二人が回復するのに時間がかかるから、今日はもう休もうか。
第42,43,44、45室のお話。
18室で寝泊まりした翌朝。俺達は三階へと上がってから朝食をとった。
18室の食事は部屋から出ると、胃の中でも消え去るので、時間の無駄だ。夕食にとった分は、今のところ不調になっていない。栄養不足になったら、体調に出るはずなのだ。要観察である。
朝食後、42室へと挑む。
42室は22室同様、金属の塊がずらっと棚に並べられている。ここも俺が切るしか方法がない部屋なのだが、41室同様、部屋の様子が変わっている。
暑いのだ。もの凄く暑い。経っているだけで汗が溢れてくる。
前世の夏みたいだ。40度あるかもしれない。それに湿度が高い。じめっとしている。とても不愉快だ。
「キュー。キュ♪」
俺が暑さでへばっていると、ユキが頑張ってくれた。
氷の精霊であるユキは、俺の周りの空気だけを冷やしてくれたのだ。俺の頭の上にいるユキから、ひんやりとした真っ白な魔法光が降り注ぎ、俺を包み込む。
不思議な事に歩いても冷気のベールが剥がれない。さすが魔法、さすがユキ。
俺はユキに御礼を述べて、フワフワの身体を撫でてやる。ふかふかで、冷たくて気持ちいい。
俺だけ快適な空間になったが、ウラガ達は暑いままだ。なので、魔獣を退治した後は、部屋の外へと避難してもらっている。鍵が見つかれば呼ぼう。
“水の一振り”と“土の一振り”を両手に持って、魔力を注ぐ。鉄だろうと切り裂ける程の切れ味になったところで、どんどん鍵の入った金属の塊を切り裂いて行く。
カキンという音と共に、“土の一振り”が防がれた。本物の鍵だ。
今回は、意外と早く見つかった。といっても1.5時間くらいはかかっているのだが、41室に比べればかなり早い。ラッキーだ。
俺はウラガ達を呼び戻してから、42室をクリアした。ユキのおかげで楽ができた。
俺とユキがお茶を飲んだり水分補給をして休んだ後、43室へと向かう。
43室は金属の宝箱。こんどの部屋は、猛烈に寒かった。確実にマイナスの温度だ。
氷の精霊であるユキには、温める事ができず、「キュー」としょんぼりした声で鳴いていた。
今回は、ウラガが活躍してくれた。【大盾】で俺達を魔獣と風から守りつつ、【生活魔法】を使って温めてくれる。【火魔法】が使えるグラスやクルスでもできるかもしれないが、威力を絞るのはかなり難しい。人が火傷しない範囲で、しかも暖かくという微妙な温度管理が必要なのだ。
だが【生活魔法】は元々弱い魔法なので、そういうコントロールがし易い。ウラガのおかげで、極寒から、少し寒いかな?と思うくらいまで温めてくれた。
43室は、宝箱自体に魔獣が化けているので、近づくまでは分からない。なので、ウラガの【大盾】は非常に役に立った。
後は、42室同様に俺が両手に剣を携えて切り飛ばしていくだけだ。グラスとクルスは暇そうに、自分の修行に専念し始めていた。
43室は42室と違って、アンラッキーだった。たくさん並べられた宝箱の、最後の方で本物の鍵が見つかったのだ。おかげで3時間もかかってしまった。42室の倍の時間である。
それでも倍で済んだのは、ウラガのおかげだ。おそらくウラガがいなければ、途中で部屋を出て、暖を取らなければ、握力が続かない程凍えただろう。
しかもウラガに後で聞いたが、【生活魔法】で強化までしてくれていたらしい。3つもスキルを併用し続けるなんて、凄い事なのだ。これもレベルが上がった効果かなと、二人で話した。
昼食の前に44室の下準備だ。44室は天井から、刃物のような鍵が降り注ぐという、かなり危険なエリアだ。
俺達が44室の扉を開けると、そこには24室以上の悲惨な光景が待っていた。
暴風である。
部屋全体を、猛烈な風が渦を巻くように吹き荒れ、刃物の様に鋭く変形した鍵も、風に乗って猛スピードで流れている。
「こりゃ、入ったら間違いなくミンチになるなw」
と冗談交じりに三人に言うが、三人とも冗談だとは思っていないようだ。本当にミンチになりそうだ。料理で使うミキサーの中は、きっとこんな感じなんだろうなぁ。
とりあえず、俺達は話し合う事にした。
「今までは、クルスの【風魔法】を使ってきたけど、今回は無理そうか?」
「無理―。風を扱いきれないからー、【風魔法】として使えなーい。」
「なら【火魔法】か?」
「うーん。半端な火力だとー。風で消え去るー。」
魔法に自信のあるクルスがそう判断する程の風なのだ。どうしたものか。
「それじゃあ私と一緒に【火魔法】やりません?」
グラスがそう提案してくる。半端じゃない火力ならば、あの風の中でも、鍵の表面を溶かす位は出来るだろう。その火力を生むために二人で魔法を使うそうだ。
「むー。やってみるー。」
クルスもそれしかないと分かっているようで、グラスの意見に賛同する。が、何やら悩んでいるようだ。
「何か問題でもあるのか?」
「魔法はーイメージなのー。人それぞれでーばらつくのー。合わせるの、結構大変―。」
この世界の魔法は、イメージが魔力の威力や精度に影響を及ぼす。なので、イメージが違えば魔力の流れ?波長?のようなものが、ばらつくのだそうだ。なので、二人以上で魔法を発動する際は、専用の魔力譲渡を行い、術者を一人にするか、確かなイメージを共有する必要があるらしい。
「とりあえずー。グラスに合わせる―。ちょっと見本見せてー。」
「わかった!じゃぁちょっと弱めでやってみるね!」
グラスは見本として、部屋の中に【火魔法】を使い、口から炎を噴き出す。
部屋に入った炎は、直ぐに風に流されて軌道を変え、しばらくすると風の中へと消え去ってしまった。
「なるほどー。なんとなく分かったー。渦巻くイメージなのねー?」
「そう!そうなんです!風がこんなに吹いてから、炎も風に乗って渦巻いた方がカッコイイでしょ!」
グラスは自分のイメージを一度で理解してもらって、なにやら嬉しそうだ。そして、凄いのはクルスだろう。いかに魔法に自信があるからと言って、一目で分かるなんて、もの凄い観察力だ。ちなみに俺には、ただ口から火を吹いているようにしか見えなかった。
「お先にどうぞ―。」
「じゃぁいくね。」
そして、いよいよ二人の初めての共同作業が始まった。
先に魔法を発動したグラスに合わせるように、クルスが手のひらから【火魔法】を発動する。
赤々と燃える炎が、部屋の中で消えることなく燃え続けた。
成功だ!
その後、二人は部屋にある鍵が溶ける程の高温になるまで、【火魔法】を使用し続けた。
俺つウラガはと言うと、その隙に昼食の準備をする。と言っても、ミノタウロスの肉を焼いて、薄くスライスしてパンに挟んだり、骨をスープにしたりするだけだ。ちなみに火種はウラガの【生活魔法】で出してもらった。以外に便利だ【生活魔法】。
「二人ともお疲れ様。昼食の準備は出来てるよ。」
「はふぅ。疲れましたぁ。」
「私も―。」
二人は最大火力を維持し続けたので、魔力の消耗が激しい様で、かなり疲れているようだ。ちょっと辛そう。
俺達は昼食を食べた後、頃合いを見計らって44室の扉を開いてみた。
すると、相変わらずの暴風の中、表面が溶けて形状が変わった鍵が流れていた。しかも何本かが溶けあって、くっ付いてしまっている。
「ウラガ、頼りにしてるぞ。」
「おう!皆、俺から離れるなよ。」
部屋へと入る前にウラガが【大盾】を発動して、俺達を守る。今回は、【大盾】のみに集中して、盾の形状をコの字型へと変形している。
俺達はウラガの【大盾】に治まる様に並んで、足並みをそろえて部屋へと入って行った。
入った途端に、カキンガキンと鍵が【大盾】に衝突してくる。いくら表面が溶けていると言っても、鋭利な事には変わりない。ウラガがいなければ、本当にミンチになるだろう。
風の方向に気をつけながら、俺達は荒れ狂う鍵の中から、本物の鍵を探していく。だがこれがかなり難しい。一瞬で過ぎ去る鍵を判断するのは、常人では不可能だ。
なのでここは、獣人であるグラスに頑張ってもらうしかない。聴覚や嗅覚だけでなく、動体視力でも、竜族のグラスは俺達より優れているのだ。
俺もウラガの【大盾】に衝突して、スピードが遅くなった鍵については調べていく。
クルスも、どうにか風の威力を押さえられないかと、【風魔法】を使おうとしている。だが、結局風のコントロールが上手くできず、緑の魔力光が虚しく空中へと溶けていくだけだった。
結局見つけたのは5時間たった後だった。途中に休憩も挟んだので、実質的には4時間だが、それでもかなりきつかった。
いや、きつかったのはウラガとグラスだろう。盾を張り続け、目を凝らし続けた二人は、部屋をクリアした途端、崩れる様にして横になった。
ウラガは魔力不足。グラスは目の酷使によって、頭痛を発症して、精神的にも疲れてしまったようだ。
とりあえず、二人を布団へと移動させる。グラスは14歳でまだまだ身体も小さいので、移動は楽だったが、ウラガはさすがに重かった。身長180cmを越え、筋肉もしっかり付いた大男の部類に入るウラガだ。体重は知らないが、かなりあるだろう。
俺とクルスでも上半身を持ち上げるのが精一杯だったので、布団を直ぐ横に敷いて、転がす様にして移動させた。
「次の45室を見てくるよ」
まだ夕食には時間があるので、俺は45室へと足を踏み入れた。45室は今まで通り、時間と共に変化する鍵が4本だけある、とてもシンプルな部屋だった。
だが問題は、環境だ。砂嵐である。部屋を開けた途端、目の前は茶色一色であった。地面には4本の鍵が、砂に突き刺すようして置かれていた。
風自体はそんなに強くない。だがこんな砂嵐では、前も後ろも見えないだろう。魔獣に襲われても、直ぐに見失う。
「どうする?進むか、休むか。進むのなら、方法はある。」
俺は、階段前へと帰って来てから、クルスへと相談を持ちかけた。
「方法ってー?」
「ダイチにトンネルを作ってもらう。」
そう。砂という土があるのなら、土の神獣である、モノリスのダイチが操れる。
その砂を固めてトンネル状にし、その中を進めば、砂嵐の影響も、魔獣の突然の攻撃も防げるのだ。
「でも、ダイチはグラスの契約者―。勝手にできるー?」
俺達がグラスの方へと顔を向けると、ダイチはグラスの身体の上で、横になっていた。普段は小さな、かまぼこ板程度しかないので、重くも無い。表情は無いが、心配ししているのは伝わってくる。
「ガー。」
といつもならイケイケ、元気いっぱいの鳴き声も、今日ばかりは弱弱しい。
「焦るのは良くないな。二人が回復するのに時間がかかるから、今日はもう休もうか。」
と言う事で、無理をすることなく、今日の攻略はお開きとなった。俺とクルスは夕食になるまでの間、自分達の修行へと勤しむのだった。
環境をいじってみました。生活していると直面する天候の変化。それも度が過ぎれば災害ですよね。
テル君は、少し焦っているようです。ボス部屋というゴールが目の前に見えているからかもしれません。冷静になってもらいたいものです
次回は45室以降の話の予定。