ウラガ!解除して、一端逃げろ!
地下8階からの話です。
どうぞ。
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「ウラガ!敵が来たら、全力で水を撒くぞ!スライムのシズクにも手伝ってもらえ!ユキが全力で周辺を凍らせる。」
「分かった!」
「グラス!俺達は意識が飛ぶかもしれない。その時は頼むぞ。」
「分かりました。全力で守ります!」
「俺が二体分やる。」
俺達が覚悟を決めるのと同時に、3匹のワームが勢いよく飛び出してきた。テルから見て前方に2体、左方向に1体だ。グラスは巻き込まれないように、テルの右側に立っている。
「行くぞ!」
「「おう!」」
俺とウラガは【水魔法2】を全開で放ち、ワーム達を水浸しにしていく。事前に魔力を渡しておいたので、俺の魔力もギリギリになっていた。やはり砂漠だと、水を出すのが難しいようで、いつも以上に魔力を使用している。
ウラガの方もワームに水を十分に浴びせられたようで、ウラガは膝をついてしゃがんでいた。シズクも身体から水鉄砲の様に、水を出していた。
それを確認したユキは、身体から白い魔力を大量に噴出していく。
「キュー!」
ユキが一鳴きすると、ユキの周りの冷気がワーム達へと、爆発的に広がって行った。その余波だけで、俺達の周りの温度も一気に下がっていった。
肝心のワームはと言うと、身体の表面は真っ白に凍り、その巨体の動きを止めている。肝心なのは、心臓まで凍らせたかどうかだが、グラスがワーム達に近付いて、心音を確認している。
念入りに調べた後で、グラスはニコっと満面の笑みを浮かべた。どうやら、完全に殺せたようだ。
試しに、グラスが凍ったワームに対して蹴りを加えると、氷が割れるように、ワーム全体へと亀裂が広がり、ガラガラと音を立てて、粉々に崩れ落ちた。まるで、液体窒素で凍らせたバラの様だった。
「ちょっと威力が強すぎたかな。」
あまりの光景に、呆れてしまうが、手加減できる場面でもなかったし、しょうがないだろう。ユキも疲れたのか、俺の頭の上で止まって休憩している。
周りにワームが来ないか、【周辺把握】で警戒しているが、ワームは襲ってこなかった。1時間程、魔力回復に当ててから、俺達はまた砂漠を歩いていく。それ以外は何事もなく、順調に第8階層をクリア出来た。
「だはー。今回はマジで危なかったな。」
「そうだな。さすがにあの時に、完全に魔力が無くなってたら、さらにピンチになってたな。」
「ウラガさんが落ちていった時は、本当に驚きましたよ。でも面白いように転げていきましたねw」
それからは、夕食を食べながら色々話した。笑い話にできるのは、無事だからだ。俺は活きている事を実感して、なんとも言えない感情に浸っていた。
そして翌日、やってきたのは地下9階。砂漠はさらに高低差を増して、もう丘では無くて、山になっていた。さすがにこの砂の山を越えるとなると、一つだけで1時間はかかりそうだ。
「じゃあ、昨日言ってたみたいに、道具を使おうか。」
「おう。空を飛ぶなんて、初めてだからウキウキしてるぜ。」
「もうウラガさんは、子供なんですからw」
とか言いつつ、グラスも尻尾がブンブン振っていた。かなり楽しみなようだ。
「“フライの羽”か。達か靴に張り付けると、空を飛ぶ程の跳躍力が手に入るんだよな。」
試しに、俺は自分の靴へと“フライの羽”をくっつけてみると、靴が淡い緑色の魔力で覆われる。【鑑定】してみると、付与・フライが付いていた。
それを確認してから、俺は目の前の、比較的低い小山の頂上を目指して、思いっきり地面を蹴った。
「うひょーー!!めっちゃ高い!ってか高すぎる!!」
高さが100mくらいありそうな山を飛び越えて、さらに倍くらいの高さまで飛びあがってしまった。下を見ると、地面がかなり遠い。俺は着地の衝撃に慌てふためいていたが、いざ地面が近付いてみると、不思議な事に落下速度が軽減されて、フワリと着地した。
それを見ていたウラガやグラスもさっそく、“フライの羽”を靴へと着けて、俺の後を追ってきた。あまりの高さにテンパっていたようだが、俺のそばに駆け寄ると、もの凄く楽しそうに、早く進む事を提案してきた。
“フライの羽”は制限時間がある、一時的な付与なので、俺達は急いで砂漠を進んでいった。途中ワームに何度も出くわしたが、時間が無いので空に飛んで相手にしなかった。
おかげで広大な砂漠にも関わらず、第9階層は30分ばかりで攻略できた。俺達は休憩もとらずに、急いで10階へと降りて行った。
地下10階は、もう見上げるのも困難な程、高い砂の山が乱立していた。東京のスカイツリーが634mなので、それに近いくらいの高さがある。“フライ”が付与されている靴を使っても、中腹で2度着地してしまうくらい高かった。たぶん山を越えようとしたら、何時間かかるか、見当もつかない。
「絶景だなー。」
東京ツカイツリーと同じかそれ以上の高さから見る景色は、それはもう素晴らしかった。同じ様な山が乱立しているが、なんかこう、男心を擽る壮大なロマンを感じる景色だった。
ちょっとの間、その絶景に感動していたが、いつ“フライ”の効果がキレるか分からないので、俺達は先を急いだ。山から山へと飛び移り、一気に地下10階を進んでいく。
運悪く、着地地点近くで待ち伏せしていたワームに出くわしたが、ワームも勢いよく飛び出したために、バランスを崩して、そのまま山を転がり落ちていった。
あまりの馬鹿さ加減に、俺達は大笑いしながら、地下11階への階段を目指した。そして、ちょうど階段の近くに着地した時に、また靴が緑に光って、光の粒子が砕けて空気へ消えていった。
【鑑定】で確認すると、靴についていたフライの付与が、ちょうど切れた様だ。あまりのタイミングの良さに、俺達はまた声を上げて、ゲラゲラ笑った。もう箸が転んでも笑ってしましそうだ。
魔法道具のおかげで、地下9階と10階を攻略しても、まだ昼にはかなり時間があった。俺達は特に腹も減ってないし、疲れてもいなかったが、念のために干し肉を齧りながら、30分ほど休憩を取った。
そして降りて来た地下11階は、先ほどまでと同じように砂漠が広がっていた。
「また砂漠か。」
「砂漠だな。」
「砂漠ね。」
もう砂には飽き飽きしていて、きちんとした硬い地面を期待していたのに、期待を見事に裏切られた。
「とりあえず行ってみるか。いつも言うけど、最初だから注意しろよ。」
「「了解」」
俺達はゆっくりと砂漠を進んでいくが、前の階層とは違い地面は真っ平らだ。だが不思議に思いながら俺は【周辺把握2】を使いながら進んでいく。
「!前方500m先地下に、魔獣の反応。」
「またワームか?」
「いや。それにしては深い。違う魔獣だろう。」
「もしかして、砂蟻かもしれません。」
「砂蟻?また蟻なのか」
「いえ。蟻と言っても、普通の蟻とは全く違います。顔の横に大きな鎌の様なのが付いていて、がっちり掴んで放しません。普段はすり鉢状の穴の中で待っています。」
「蟻地獄みたいだな。それって、獣人国の南の砂漠に住んでるのか?」
「そうです。砂漠では有名な魔獣ですけど、穴に近付かなければ、害はありません。」
「なるほど。今回は穴は見当たらないけど、ちょっと避けて通ろうか。」
「そうだな。もしかしたら、砂蟻かもしれないしな。」
俺達は砂蟻がいると感じる地点から、十分に距離をとって大きく迂回して進んでいく。そして何事もなく、通り過ぎる事ができた。
「なぁ。やっぱり敵は確認しておいた方がよくないか?ダンジョンが難しくなってから確認したんじゃ、遅すぎるぞ。」
「それもそうだな。次はわざと近づいてみるか。」
「分かりました。でも十分気をつけて下さいね。」
それから10分ほど砂漠を歩いていると、【周辺把握2】にまた砂蟻と思われる反応があった。
「左前方500m、地中に魔獣の反応。」
「よし。いっちょ近づくか。」
俺達は脚元に注意しながら、魔獣へと近づいていく。そして、およそ魔獣から100m近くの地点に来ると、突然脚元の砂が地震の様に揺れ始めた。
「きた!気をつけろ!」
警戒を強めた瞬間に、いきなり地面が陥没したかの様に凹み、あっという間に砂地獄が完成した。蟻地獄の中心には、顔と口から出た顎のような左右に伸びる鎌【カマ】をガチガチ鳴らしながら、アリジゴクそっくりの砂蟻が待ち構えていた。
「あれです!あれが砂蟻です。」
「地面を陥没させるなんてな。地上だけの探索能力なら、絶対に気付けないな。」
「敵を確認した事だし、穴の上から遠距離で攻撃しようぜ。」
俺達は、慎重に近づいていたので、蟻地獄の上の方にいた。砂蟻とはまだまだ距離がある。ちょっとした坂道になっていたが、難なく上がれそうだったので、俺達は安全地帯に逃げようとした。
しかし俺達の行動に気付いた砂蟻は、体長3mほどありそうな巨体をブルブルと振るわせていた。すると、周りの砂がどんどん下へと流れていくのだ。
「ヤバイ。あいつ、俺達を逃がさないつもりだ。早くしないと、どんどん下って行くぞ。」
周りの砂に流されるように、俺達もどんどんと中央の穴の方へと押し流されていった。そしてあっという間に、砂蟻との距離は縮まった。
「逃げるのは止めだ。攻撃するぞ!」
「「了解!」」
「ウラガがまず盾で防いでくれ、その間に、俺が頭を潰す。グラスはウラガと一緒に、敵の注意を惹きつけてくれ。」
俺達は、自分達から砂蟻へと近づいていくことにした。いつも通り、グラスが防いでい敵の攻撃方法を確認する。
砂蟻は、予想通りに口から生えた、鎌の様な顎で、ウラガを挟み込むように攻撃してきたが、ウラガの【大盾】が防いで、全然顎を閉められずにした。俺は一人横へと移動して、攻撃するタイミングを計って行く。
すると、砂蟻は顎を一端どけると、口を大きく開けて、ウラガ目掛けて液体をペッと吐きだした。ウラガは続けて、【大盾】で防いでいたが、口から吐き出された液体が触れた瞬間に、ジュウウという音を立てながら、魔力で広げた盾が溶け始めた。
「拙い!強力な酸だ!ウラガ!解除して、一端逃げろ!」
そういうと、ウラガは【大盾】を解除して、砂を蹴って砂蟻の左側へと回りこんだ。解除すると、大盾についていた酸が地面へと落ちて、砂を黒く染めていた。砂すら焦がしているようだ。
砂蟻が、ウラガの方へ向き直った瞬間をねらって、“水の一振り”に魔力を通して、攻撃力を上げて、一気に砂蟻の頭を切り飛ばした。砂蟻は、前方へと倒れこみ、切り飛ばした首からは、先ほどの酸が、ダラダラと零れおちていた。
空を飛べるって、かなり羨ましい。飛ぶというより、ジャンプだけど。
そして、地下9階10階はスパっと終わらせました。話が長くなるんだもん。
テル君も空を飛んだ時は、気持ちよかったのかな?
次回は地下11階以下の話の予定。