・・・たのむ。
王城でのお話と、移動の話。
「ところで、私達魔族の国も皆さんのサポートをさせて頂きたいのです。何か必要なものはありますか?」
「じゃぁー私もー旅に―「ちょっと待ってお姉ちゃん。」」
俺達は魔族の国の王様であるクルスの妹と、魔族の国の教皇であるクルスの祖母と一緒に夕食をとっている。
晩餐会等で使われる長―い机の端っこで、俺達だけが食事をとっている。周りの壁にはズラッとお偉いさんが並んでいる。なんだが緊張する。一緒に食べるのは気にならないんだが、見られているのは気になる。
運ばれてくる料理を楽しみながら、俺達は会話に華をさかせる。メインは“神の舌”にあったダンジョンの話や、俺達が神様や天使から聞いた話をする。
俺達が持ち帰った“神の舌”の天使からもらった、半分の魔法結晶はとりあえず魔族の国で保管してもらう。保管という名目だが、実質は献上だ。俺達は大量に得られた小さな魔法結晶で十分なのだ。
その神級の魔法結晶と、無事に天使を解放した報酬として俺達の旅をバックアップしてくれるらしい。
そしてクルスが自分の旅の許可を申請したのだが、王様である妹から待ったがかかった。
「お姉ちゃん。確かに神様から依頼された正式なものだけど、巫女であるお姉ちゃんを少人数で旅させるなんて王として許可できません。」
「そうね。クルスちゃんの旅を止める気はないけど、最低でも王軍の精鋭くらいは付けて頂きたいわぁ。」
教皇である祖母からも、俺達3人に巫女であるクルスを任せるのは、承諾しかねるらしい。そりゃそうだろう。例え俺達がダンジョンを3つクリアしていて、神様からの手紙に登場する人物であっても、彼女たちからすれば何処の誰とも分からない一般人なのだ。巫女と言う世界で一人の存在を、易々と危険な目に遭わせられない。
「テルー。ウラガー。グラスー。」
クルスが俺達へと助けを求めてくるが、俺達は上手い言い訳を思いつかない。
「えーっと。クルスはちゃんと俺達が守りますし。ダメですか?」
「私達の精鋭を付けて、完璧なバックアップ体制がとれるまでは許可できません。」
王としては正しい判断なのだろうが、そうは言っても俺達は先を急いでいる旅なのだ。あまり時間をかけ過ぎると、ダンジョンのレベルが上がり過ぎて、攻略不可能なんて事になりかねない。
推測だが、王としては若い彼女だ。きっと慎重に行動して民や役人達からの信頼を得る大事な時期なのだろう。失敗するわけにはいかない。さらにリーダーシップを発揮するために、他に相談することなく、断固とした主張を通さねばならない。時期が悪いとしか言いようがない。
「クルスの話は置いといて、とりあえず俺が欲しい物の話をさせて「失礼します。」」
俺が無理やり話題を変えようとしてところで、急に兵隊さんが駆け寄ってきた。恐らく伝令さんだろう。他の幹部や兵隊さんも彼を避難する目すら向けていない。
伝令は王軍の団長さんへと、ヒソヒソと伝言を伝える。団長さんの顔がピクリと動いている。何か事件でもあったのだろうか?
団長さんは、今度は王と教皇へとヒソヒソと伝令の内容を伝える。そして王と教皇の顔も優れなくなっていく。
伝令を聞いた王と教皇は互いに頷きあう。アイコンタクトで俺達へと話すかどうか決めた様だ。
「今の伝令によりますと、ドワーフの国で巨大ダンジョンが発生したそうです。しかも発生場所は王都。ダンジョンから脱出できない状況から、テルさん達の話にあった天使様関連のダンジョンである可能性があります。各国へと救助要請が来ています。」
「教皇としては、災害時用の緊急招集をかけて治癒魔法が使える人間と、食料を運び人々を助けるための人材を集めて向かわせます。」
「王軍の災害時部隊も向かわせます。軍団長、至急馬車や兵士の準備を。財務長、緊急時の予算の確保。商業長、ありったけの食料を集めて。総務長、国が保管する“魔法袋”の全ての使用を許可しますので、食料等必要と思われる物を入れて下さい。魔法長、魔法袋を使わせるので魔力の高い者の選出および、必要な人材を選んで準備を。」
王は各長へと指示を出していく。そして一通り指示を出し終わり、俺達へと向き直る。
「神さまの手紙の事から、テル様達が神様から選ばれた存在だと分かります。このような状況ですが、王として巫女である姉を同行させる訳にはいきません。ただ・・・私が見ない間に、姉がまた脱走するかもしれませんね。」
つまり、彼女を連れて行っても良いというお許しが出たのだ。このような緊急時である。王軍の準備だけでの数日かかるだろう。しかもインターネットのような、一瞬で世界の裏側へと伝達する術のない世界だ。この伝令が来ただけでも、数日はかかっている。あまり時間が無い。
「魔法結晶と“神の舌”の天使様解放の御礼はまた後日ということで、宜しいでしょうか?」
「もちろんですが、お願いがあります。魔法結晶を返して下さい。どうしても必要なんです。」
「・・・分かりました。直ぐに持って来させます。」
王が目線を向けた先にいた、俺達の話を聞いていた官僚の一人が俺達へと頭を下げて退出する。魔法結晶を取りに行ったのだ。
「それでは私達は失礼しますね。」
そう言って王と教皇は足早に部屋を出て行った。残された俺達はメイドさんの案内で部屋へと戻ってきた。
「もちろん行くだろ?」
部屋に戻るなりウラガが俺へと聞いてくる。グラスもクルスも同様の視線を俺へと向けてきた。
「当然さ。」
「そう言うと思ったぜ。それじゃぁ直ぐに準備しないとな。」
「それなんだけど、ちょっと無理をしてでも早く到着したいんだ。」
「無理をする?神海は正月しか使えないから、真ん中の海は渡れないぞ?」
「魔法でさ。」
この世界の中央にある巨大な海、神海。その神海の真ん中に神の住む島がある。住むと言うが、実際にすんでいる訳ではなく、王の専任時や正月なんかに神が訪れる場所に過ぎない。
その神海を通れれば、ドワーフの国までショートカットできるはずなのだ。だがそう上手くはいかない。
「メイドさんに確認したら、ドワーフの王とは、人族よりにあるそうなんだ。しかもエルフの国を越えて行くルートは、ドワーフの国に大きな山脈が二つあるから、かなり遠回りなんだって。」
「あぁそうだな。え?人族の方から行くのか?なのに魔法で無茶をする??」
「転移―?」
「そうだ。【空間魔法】で飛ぼうかと思ってる。」
俺が計画したのは、人族の国に置いてきた俺の剣へと【空間魔法】を使って転移するというものだ。これまでのダンジョン攻略で、【空間魔法】もレベル2へと上がっている。しかも、生活の天使からユキがもらった“生活の加護”は、月に一度だけ実力以上の力を発揮できる。反動はかなりあるらしいが、非常事態だ。死にはしないとも言ってたし。
「・・・わかった。テルが覚悟を決めているなら。」
((コクリ))
ウラガの言葉に賛同するように、グラスもクルスも俺の顔を見ながら頷く。
「そうと決まれば、皆、荷物を軽くしてくれるか?召喚獣達は自分達の中に避難させて、装備はできるだけ“魔法の袋”へ。」
【空間魔法】は質量と距離に比例して消費する魔力量が増加する。なので、できる限り質量を減らしてもらうのだ。
当然俺も、装備や生活用品を“魔法の袋”へと詰め込んで、ユキを俺の身体の中へと引き戻す。中にいたとしても魔力だけは借りられるので、ユキにはツライ思いをさせるが、了承してもらった。俺を心配している心が伝わってくる。優しい精霊である。
そして皆の準備が整ったのを確認してから、俺は部屋の外で待機していたメイドさんを呼ぶ。
「俺達、もう出発します。王達へお知らせ下さい。」
「!?かしこまりました。お気を付けて。」
メイドは俺の言葉と全員の服装に違和感を覚えながらも、了承してくれる。どう見てもラフな格好の俺達だ。そりゃ不思議に思うだろう。
そこへ、ちょうどタイミング良く部屋の戸が叩かれる。対応したメイドさんから、“生活の天使様”から貰った神級の生活の魔法結晶を貰う。
「それじゃ行くぞ。」
俺の身体にウラガ、グラス、クルスがしっかりと触れる。俺は両手に生活の魔法結晶をしっかりと持ち、魔法を発動させる。魔法結晶の【空間魔法】の力を借りるのだ。
“生活の加護”で能力を飛躍的に向上させ、魔法結晶でさらに補助を受ける。そして俺の固有能力【オール・フォー・ソード】に頼る。
(人族の王城で渡した俺の剣。俺が使い込んだ剣。あいつと俺の場所を交換する。一気に行くぞ!)
俺は心の中で目標を探す。ぼんやりと、だが人族の王城に置いてきた剣だ断言できる剣のの気配を感じる。
「行くぞ!」
俺はそう掛け声をかけると、【空間魔法】の転移を発動する。
俺の全身から紫色の魔法光がブワっと溢れだす。俺は自分の中から力が溢れるのを感じると同時に、急激にそれが消費されていくのを感じる。ユキに預けていた魔力も一瞬で枯渇寸前になるので、ユキからはもう貰えない。
俺は凄まじい魔力の消費に歯を思いっきり噛みしめる。全身を針で刺すような激痛が襲いかかってくるのだ。そんな痛みに耐えながら、俺は魔法を維持し続ける。
紫色の魔法光に覆われた俺達は、正に空間に溶けるようにしてその場から消えて行く。
完全に俺達の姿が消えたと思ったら、一瞬だが世界が歪む感覚に襲われる。何も無さそうだが、全てがありそうな不思議な空間。漠然とだがそう感じられる。
そんな空間を一瞬だが通過して、俺達はまた世界へと姿を現す。魔法光が先行して、それが晴れるのと同時に、空間が揺らめくようにゆっくりと俺達は転移を完了していく。
俺達が現れた先は、明るい場所だった。おそらく執務室だろうか?立派な机があり、一人の男が必死に書類と格闘していた。
俺はそれが、人族の国王だと理解する。彼は突然空間が歪んで、徐々に姿を現していく俺達を見て驚いている。
「・・・たのむ。」
俺はしっかりと【空間魔法】の転移が完了したのを見届けると、遂に意識を手放していく。
魔力が完全に無くなり、さらに“生活の加護”でリミッターを解除したのだ。その反動が俺を襲ってきたのだと理解するが、もう頭も働かず、言葉も発せられたか分からない。そしてそのまま床へと崩れ落ちて行くのだった。
ということで、次はドワーフ編です。魔族の王都はあっという間に終わりましたね。
テル君はドワーフ国へ急ぐために、少々、いやかなり無茶をしています。死なないとは聞かされても、死ぬほどつらい思いをしております。大丈夫でしょうか?
次回は、人族の王都の話と移動の話の予定。