また苦労しそうだなぁ。
ドワーフ国への移動の話と、テル君が起きる話と眠る話。
ガタガタと揺れるている。
俺は眠りから覚めた、まどろみの中でぼんやりとだが馬車に乗っているのだと理解する。
ゆっくりと目を開けると、木製の天井が見えた。ガタガタとリズムよく揺れているので、やはり馬車なのだろう。
俺は身体を上げようと力を入れるが、全身に痛みが走る。
「イッ。」
全身の痛みで声にならない声を上げて痛みに耐える。そんな俺の声に気付いたようで、グラスとクルスが俺の顔を覗き込んで来た。二人は泣きそうな顔をしている。いや、実際に涙を流しているようだ。
「ウラガさん!テルさんが起きましたよ!ちょっと止まって下さい!」
グラスがウラガに声をかける。しばらくした後、馬車の振動が止み、どこかに停泊したのだと分かる。すぐさま足元の方、馬車の入口の方からウラガが入ってきた。
「起きたかテル!大丈夫か!?どっか傷むか?」
「ア・・ガハッ」
ウラガの質問に応えようと声を出そうとするが、喉が張り付いて声がはっきりと出ない。喉を意識した途端、カラカラだと分かり気持ちが悪くなる。
「声が出ないのか?」
「水飲むー?」
クルスが【水魔法】でコップに水を入れてくれる。そしてグラスが俺の身体を抱き起そうとしてくれるが、本の少し動いただけで全身に痛みが走り、顔を歪めて、「ウー」と唸る。
「ちょっと我慢してくれよな。」
「ちょっとずつー」
水をなんとか喉へと通して飲み込む。胃もカラッポだったようで、突然の水分に胃が驚いたのか、吐きそうになるが、吐く程の物も無いので、気持ち悪さだけがこみあげる。
それでも喉を潤す事が出来たので、少しだけ話す事が出来るようになった。
「水。」
「はいー。」
クルスが優しく俺に水を飲ませてくれる。なんだか嬉しいような、恥ずかしいような。
そしてしばらくした後、俺はしっかりと話せるまでに回復する。
「今、どこだ?」
「もうすぐドワーフ国との国境に差し掛かる。あと3日くらいだな。」
「そっか。かなり寝てたんだな。ありがとう。」
きっと俺が寝ている間に、ドワーフ国へ行く算段をとりつけて、着実に移動していたのだと理解する。俺の「たのむ。」という言葉を理解して、無茶して作った時間を大事に使ってくれたようだ。
「どれくらい寝てた?」
「二週間ってところだな。」
一生に一度言ってみたい言葉の一つを、こんなところで披露する事になろうとは。なんだか感慨深い。
いや、それよりも俺は二週間も寝ていたらしい。どおりで胃が空のはずだ。
「腹が減ったのと、あと、全身が痛い。ウラガ、頼めるか?」
「おう。いま【光魔法】使ってやるよ。」
俺の言葉を聞いてなのか、クルスが馬車の外へと出て行く。俺用の食事を作ってくるそうだ。そして馬車の中ではウラガが【光魔法】で俺の痛みを取ろうとしてくれる。
「どうだ?楽になったか?」
「・・・いや。全然良くなって無い。たぶん魔法じゃ無理なんだろうな。代償ってやつだろうな。」
俺が使った“生活の加護”。月一回の限定で能力を劇的に上げる力。そんな便利なものが、魔法でポンポン治っていては、つり合いがとれないだろう。この痛みは自然に治るまで受けるしかないのだ。
クルスのご飯が出来るまでの間に、俺はウラガやグラスからこれまでの顛末を聞く事にした。
ざっくりまとめると、ウラガが王やギルドに頼んで、金と装備と食料と馬車、旅に必要なものを3日で一式用意してもらい、その後は俺を馬車へと寝かしたままドワーフへ向けて旅立ったそうだ。
「そんで、悪いと思ったけど、テルの“魔法の袋”からナイフを5本ほど貰ったから。そんで、王都を含めた道中の村に、一本ずつ置いてきた。」
「保険か。さすがウラガだな。」
俺の【空間魔法】の転移は、【オール・フォー・ソード】のせいで、俺の剣やナイフの位置を交換するしかない。なのでこれからの事を考えると、超長距離転移をするより、短距離転移を繰り返した方が良いと言う判断だろう。
そうこうしていると、グラスが食事を持って来てくれた。薄緑色の液体が湯気を上げているが、スムージーの様にドロドロしている。
「あの。クルスさん。これは?」
「野菜を細かくしてー、すりつぶした物を煮た物―。病人にはコレー。」
「お、おう。」
クルスが自信満々の表情で俺へと差し出してくる。話を聞くと、魔族の国に伝わる病気の時の食事の定番だそうだ。
イメージとしては、ポトフにホウレンソウなどを入れて、それをミキサーでドロドロにしたような感じだ。それをスプーンですくって食べる。
「あ。美味しい。」
「ちょっとずつー、時間を置いてー、回数増やして食べる―。」
確かに、俺の胃が水以外の物が入ってきた事によって、一気に動き出している。ここで無茶して食べたら、確実に吐いてしまうだろう。理にかなっている。
クルスは作った料理を壺の中へと入れて、“魔法の袋”へと収納する。次からは食べる量だけ温めるらしい。
少し食べる事が出来た俺だが、まだ全身が痛むし、実は魔力もあまり回復していない。だいたい2割といったところか。20日も寝ていた割りに全然溜まっていない。これもおそらく代償なのだろう。もしかしたら魔力を前借していたのかもしれない。借りた相手は不明だが。
俺は再び馬車の床へと寝かされる。すると急激に眠気が襲ってきた。あれだけ寝てまだ眠るのか。そう自分に突っ込みを入れながらも皆に感謝の意を伝える。
「皆。本当にありがとうな。」
俺はそれだけ言うと、再び深い眠りに着いた。
俺は夢を見た。いや、夢を見ていると分かる。なにせ、先ほどまで馬車にいたはずなのに、ここは雲の中の様に全体が霧で覆われているからだ。
足元へと視線を向けるが何も無い。透明な床があるかのように錯覚するが、そもそも上も下も無い。だが真っ白な霧が立ち込める空間だ。
「あれ?痛みが無い。」
「そりゃそうよ。夢なんだもん。」
「あ。やっぱり夢ですか。それで、自称神様の登場ですかね?」
「カンは良いわね。って、誰が自称よ。本物だってーの。」
霧の向こう側。霧のせいで全く見えないが、シルエットだけは分かる。身長はそれほど高くないだろう。160~165cmくらいか?声色から女の子かと思われるが、もしかしたら男の子かもしれない。でも言葉使いから女性だろうと当たりを付ける。
「ってかそもそも神様に性別ってあるのか?」
「何無粋な事考えてんのよ。あるとも言えるし、ないとも言える。って答えとこうかしらね。」
「わけわかんねーな。」
俺は遠くのシルエットだけの存在と言葉を交わしていく。
「まさかアンタがここまで無茶するなんて思わなかったわ。少し見直した。」
「一応、転生してもらった恩と、この世界を守りたいとも思えるようになったんでね。」
「そりゃ良かった。で、本題なんだけど。」
「やっぱり、俺の容体を身に来た訳じゃないんですね。」
「それもあったわよ。私が転生させた人物だもの。監督責任くらいはあるわ。それで、ちょっとお願いがあるの。ドワーフの子を探して救って欲しい。」
「なんだよ。グラスやクルスの様に手紙を書けばいいじゃん。もしくはこうやって直接出てくれば。」
「それがねぇ。ちょっと難しいのよ。いわゆる呪われちゃった系なのよ。」
「それこそ神様なんだろ?直してやれよ。」
「ダメよ。神は等しく平等なの。指示は出せても、呪いを解いたりしてエコひいきは、できるだけしちゃダメなの。」
「ふーん。俺の転生は特別なのね。」
「そりゃ、あんたが前にいた世界の神様から頼まれたからね。」
「そんで、そのドワーフの子ってのはどこに?」
「王都にいるわ。ちょっと幽閉されてて。違うわね。彼らは保護してるって言ってるわ。」
「ふーん王都ねぇ。で詳しい場所は?」
「教会よ。」
「教会が同族を幽閉ねぇ。また苦労しそうだなぁ。」
俺と神様の会話が一段落すると、また俺の意識は段々と消えて行く。あれほど忙しいと言っていた神様が俺の前に、シルエットとはいえ姿を現したのだ。そっけなく言っていたが、俺の事を心配しての事だろう。
そんなシャイで天邪鬼な神様が、俺にお願いしたのだ。少しくらいの苦労は進んで買ってやろうじゃないか。
眠りから覚めたらウラガ達に相談しよう。としっかりと記憶して、再び眠りにつくのだった。
久々の神様!初登場と言っていいのか分かんないですが、シルエットだけは出ましたね。神様の性別。気なります。
テル君は皆に愛されてますね。涙を流して喜んでくれる仲間。忙しい合間を縫って駆けつける神様。良いですねぇ。
次回は、ドワーフの国への移動の話。