どうやら皆片付いた様だな。
“神の舌”のボス戦後半です。
グラスは焦っていた。攻撃の糸口が見えないからだ。
マーメイドは未だに歌いながら【水魔法】で水球や、水の鞭を操り遠距離から攻撃してくる。
一度【火魔法】を使い、口から火炎を吐き出してみたが、マーメイドは水の壁を作り出して難なく防いで見せた。
ダイチの土魔法で足場を作ろうにも、湖に足場を作るのは簡単ではない。
「テルさんも言ってたけど、ちょっと無理しちゃおうかな。」
グラスはボソリと独り言を吐く。自分でも焦っているのがわかる。いや。それよりも苛立っているといった方がいい。防戦一方で、攻撃手段が無い現状に対して、14歳という幼さでは、仲間の助けを待ったり、相手の隙を伺うといった待ちの戦法は苦手なようだ。
「ダイチ。ちょっとだけ注意を引いてて。」
「ガッガ!」
ダイチは地面へと降りると、土を身体へと纏っていく。ものの数秒で馬バージョンへと変身する。
ダイチは湖の周りを走り回りながら、身体に纏った土を【土魔法】を使って弾丸のようにしてマーメイドへと打ち出す。マーメイドはその土の弾丸を水弾で持っても迎え討ち、当たりそうになれば、分厚い水の壁を使って防ぐ。
その間にグラスは力を込め始める。今まで訓練した成果を発揮しようと、自分の背中にある竜の翼へと意識を集中する。
(私は竜族。【竜力】も持ってるんだもの。翼を使いこなしてこその竜。今使わないで、いつ使うのよ!!)
グラスが自分に向かって喝を入れると、一瞬グラスの身体が光り輝いた。その光が晴れると、グラスの背中には、片翼だけで3mは有りそうな巨大な翼が出現していた。
グラスは額に汗を滴らせながらも、マーメイドを見据える。
マーメイドもグラスの輝きを目にしていたので、ダイチからグラスへと向き直る。グラスとマーメイドの視線が交錯する。
グラスはあまり時間が無い事を体感的に理解していた。ただ立っているだけでも急激に魔力と体力を消耗していくのが分かる。
「一気に決める。」
グラスは自分に【火魔法】の付与を施す。グラスの武器である戦乙女は、一気に過熱され赤色へと変色している。
グラスは巨大化した翼をバサリと一度だけ羽ばたかせる。それだけで、身体は1m以上浮かび上がり、土埃を上げながら強風が吹き抜ける。
そしてもう一度翼を動かす。今度は前に移動するように意識を持っていく。一度羽ばたいただけなのに、猛スピードを出して弾丸のようにグラスは飛翔する。
グラスの変貌ぶりに警戒していたマーメイドは、一瞬出遅れる。そして咄嗟に水の壁を作り出して防御しようとするが、一瞬遅かったようだ。
グラスは弾丸の速度でマーメイドへと接近して、高温になった戦乙女でマーメイドの身体を蹴り飛ばす。ジュウという肉の焼ける音が一瞬聞こえた後、マーメイドは湖の外まで弾き飛ばされた。
そしてグラスは勢いそのままにマーメイドを追いかける。地面に着いたらこちらのものである。ダイチが地面を操って、マーメイドを拘束する。
動けなくなったマーメイド目掛けてグラスが止めとばかりに、自分の爪でマーメイドを突き刺した。
「キャーーー。」
マーメイドは断末魔を上げたあと、そのまま動かなくなった。それを確認したグラスは、巨大化した翼を小さくする。
そしてそのまま地面に倒れ込んでしまった。もう体力も魔力もすっからかんである。ひどい倦怠感と頭痛がグラスを襲う。グラスは辛うじて意識を保ちながら、ダイチと共に戦場の行く末を見守り始めた。
クルスはユニコーンと対峙している。このユニコーンは【光魔法】を使うので、多少の傷ならものの数秒で回復してしまう。
クルスは得意の【風魔法】を連発して、カマイタチを起こしてユニコーンへとぶつけるが焼け石に水である。効果が無い。
対してユニコーンは【光魔法】を使って反撃してきた。角の先からレーザーの様な光を出したり、光の屈折や反射を利用してユニコーンの分身を幻で映し出す。
レーザーを避けるクルス。避けた後の地面は加熱されて真っ赤になっている。直撃すれば、確実に自分の肌を焼き切るだろう。
「めんどー。」
クルスも疲れてきたようで、一気に攻める事を決めたようだ。
クルスは“並列のイヤリング”を付けている。しかもこのダンジョンでレベルも上がっているようだ。スキルを同時に複数発生させる。
「焼き切れ。フレイムストーム。」
クルスが魔言を唱えると、手の先から緑色の【風魔法】と赤色の【火魔法】の魔法光が合わさって放たれる。
使ったのは“炎の渦”に“風で火を強化”し、さらに“炎の渦から無数のカマイタチを放つ”の複合だ。
ユニコーンは最初避けようと幻を作り出そうとするが、風と炎によって光が歪められる。幻はユラユラと揺れているので、直ぐに本物のユニコーンがどこにいるかバレた。
次にユニコーンは【光魔法】による回復に専念する。あとは、クルスとの力比べである。
炎の渦に巻き込まれたユニコーンは業火に焼かれて全身の皮膚に火傷を負っていく。だがその火傷も光魔法で直ぐに回復していく。だが、さらにユニコーンを無数の火炎の刃が襲いかかった。
全方向から襲い来る刃が、ユニコーンの皮膚を切り裂き、切った所は重度の火傷で爛れている。
少しだが、クルスの攻撃の方が勝っているようだ。徐々に全身を切りつけられ、燃やされたユニコーンは、数分後遂にドサリと倒れた。
それでもクルスは魔法を止めない。万が一にでも生きていたら、あっという間に回復されてしまうので、徹底的に燃やしつくすのだ。
ユニコーンは叫び声も上げることなく、息絶える。そして数分後、ようやく魔法を解いた場所には、原形をとどめることなく、真っ黒に焼けたユニコーンだったものが横たわっていた。
クルスもそのまま地面にへたり込んだ。魔法を解いたというより、魔力が切れたようだ。普段の眠そうな瞳に、ひどい疲れの様相が伺える。地面へと女の子座りで座るクルスは、その疲れた目で、真剣に戦場を見つめる。
ウラガがメデューサと戦っている。【空間魔法】を使うメデューサは自分の髪である蛇を無数に伸ばして空間を渡り、ウラガと四方八方から襲ってくる。
ウラガは【大盾】を曲げて、自分を包み込むように展開させるが、それでも防ぎきれない。【空間魔法】は文字通り空間に作用する。なので、ウラガの【大盾】の内側に出口を作り出して、直接ウラガへと牙を剥くのだ。
「痛ぇなぁ!・・・本体は動かないか。」
ウラガは襲い来るメデューサの攻撃をかわそうと、【大盾】を展開したまま動き回る。そして攻撃を受けながらも正確に状況を分析する。
「テルから聞いたて通り、ちょっと集中しなきゃダメなんだな。」
テルとよく情報交換するウラガは、【空間魔法】についての使用感をテルから聞いてた。【空間魔法】は入口と出口を明確に認識しなければいけない。自分の目の届かない所へは出口を開けない等だ。
メデューサはこれを自分の髪である蛇の視力すら利用して補完している。なのでメデューサの死角となるような位置からも蛇を経由して出口を開けるのだ。
そして気付いた。【空間魔法】で移動するのは髪の毛のヘビだけだ。ウラガが逃げると、本体は走って追いかけてくる。弱い【空間魔法】しか使えないメデューサは、本体丸ごとの重量や体積を移動できないようだ。
「ちょっとやってみっか。シズク。サポート宜しく。」
「ピー♪」
普段はウラガの背中に張り付いているスライムのシズクは、その柔軟な体を薄く延ばしてウラガを包み込んでいく。【水魔法】で体積を増やしたその身体で包まれたウラガは、スライムのシズクに呑みこまれた様な様相だ。
防御を全てシズクへと任せたウラガは、逃げるのを止めてメデューサへと方向転換して突っ込んでいく。
メデューサは一瞬驚いたが、すぐさま【空間魔法】を使い十数匹のヘビをウラガへと、けし掛ける。空間を渡ったヘビはウラガへと噛みつくが、スライムに守られたウラガにはその牙は届かない。全てシズクの身体に阻まれる。
メデューサへと接近したウラガは“土の一帖”で【大盾】を発動する。今度はメデューサを包み込むように【大盾】を変形させる。
かなりの時間【大盾】の変形の修行に費やしていたウラガの攻撃で、あっさりとメデューサは【大盾】に捕われた。
「終わりだ。串刺しになる気分を味わえ!」
ウラガは【大盾】に【土魔法】を発動する。メデューサを包み込んだ内側に無数の土で出来た棘が生え出して、そのままメデューサを貫いて行く。
イメージとしては、拷問器具のアイアンメイデンだろう。もちろんウラガにはそんな知識は無いが、結果としてそうなった。
「キシュアーー!」
メデューサの断末魔の後、メデューサはそのまま地面に倒れた。それと同時に【空間魔法】も解除されて、ウラガに噛みついているヘビ達も力を失っていく。そして、ボロボロと首だけのヘビが地面へと落ちていく。
「へぇ。途中で【空間魔法】を切るとこうなるのか。これはテルに教えてやらねぇとな。」
ウラガはシズクの助けも有り、比較的軽症で済んだ。そして戦場を確認して、一番怪我が多いグラスの方へ怪我を癒すために歩いて行くのだった。
俺は今、タキシムという真っ黒なアンデットと戦っている最中だ。
タキシムの【闇魔法】で作りだされた空間は、いるだけで体力も魔力も消費していく。しかも光が全く無いので、自分の手すら見えない。
そんな真っ暗な空間で、タキシムだけは正確に俺へと攻撃を当ててくる。
それでも俺は“水の一振り”と“土の一振り”を構えている。【周辺把握】を発動するが、なぜかぼんやりと霞んでいる。それでもなんとかタキシムらしき存在を確認する。
タキシムはゾンビのはずなのだが、この空間の中では泳ぐように滑らかに移動している。しかもなかなかのスピードだ。幸い、遠距離攻撃は無いようで、タキシムはヒットアンドアウェイ方式で攻撃してくる。武器は棍棒のような物だ。もしかしたら骨かもしれない。
「長期戦は不利だな。」
いるだけで体力と魔力が減るこの空間は、はっきり言ってヤバい。魔力は人一倍有る方だから心配はしないが、体力が尽きてしまう。
「ユキ。いるよな?」
「キュ。」
「一気に決めるぞ。」
「キュー♪」
俺と繋がっているユキへと俺は作戦を伝える。作戦と言ってもシンプルだ。
「行くぞ!【水魔法】」
俺は【水魔法】と【ダブル魔法】で大量の大剣を生成していく。幸い、外の空間と断絶されている訳ではないので、水は空気中から簡単に集まる。
その水の大剣をタキシム目掛けて投げつける。もちろんタキシムは避ける。だがそれで良い。俺は避けるタキシムへと次々に水の大剣を投げる。
そして何十本もの水の大剣を投げた後、俺は耳を澄ませる。
シャー。という雨の道を車が移動する時に聞くような、水をかき分ける音が聞こえてくる。
俺は自分も周りだけ、【水魔法】で水をどける。
「ユキ。頼むぞ。」
「キューー!!」
それまで魔力を貯めていたであろうユキは、一気にその魔法を解き放つ。純粋な【氷魔法】により、周りの温度は急激に低下して、あっという間に水たまりと化した場所は凍っていく。
「グへ」
【闇魔法】で作り上げた空間を泳ぐように移動していたタキシムは、自分の足ごと、足元の水が凍らされて勢い余ってこけた様だ。
俺は【空間把握】を使ってそれを観察していた。範囲は狭いが、より周りを正確に感じられる【空間把握】のおかげで、タキシムの場所は手に取る様に分かる。
意外と近場にいた。俺はジャンプして氷の足場の影響を受けない様にしながら、魔力を最大まで流した両手の剣で、タキシムへと【スマッシュ】を叩きこんだ。
「グハーー」
タキシムはその一撃で、身体を3つに切り裂かれ倒れた。そして【闇魔法】も解除された様で、闇が空気に溶けるように消えていき、周りの様子が分かる様になった。
俺は周りを見渡すと、皆も戦いが終わったようで地面に座り込んでいる。
「どうやら皆片付いた様だな。」
俺はタキシム他、全ての魔獣から魔法結晶を取り出してから、皆の元へと歩んでいく。手には拳大の10個もの魔法結晶を携えて。
ボスも終わり!代表的な魔法が揃いましたね。お気付きかと思いますが、5カ国にダンジョンが2つずつ。でも氷魔法などは出て来てません。ダンジョンの数=魔法の数ではないのです。私の中で魔法は組み合わせで無数という思いがあります。なので細分化出来ない分野もあると思って下さい。
テル君はあまり苦戦しませんでしたね。本来なら方向感覚とかも狂ってしまうのですが、チートですね。主人公だからしょうがないな。
次回は、天使様の話とそれ以降の話の予定。