で調べてはあるのだが、この階層は、さらに高さが増していた。およそ500mはあるだろうか。その頂上に行くまでに、何回かの分岐点があるが、どれも100m以上はある。つまり俺の【空間魔法】で転移できる限界を超えているのだ。ちなみに、横の広がりは相変わらず5km以上ある。なので、最初の方はあてずっぽうだ。
俺は、土ナイフを遠隔操作で100m先の壁へ突き刺す。【鷹の目】を併用しているので、周りの魔獣も良く見えるのだが、転移した直ぐ先にサソリの大群が待ち構えているのが見える。
「転移したら直ぐに戦闘だ。ウラガ、頼むぞ。」
「おう!」
そして俺は二人の肩に手を置いて、【空間魔法】の転移を発動した。
転移して逆エスカレーターに着地した瞬間に、俺達は猛ダッシュを開始する。そうしないと、進めないからが。
俺達の突然の出現に一瞬驚いたサソリ達ではあったが、すぐさま敵だと認識して、大量の【土魔法】で作った岩のドリルを放ってきた。今までは、タダの尖った岩だったが、それに回転を加えてより攻撃力を増しているのだ。敵にしては、良い工夫がなされているなぁ。
敵の技に感心している余裕があるのは、ウラガが完全に防いでいるからだ。強化した【大盾】は、それらの攻撃を浴びてもビクともしないようだった。
俺はウラガの活躍に触発されて、自分も攻撃へ移って行く。【土魔法2】になったおかげで、【ダブル魔法】を使わなくても、4本の圧縮土ナイフを出せるようになっていた。【ダブル魔法】は消費魔力が極端に増えるから、【空間魔法】を使うためには、魔力の消費を抑えるためにも、【ダブル魔法】は使わない。
土魔法を使うサソリだが、数が増えたようだが、そのせいで密度も上がってるようで、俺の圧縮土ナイフを飛び回らせるだけで、どんどん刺す事はできる。だが、致命傷を避けれたやつも増えてしまい、死体の中に隠れられると、返って探し出すのが面倒になった。
俺が四苦八苦して敵を探していると、そこにグラスが参戦を申し込んできた。
「私なら、生きている魔獣の心音が分かります!私を行かせて下さい!」
それまで索敵や【危険予知】による襲撃に備えていたグラスだったが、ずっと戦闘に参加してチームに貢献したかったようだ。自分の力を活かせる場所だ思い、俺に参戦の許可をとってくる。その瞳は真剣そのものだった。
「わかった。無理するなよ。」
俺はグラスが悩んでいるのをずっと知っていたし、グラスが自分から望んだ事を、何が何でも止める状況でもない。どちらかと言えば、グラスの能力に頼りたいところなのだ。だから、無理はしない事を条件にグラスに許可を出した。
ウラガも反対意見は無いようだ。グラスは一瞬だが嬉しそうな顔を見せたが、直ぐに戦いへと挑む覚悟を持った顔つきへと変化させた。
「ウラガ!一瞬だけ盾を解除して、グラスを通してやってくれ。ついでに【土魔法】で硬化を追加してやってくれ。」
「おう!グラス!行って来い!」
グラスの武器である、爪乙女は付与効果に硬化と筋力上昇が付いている。だがさらに魔法でサポート出来る事は、事前に確認済みなのだ。だから、ウラガに【土魔法】で硬化を追加でかけてもらったのだ。
ちなみに、俺はまだ剣以外への魔法を付与できない。爪乙女の足の部分が、足の骨に沿うように盾に山なりに刃が付いているが、それを剣だと認識する事が、どうしてもできないのだ。きっと頭の隅か、心の奥底では認めていないのだろう。本当に不便な固有能力である。
俺が色々と愚痴っている間に、ウラガの盾を越えたグラスが、大量のサソリの死体へと突っ込んでいった。そして、硬化された自分の爪を、死体の山の中へと次々に突き刺していった。俺には分からないが、【聴覚強化】によって心音を聞きとっているグラスは、正確に敵の位置を把握できるようだ。
俺はというと、グラスの邪魔にならないところで、圧縮土ナイフを動かしてサソリを殺していった。最優先は、グラスを狙おうとしているサソリで、それに付随する形で他のサソリも退治していった。
時間にして10分もかかっていないだろう。それでも濃密な戦闘を繰り広げたおかげで、大量のサソリを倒す事ができた。
ちなみに、倒したサソリはすでにエスカレーターによって、運ばれていってしまっている。魔法結晶の回収に戻る気力は、全く無かった。
懸命に走りつづ行けていたので、なんとか逆エスカレーターに戻される事も無く、戦いを終える事ができた。その結果が俺達の自信に繋がったようで、俺達は25階層をどんどん進んでいった。
途中、大量のモグラの集団に囲まれて、何度か分岐点まで押し戻される事もあった。その際に、モグラが四方から攻めてくるので、ウラガの盾では間に合わなくなる。そして俺達は、モグラの爪で何か所も切り傷を負ってしまっていた。
「イテテ。さすがにちょっと怪我が増えたな。」
「そうですね。サソリはともかく、モグラは対処が難しいです。」
「とりあえず【光魔法】で治すから、じっとしてろよ。」
ここは、ちょうど25階の中央付近の、比較的大きな分岐点だ。そこで俺達はウラガから怪我を治療してもらっていた。
「俺の盾が、もうちょっと自在に形を変えられればなぁ。」
「そうだよな。そしたら色々対応できそうなのにな。帰ったら、図書館か誰かに聞いてみよう。」
「それまでは、治療の面で頑張るぜw」
本当は、ウラガも相当悔しいのだろう。盾職として味方の攻撃を一身に受けるウラガにとって、自分の力不足で仲間が傷つく事が。だから、せめてもの慰めとして、【光魔法】で怪我の治癒にあたってくれている。無理やり笑う姿が、なんだか俺の心まで悲しくさせた。
治療が完了してからは、ちょっと早いが昼食にした。この分岐点まで、すでに4時間もかかっているのだ。さらに、移動はいつも猛ダッシュ。何度か軽い休憩を挟んでいたとはいえ、体力的にもきつい。ここは、飯でも食って体力と気力の回復を図るべきなのだ。
今日の昼食は、鳥肉の香草焼き。ポテト。スープだ。香草を塗しておいたので、冷凍の肉でも美味しく頂けた。
そして午後のダンジョン攻略は、さらに苛烈を極めた。魔獣の数がさらに増えたのだ。毎回転移するたびに、戦闘が繰り広げられる。俺は、転移に戦闘にと、常に魔力を消費していたので、あっという間に魔力が底を尽きかけてしまった。
分岐点までやってきた俺は、魔獣が襲ってくるかもしれないので、手早くユキへと話しかける。
「ユキ。悪いんだが、昨日預けた魔力をくれないか。」
「キュー。」
「すまないな。」
ユキは少し寂しそうに返事をしてから、ユキに蓄えられていた魔力を俺へと返してくれた。ユキが保持できる魔力量は、俺と同じ量なので、最大で魔力を全快できる。だが魔力を全部貰うと、ユキに被害が及ぶので絶対にしない。
だが、俺に魔力を渡し終えたユキは、魔力量が心もとないのか俺の胸の中へと消えて行った。しばしの別れである。まぁ、お互いに繋がっているから、感覚的には俺の中に存在するんだけどね。
その後も、大量のサソリやモグラに負けず。逆エスカレーターにも負けず。転移を駆使して、時にウラガの治療を受けながら、俺達は25階層を駆け抜けた。
そして、日が暮れる間際になって、ようやく26階へと続く階段へとやってこれた。もう、最後だと分かった俺は、転移を連続して使用して、魔獣で埋め尽くされたエスカレーターを飛び越えて、階段へと転移した。
「久々の魔力切れだ。後は頼む。」
無茶をして転移を繰り返した俺は、久しぶりに魔力が枯渇した。そのせいで、意識を手放すように眠りに着いたのだった。
25階をクリアするのに、一日かかりましたね。それだけダンジョンのレベルも上がっていると、感じて頂けたでしょうか。
そして、本当は25階はサラリと終わる予定だったのに、なぜか1話まるまる。
ナーゼー??
テル君は、ウラガ君の思いに気付いているようです。感化されやすいのか、心根がやさしいのか。良い子に育ってますね。
次回は、地下26階以降の話の予定。