こりゃ感電するかもな。
第46,47,48,49室の話。
「燃え尽きろ。【ファイアーフロア】」
クルスが【火魔法】を使う。今まで見た限りだと、床一面に絨毯の様な火が伸びる魔法だ。それが今回は天井に走っている。
イメージで魔法が成立する世界なので、クルスが頑張ったのだろう。
クルスのおかげで、ジリジリと空気が温まっていく。それと同時に霧も晴れてくるが、今度は蒸し暑い。だが我慢はできる範囲の蒸し暑さだ。
霧の問題を解決した俺達は、さっさと、おもちゃを片づける。ちなみに魔獣として、ミノタウロスや、サイクロプスもいるが、ちゃちゃっと退治した。
2時間くらいで終わってしまった。霧の問題が解決できてなかったら、倍はかかっただろう。そもそも魔獣を退治する際に、おもちゃを壊してなかなかクリアできなかったかもしれない。
汗でベトベトになった身体を、ウラガが【生活魔法】で清潔にしてくれる。
俺達はお茶を飲んで休憩した後、すぐさま47室へと進んだ。
47室は本の整理整頓だ。だがここでも環境が邪魔をする。煙が立ち込めているのだ。
霧同様、目の前がはっきりと見えない。しかも、霧と違って煙を吸い込むと生死に関わる。どうするか。
「何か良い方法はっと。」
俺が考え始めると、皆もうーんと言いながら悩み始めた。風では意味が無いし、火でも効果は無い。土も意味が無いので、水しかない。
「ユキ。雪を降らそうか。」
「キュー♡」
ユキは氷の精霊なので、寒かったり雪が積もるのが好きなのだ。
雪が降れば、その表面に煙を付けて床に落とす事ができる。その雪が溶けても、水に煙が溶け込むのだ。だが問題もある。
「この煙で汚れた水が出来てしまう。本がダメになって警報が鳴らないかが問題だな。」
三人からは、他に代案もなかったので、とりあえず雪を局所的に降らす事にした。
俺はユキに魔力を譲渡してから、ユキと共に部屋へと入る。
ゴホゴホ。かなりきつい。俺はハンカチで口を覆い呼吸を確保するが、目も痛くなってくる。早くしないとキツイ。
俺は【水魔法】を。ユキが【氷魔法】を使って、擬似的な雪を作り出す。と言っても、雪を作る作業はユキに任しているので、俺はユキに向かって魔法を使おうとするだけである。
雪が半径50mの範囲で降り始める。俺の読み通り、周りの煙を捕まえて地面に灰色の雪が積もって行く。
ユキが魔法の行使を止めてしばらく経つと、雪が水へと溶ける。その茶色と灰色を合わせたような汚い水は、床に敷き詰められた本へと染み込んでいく。
ビーー!!
「あぁあ鳴っちゃった。」
俺と雪は地面に出来た穴に落ちて、部屋から放り出された。俺達はボスの扉の前へと出るが、綺麗に着地する。
俺は直ぐに47室前にいる仲間の元へと戻る。
「お帰りテル。やっぱりダメだったな。どうする?煙の中でやるか?」
「いや。雪作戦で行こう。」
「え?ダメだったじゃないですか?」
「雪のまま維持するのね―。」
「正解だ。」
クルスが指摘した様に、雪のまま維持させる。水になって本を汚すとブザーが鳴ったが、雪が積もってもブザーは鳴らなかった。そこを狙う。
だがそれだと部屋全体を冷やす必要がある。と言う事は俺の魔力がもつかどうか。これまでのダンジョン攻略で、余った魔力は毎日雪へと渡している。なので、ユキは俺と同量の魔力を持っている。
いや。俺以外にも協力してもらおう。【火魔法】の使い手が二人もいるのだ。
「グラス。クルス。【火魔法】で部屋の温度を下げてくれ。」
「うっ。私はできるか分かんないです。」
「私はできるー。」
グラスは、いつも火炎を吐くしか出来ない。だがクルスは、自称、魔法が得意というだけの事はある。【火魔法】について正しく理解して、吸熱の方も使えるそうだ。
「じゃぁクルス、頼むよ。」
「任せてー。」
クルスと俺、ユキが部屋へと入る。さっそくクルスが【火魔法】を使って吸熱を始めた。吸熱した熱は、クルスが用意した水へと移していく。
部屋が十分冷え始めたら、俺とユキはさっそく部屋全体へと雪を降らし始めた。みるみるうちに、部屋の煙が消えていく。そして足元には汚れた雪が積もって行く。
雪により清潔になった部屋で、俺達は急いで本の整理を始めた。部屋の温度維持は、ユキに任せている。維持するだけなら、それほど魔力を消費しないが、ふらふらにならない程度で、俺はユキへと魔力を渡しておいた。
おかげで部屋の本整理は、3時間ほどで完了した。
部屋をクリアしてから、俺達は昼食を取る。その前に、3時間で溜まった魔力をユキに分けてやる。俺もユキも魔力が減っているが、まだ大丈夫だ。
昼食後は、48室だ。48室の片づけは洗濯もの。部屋一面に、様々な洗濯ものが干されている。
48室はこの洗濯ものを畳むのがミッションなのだが、まか環境が邪魔をする。風が吹いているのだ。鍵が空から降ってくる44室の様な強風ではないが、ランダムな方向から常に風が吹き込んでくる。
つまり洗濯ものが畳めない。畳もうとするが、いちいち押さえておかないと直ぐに崩れてしまうのだ。
だが今回は楽勝だ。ダイチによって、ドーム型による暴風壁を作ってもらった。すでに砂嵐の45室で練習してあるので、あっという間に完成だ。
まず魔獣をそこまで、おびき寄せてから始末する。そうしないと、飛び散った血で洗濯ものが汚れるからだ。少し面倒だが、安全に魔獣を退治してから、洗濯ものを畳む。
しかも今回はダイチにお願いして、畳むための台まで用意してもらった。今までは地面に座って、膝の上でやっていたのだが、それだと腰痛になる。なので立ったまま使える机が欲しかったのだ。
どうして下層で思いつかなかったんだろう。ともの凄く悔やんだ。腰痛は洒落にならないのだ。
と言う事で、2時間というあっという間で48室をクリアした。途中で、完全に復活したウラガに【生活魔法】で体力を強化してもらったので、ぶっ続けで作業できたのだ。
49室の片づけは、家具などの重いものだ。しかも環境の影響か、かなり疲れる事となる。
重力が強まったのだ。【生活魔法】と言うのは、ここまで出来るのか。と感心した程だ。
重力が強まれば当然重い物はさらに重くなる。さらに自分の体重すら増えるので、動くだけでも一苦労なのだ。
だがやはり【生活魔法】だ。効果が弱い。弱いと言っても、体感で、1.2倍はしている。つまり100kgの物が120kgになる。それより重いものがゴロゴロしている部屋での作業は、体力と腰に来た。
もちろんウラガの【生活魔法】によって、体力や力の底上げを行っているが、それでも辛い。二人がかりで運ぶのだが、時間が経つにつれて足が重くなる。
最後の方では全身から汗が吹き出し、全身ビショビショになりながらも、なんとか所定の位置へと家具を移動した。
途中で休憩をはさんだが、結局4時間もかかってしまった。体力もカラッポだ。
俺達は部屋をクリアした後、お昼のお茶にする。だがそこでまたトラブルが生じてしまう。俺は隠したりせず、皆に報告する。
「皆に報告がある。悲しい報告だ。」
「「「ごくり」」」
と皆が固唾をのんで俺の方を見てくる。俺は意を決して言葉にする。
「おやつなのだが、これで最後だ。」
俺は“魔法の袋”からビスケットを取りだして、皆の前に配った。一人1枚だ。
「なんだそんな事「「なんだってー!」」」
ウラガは別にお菓子が無くなっても、どうでも良いような言葉を出そうとするが、それを掻き消すように女性陣から叫び声が上がる。
「材料とか無いんですか!?」
「ない。」
「干しフルーツはー?」
「ない。」
干したフルーツはとっくの昔に無くなっていた。その後はクッキーを作っていたのだが、とうとうその備蓄も無くなった。卵も無いし、小麦粉も少ない。どうしようも無いのだ。
女性陣は、ガーーンという効果音が聞こえてきそうな程、ショックを受けたような表情だ。甘い物は、冒険の息抜きで必須なのに、それがこれで最後なのだ。
彼女らは、目の前にあるクッキーを穴があくほど見つめる。食べようか迷っているようだ。
「悪いな。お詫びと言っちゃなんだが、俺の分を二人で分けても良いぞ?」
「いえ。それはダメです。ダンジョン内での食事は出来るだけ公平でなくては。」
「そうねー。私も受け取れない―。」
台所を預かる者としては、皆が満足できる食事を提供したい。だがそれも叶いそうもないし、二人も受け取らない。
「まぁ今回のダンジョンは明らかに準備不足だもんな。しょうがないって。」
この“神の舌”は、俺達の旅の予定では、王都の後に来る予定だったのだ。なのに王都への道中で無理やり引きずり込まれたのだ。それをウラガは言っているのだ。
と言う事で、調味料を省くと、とうとう肉しか残っていない。俺達はダンジョン攻略を急ぐ必要がさらに増した。特に女子の中では大問題だ。
そして面倒な部屋である、49室へとやってきた。この部屋のミッションは落ち葉の片づけだ。
相も変わらず、桜や金木犀、銀杏などの落葉樹がずらりと並んでいる。そして環境の変化は、雷だった。扉を開けた瞬間に、目の前で閃光が起こり、直度にゴロゴロ、ズッドーンという轟音を立てながら、目の前の桜に直撃していた。
「こりゃ感電するかもな。」
桜に落ちた雷は、そのまま地面へと落ちていく。なので一見、木の下に居れば安全な様な気がするが、そうではない。
木にお落ちた雷は、人間が近くにいると木から飛び移ってくるのだ。なので、雷が鳴ったら木の下へというのは、実は危険なのだ。
たしかテレビ番組では、45度斜め上の目線で、木の頂上が見えれば安全だ。それで、枝の先から2m以上離れる。だったかな。うろ覚えだ。
とにかく、俺はそういう知識を皆に教えてから、慎重に49室へと入って行くのだった。
ちょっと端折りました。
自然現象が入るだけで、一気に面倒になるダンジョン。
そして自由度の高い【生活魔法】。恐ろしい。
テル君は、お菓子が無くなった事を伝えました。たかがお菓子。されどお菓子。糖分は大事です。
次回は49室以降の話の予定。