さすがに魔法の長時間連続使用は、キツイな。
付与と、11階層と12階層の話。
「付与を覚えたいの?」
「あぁ。時間のある時で良いからさ。」
「良いんだけど、難しいわよ?」
アンが言うには、付与には細かな紋章のような文字や図形が必要だ。その図形を理解して、配置の意味と、文字の意味、数字の意味、それら全てを掛けあわせないと、高い効果が得られない。それを習得するのに時間がかかるようだ。
その日からアン先生の付与学講義が始まった。
「あれ?意外と簡単?」
付与に必要なのは、高校レベルの数学だった。図形や微分積分、変数等を用いればすんなりと理解できる。
後は、文字と位置の意味を理解するだけで効果が望めそうだ。
アンは俺の使う数学の意味は分からないまでも、それが効率的で効果的でるものを直感的に感じ取って、目から鱗状態だ。数学については逆に教える羽目になった。
一方のウラガやグラスについては、全く理解できないようで、講義一日目から諦めモードだった。
その日は終わりにして、俺達は付与の袋に魔力を貯め込んで、新しい魔法結晶を入れてから眠った。
翌日俺達は11階層に挑んだ。11階層は迷路の道に、人魂の様に火が空中でゆらゆらと揺れていた。それも一つではなく、間隔をおいて数個見える。
「触ったらどうなるんだろう?」
誰ともなくそんな疑問が告げられる。これはもう実験するしかない。今後進むためにも、この人魂の効果を知らなければ危険かも分からない。
そこで俺は10階層で拾っておいたヘビの魔獣の肉を、人魂目掛けて放り投げた。
揺らめく火、人魂に触れた肉は一気に燃え上がる。
「おぉ。やっぱり燃えるんだ。・・・あれ?消えない?」
人魂に触れたヘビの肉はそろそろ灰になりかけているが、それでもまだ燃えている。そして、燃やす物も無いのに燃え続けた炎は、きっちり2分を経過した瞬間、フッと消えた。
「もうちょっと実験が必要だな。」
他の三人も、物珍しそうに俺の実験に付き合ってくれた。
まずは炎を消せるかどうかだ。新しい人魂向けて、俺はヘビの肉を投げつけた。先程同様に、ゴウゴウと燃えている。
「まずは引火するかだな。」
俺は燃える肉塊に、土ナイフを刺した新たなヘビの肉を投げつけた。炎に触れた新しいヘビ肉は、物の見事に引火した。【遠隔操作】で土ナイフを操り、ヘビ肉を隔離する。
「次は【水魔法】で消火できるか。」
俺は【水魔法】で作った水ナイフを数本、炎へ投げかけた。ジュウウという音がして威力は弱くなった物の、炎は一向に消える様子は無い。
「次は【土魔法】での消火。」
俺は引火させた、まだ炎の勢いが強い方の炎に向かって土ナイフを放ち、炎を土で消そうとした。
だが上手くいかず、【水魔法】同様、威力を弱めるだけで終わった。
そうこうしているうちに、先に燃えた肉が二分を経過した様で、炎が消えた。さらにしばらくしてから、引火させた方の肉も炎が消えて、灰だけが残っていた。
「消火するのは困難。引火させた物も、きっちり二分は燃えるか。」
「でも魔法で作った土とか水は、さすがに燃えないんだな。」
「つまり人魂は、魔法で潰せる?」
俺達は再び新しい人魂に向かった。俺は【土魔法】で作った土ナイフを人魂へと投げかける。
土ナイフが刺さった人魂はボフっと音を立てて、何も燃やさず、空気へと溶けていった。やはり俺達の予想通り、土や水を燃やす事は出来ないようだ。
「攻略方法は分かったな。今回は俺が先頭にいくよ。」
メンバーの中で、俺が適任者だろう。という事で、俺は人魂の掃除と【地形把握】による道案内に宣戦する。
【周辺把握】による魔獣の感知はグラスが代わってくれた。彼女の【周辺把握】もいつの間にかレベルアップしていたようで、より広範囲を感知できるようになっている。レベル3だそうだ。
魔獣は火ネズミだ。見た目は真っ赤なネズミで、体長は30cm程もあるネズミにしては大型だ。火ネズミはファイアーボールを放つだけかと思ったが、火の耐性がとても高い。
一度、グラスが蹴り飛ばした火ネズミが、人魂にぶつかって、火ネズミが炎に包まれたことがあった。だが火ネズミは炎をもろともせず、俺達へとタックルをかまそうと突撃してきたのだ。
引火するのを恐れた俺は、土ナイフを総動員して燃える火ネズミを先に退治した。
「めっちゃ危なかったな。あのまま突撃されてたら、俺達みんあ焼死してたぞ。」
「本当だよ。グラス。気を付けてね。」
「ゴメンなさい。」
「でも良い発見だった。皆。出来るだけ火ネズミを集めたいから、綺麗に倒してくれるか?」
「いいともー」
クルス、いったいどこでそのネタを。まぁ、それは置いといて、火ネズミは使える。恐らくだが今後の階層でも火がメインになるだろう。だとしたら、耐火性に優れた火ネズミの身体は最高の防具になる。なので俺達は出来るだけ回収して進む。
ダンジョンへと吸収される前に、魔法結晶を取り除かないとダメなので、少し急がしいが、解体をアンが請け負ってくれた。その怪力でもって、サクサクと火ネズミの身体を短剣で切り裂いて、魔法結晶を取り出していく。
火ネズミの回収のために、少々時間はかかったが難なく11階層をクリアした。
俺達は水筒の水で休憩した後、水を補充してから12階層へとやってきた。
「このフロアもちょっと広くなったけど、別に何もない・・・?」
「これは人ですね。しかもなかなかの人数です。」
「王様が言ってた王軍じゃね?」
「あぁ。2日前に10階層とか言ってたもんな。」
「うーん?なんか止まってません?」
クルスがそう言うので、俺も【周辺把握3】を使って彼らのおおよその行動を観察すると、その場所から移動する気配がない。
「何かあったのかもしれないな。行くか?」
「あぁ。王様からの手紙に、手助けしてもらう約束があるけど、向こうを助けるのもアリだもんな。」
俺達は【周辺把握】と【地形把握】を駆使して、最短ルートで彼らの元へと辿り着いた。途中の人魂が少々数が増えていて面倒だったが、特に罠も無いのでスムーズだった。
「あの、どうかなさいましたか?」
「何奴!なぜダンジョンにいる!」
おぉ。誰何されたのなんて、久しぶりだ。なんだか緊張する。
「俺は冒険者です。王様からの紹介状もあります。」
「王からの?近寄らず、そこに手紙を置いて下がって貰おうか。」
俺は指示に素直に従って、王から預かった手紙を地面に置く。そして数歩後ろへと下がって、敵意が無いのを示すように、両手を頭の横へと上げて、彼らの行動を見守る。
兵隊の一人が俺達へ視線を固定したまま、ゆっくりと手紙を拾い上げて、部隊の隊長格へと手紙を渡す。
「・・・どうやら本物のようだ。いや、疑って申し訳なかった。」
「いえ。それほどまでに警戒なさっているのは、何かあったのですか?」
「あぁ。仲間が炎にやられて瀕死なんだ。」
「瀕死!?俺達、【光魔法】が使えます。見せて下さい。」
隊長は俺達が【光魔法】を使えると知ると、大急ぎで重症者へと案内してくれた。
彼は人魂によって燃えた火ネズミのタックルを身を呈して受け止め、仲間を守ったそうだ。そのせいで引火して、全身がひどい火傷を負っている。
「ウラガ、頼む。俺も少しだがやる。」
俺は【オール・フォー・ソード】のせいで、剣以外に魔法を使えない。なので重症者の彼の胸の手に短剣を持たせる。
(彼が再び剣を振るえるよう、【光魔法】で治療する。)
俺はそう強く考えながら、【光魔法】を発動させていく。さすがに慣れないので、なかなか【光魔法】での治療が上手く進まない。
一方のウラガは慣れたもので【光魔法】を発動させ、徐々に彼の火傷を直していく。
だがさすがに重度の火傷だ。なかなか治らない。すでに5分は魔法を使い続けている。俺達はだんだん汗をかき始めていた。魔法の長時間使用により、気分が悪くなるし、意識が遠のく、それでいて汗が止まらない。
グラスやクルスが俺とウラガの汗を拭いてくれる。俺達は少しでも長い間、彼に【光魔法】をかけ続けようと、踏ん張る。
「う、うぅ。」
10分を越える頃、重傷者の彼からうめき声が聞こえた。どうやら声を出せる程には回復した様だ。たぶんだが、峠は越えたので、俺とウラガは魔法の行使を止める。
「おぉ!!有難う!本当に有難う!後は俺達が見ますので、お休み下さい。おい!彼らに水を!」
俺達は部隊から少し離れた地面に座り込んで、体力と気力を回復させる。兵隊の一人が、水の入ったコップを人数分持って来てくれた。中の水はキンキンに冷えていて、火照った身体にはとても気持ち良かった。
「さすがに魔法の長時間連続使用は、キツイな。」
だが、それは気持ちの良い疲れだった。人一人が命拾いしたのだ。これくらいの疲れなら安いものだろう。
その後、俺達はしばらく休んでいた。そこへ先程の隊長さんが近付いてきた。彼はもう安心だそうだ。俺達のおかげだと何度も感謝を述べた後、御礼がしたいと申し出てきた。
俺達はどうしようかと少々悩むことになる。
数学の発展は、世界を大きく変えてしまう。物理や化学もしかり。これからのぶっこわれ付与、どうしようかなぁ。
テル君達は、久しぶりに長時間の魔法行使を経験です。小さな切り傷なら直ぐに治るのですがね。さすがに死にそうな程の火傷となると、時間がかかります。それでも魔法の力は凄まじいですね。
次回は12階層以降の話の予定。