今度、付与を教えてくれよ。
付与の話と、6階から10階の話。
短めです。
「冒険者さんなら、付与って知ってますよね。」
アンから提案された暑さ対策は付与であった。付与とは道具や武器に色々な効果を与える事ができる。方法としては紋章が有名だ。ウラガの帯電の剣も、探せばどこかに紋章があるはずだ。
「紋章を彫った魔法結晶なら、より強く効果を発揮させる事ができます。また、紋章を彫った装備に、魔法結晶を嵌めると効果を自動で発現できるものもあります。どうしますか?」
付与とは効果が幅広いようだ。そしてアンの言い方からすると、どちらも可能の様だ。
「いちいち魔法結晶に紋章を刻むのは面倒だよな。」
「この場合、装備に紋章を刻んだ方が便利だと思いますよ。」
「それってどんな装備でも良いのか?」
「そうですね。紋章を刻みやすい素材の方が良いですけど。袋とかどうですか?」
アンに魔法の袋に入れっぱなしになっていた革を数枚渡すと、ナイフを使って革に模様を描いて行った。幾何学模様の中に、文字や数字を描いて行く。まるで漫画に出てくる魔法陣の様な精密な紋章だ。
その革を袋状にして中に“火の魔法結晶を”入れる。
「あれ?発動しないけど?」
「この紋章は、人の魔力を貯めて、徐々に放出する紋章なんです。ですので、一度魔力を注いで下さい。」
アンにそう言われて俺はその紋章に魔力を注ぐ。と言っても俺は“オール・フォー・ソード”のせいで剣以外には魔力さえ注げないので、ナイフを布で包んで、ナイフを包む袋という理解で魔力を注ぐ。
紋章は淡く白い魔法光を吸収するように、ジワーっと魔力が溶けていった。そして袋に改めて“火の魔法結晶”を入れると、魔法結晶が発動して周りが涼しくなった。
「蓄えられる魔力は、魔法結晶2つ分を一日使えるくらいよ。だから毎日魔力を注いでね。」
魔力を蓄えるのに限界があるようだ。その蓄えた魔力を徐々に放出して、中にある魔法結晶を発動させる仕組みだ。即席で作った割には、かなり使い勝手が良い。魔法結晶に常に魔力を注ぐという手間が無くなるだけで、普段通りの戦闘ができそうだ。
一つ目の袋の効果を確かめた後、残り4人分を作っていく。少々時間はかかったが、無事に人数分の袋を作る事が出来た。
俺達はさっそく魔力を貯めて、中に魔法結晶を入れる。そしてその日は涼しい環境の中、眠りについた。
翌日、朝食をとった俺達は地下6階へと足を踏み入れた。
6階は真っ暗だった。明かりは、階段下に置かれていた松明だけである。どうやらこの松明に火をともして、明かりを確保しろという事らしい。
クルスが【火魔法】で松明を灯す傍ら、俺は【地形把握】で6階を調べる。この階層も暗いだけで、普通の迷路のようだった。
「まぁ、別に松明に頼らなくても良いよな。」
という事で、俺は久しぶりの【光魔法】を使って、光のナイフを作り出した。それを数本発生させて、【遠隔操作】も併用して、先の方まで明るくする。
「テルって、【光魔法】まで使えるの!?さすが神様の使徒。」
「使徒かぁ。俺って使徒になるんだなぁ。」
アンに言われて初めて使徒なのだと気付かされる。変なところで自分の役割を感じてしまい、アンの事は置いてけぼりに思いを巡らした。
6階層から出てきた魔獣は、ヘビの様な魔獣と、蝙蝠型の魔獣だった。どちらも視覚に頼らず獲物を見つける力を持っている。
ヘビの魔獣は、大きくは無いが長かった。軽く2mはある。それが足元や壁に空いた穴から突然現れて、俺達に噛みついたり絡みついてくる。
しかも、その牙は【火魔法】で属性が付与されているのか、咄嗟に出した土のナイフを溶かして穴を開けていた。
蝙蝠型の魔獣は遠距離からの魔法攻撃だ。【火魔法】で作った野球ボールサイズのファイアーボールを放っては、暗闇に溶けて姿を消す。
だが俺達にとって、どちらの魔獣も敵ではない。【周辺把握】ができる俺やウラガ、グラスによって、敵からの攻撃を防ぎ、魔法や体術で倒していく。
【光魔法】で作った光のナイフで照らされた敵は、クルスの【風魔法】によって切り刻まれた。
アンは接近戦になる事が無かったので、つまらなそうに俺達の後についてきただけだった。
暗闇という事で、普通なら攻略スピードが遅くなるとろだが、俺達には十分な明かりと、探索能力があるので、6階層は難なくクリアした。
続く7階から10階までも、広くなったり迷路が複雑になったり、魔獣の数が増えるだけで特に苦労もせず、一日でクリアできた。特段話す事もない。
11階層に続く階段で、俺達は夕食をとっている。今日の料理はヘビ肉を使った香草焼きと、ポテトサラダだ。
「今日一日、付与した袋を使ってみてどうだった?」
「途中で魔法結晶が空になったのに気付かなくて、急に暑くなった時は焦ったけど、他は快適だったよ。」
「そうだな。魔力を注ぎ続けなくて良いから、かなり楽だった。」
「私も楽でした。魔力操作が苦手な私でも最初に注ぐだけなので、意識しない分戦闘に集中できました。」
「便利―。」
「そう。魔法結晶は半日過ぎたら新しいものに入れ替えれば、空になる事も無いわね。しっかり効果も出てるみたいだし。私の腕も落ちてないわね。」
アンに聞くと、200年以上生きている間に、付与技術に熱中した期間があったそうだ。ドワーフとしての血なのか知らないが、そこそこの知名度だった程の腕前はあるらしい。
「今度、付与を教えてくれよ。」
アンは二つ返事で了承してくれた。昔も弟子をとって、教えていたらしいので、懐かしくなったようだ。
俺としても、最初の人族の街で見つけた“ライゼの成り上がり”で書かれていた付与について、やっと学べる機会を得たのだ。ずっとやってみたかった。
おそらく“オール・フォー・ソード”のせいで、剣以外は付与し辛いかもしれないが、どうにかして防具や生活用品にも付与させたい。そして色々実験して、より便利な付与を施して、自分好みに改良してやる。
とうとう付与の登場。長かった。
ダンジョンの話は、バッサリと切りました。特に何も無いので。
テル君も色々やってみたいようです。魔法の袋にも付与が施されているので、これを改良するのも良いかもですね。中の物の鮮度を保ったり、誰でも収納力を広められたり。夢が広がりますね。
次回は11階層以降の話。