お風呂は、俺達の後でよければお使い下さい。
第40、41室の話。
40室の湖から見つけた木箱の中には、腕輪が1つと指輪が2つ、そしてイヤリングが1つ入っていた。
色はどれもシルバーであり、表面はつるんとして、何の変哲もないように見える。俺達は【解析】を行い、品定めを始めた。
■体力の腕輪 付与:体力上昇 (小)
■狩人の指輪 付与:命中力上昇 (小)
■並列の耳飾り 付与:並列思考補助 (小)
「うーん。どれも(小)なんだな」
「だけど、この並列の耳飾りは当たりだぞ!並列思考なんて付与、聞いた事ねぇ。」
「私も聞いた事ないなぁ。」
「私もしらなーい。」
そもそも、付与装備自体は、魔法道具屋や武器屋でも売られているし、普通のダンジョンからも出現するらしいので、珍しくは無い。珍しくは無いが、非常に高価だ。付与があるだけで、値段の0が一つ増えたりするし、貴重な付与なら、0がさらに2つ付く事もあるらしい。
で、この並列思考だがとても珍しいそうだ。将来、お店を開きたいと思っているウラガは、暇さえあれば武器屋や魔法道具屋に行っていたので、そう言うのには詳しいらしい。
獣人のグラスも、魔族のクルスも聞いたことが無いそうなので、本当に珍しいようだ。
「で。誰がどれを取る?ちょうど4つあるから、一人一つだな。」
「はい!私はこの体力の腕輪がいい!」
「そうだな。体術のクルスには必要だろう。」
獣人由来の高い身体能力をもつクルスでも、年齢は14歳だし、一番身体を動かす体術使いだ。少しでも体力が上がれば、それだけ戦闘が楽になる。ウラガとクルスからも異論は無かったので、体力の腕輪はグラスが装備する。
「残ったやつだが、並列はテルかクルスが使ってくれ。魔法使いが使う方が、効果的だろう。俺には必要ない。」
「そうか?なら、狩人の指輪でいいか?」
「あぁ。後は二人で話し合ってくれ。」
と言う事で、残りを俺とクルスで分け合う。
「クルスはどっちが欲しいんだ?俺としては、どっちでも良いんだが。」
本当に俺としては、どちらも魅力的だから、どっちでもいい。魔法でナイフを使ったり、剣戟を飛ばす俺にとって、命中力は必須だし、並列思考ができれば発生させるナイフの数が増える。
それはクルスも同じだった。【風魔法】や【火魔法】といった多彩な魔法を使うクルスにとっても、命中力と並行思考は魅力的なのだ。
「うーん。私はーーー。」
クルスは唸りながら、しばし考えている。どちらが自分にとって有用なのか、吟味しているようだ。
「うーん。並行の耳飾りー。貰って良いー?」
「もちろんだよ。」
ようやく決まったようだ。クルスは嬉しそうに笑った後、いそいそと、耳に着けていた。銀色に輝く、指輪を小さくしたような素朴な耳飾りだが、とても似合っている。
俺も右手の中指に指輪を嵌めた。それまで指輪をする機会のなかった俺にとっては、もの凄い違和感だ。
宝物の分配が、比較的あっさり決まった俺達は、40室を出て大階段へと移動する。
すると、またパリーン♪というガラスが砕けるような音と共に、三階へと続く階段前に張られたバリアの文字が、青色へと変化していた。40/40となっており、その隣は黄色の文字で、21/40となっている。
俺達は三階へと上がるために、恐る恐るバリアへと触れると、漫画ならトプン♪という効果音が付きそうな感じでバリアが波打ち、俺達をすんなりと通してくれた。
俺達はまず3階に上がる前に、もう一度バリアを潜れって、二階へ戻れるかを確認すると、難なく戻る事ができた。どうやら一方通行ではなく、行き来ができるらしい。これで38室での夕食の実験が続けられる。
「と言う事は、18室でも同じかぁ。そっちの方が良いよなぁ。」
食糧難になってからというもの、常に俺の頭の中には飯の事が付きまとっている。野菜が食べられなくなっただけで、一気に食事が味気ないものへと変化している。食べる事が好きな俺にとっては、かなり重要な事なのだ。生き物は食わないと死んでしまう。それなら良いものを食いたいではないか。
とりあえず、3階の様子を調べる。三階は二階同様にバルコニーがあったが、色々と無いものがあり、代わりにあるものがそびえていた。
まず無かった物だが、大階段だ。そして部屋が足りない。55室から先が無いのだ。
代わりに、巨大な扉が大階段の場所に聳えていた。木製で高さが5m以上あるその扉には、この世界の金貨の様な花弁が光り輝いていた。
そして案の定、40/55という表示が書かれたバリアで守られている。
「もうそんなとこまで来たんだな。」
「そうだね。変なダンジョンだけど、意外と早かったよな。」
「あと少しですね。私、なんだかドキドキしてきました。」
「おぉー。これがボス部屋かー。へー。」
クルスは初めて見るらしく、その巨大さと荘厳さに驚いている。そして何かを考えるような顔をしながら、扉を観察している。
俺達は夕食前の最後として、41室の扉を開けた。
そこには今まで通りの鍵を探す試練だ。大量の本の中に隠された本物の鍵を探すのだが、少し難しくなっている。
部屋の大きさは500m×1kmと変わらないのだが、部屋の中の環境が変わっているのだ。具体的には、雨が降っている。
「部屋の中なのに雨か。」
「本棚の部屋なのに雨だな。」
「燃えますか?」
「ちょっと無理―。」
もう意味が分からない。水分が天敵のはずの書庫に雨が降っている。この世界の文字は、ボールペンのように防水なのだろうか?
この雨は、俺達の攻略方法である【火魔法】に対抗した訳ではないだろうが、本当に厄介だ。
「念のため、【火魔法】使って見てくれないか?」
「わかったー。ちょっと本気出すー。」
クルスはそう言うと、俺達を部屋から出して、自分も部屋から出る。そして安全を確保した状態から、一気に魔法を発動する。
「燃え尽きろ。【ファイアーフロア】。吹き荒れろ。【暴風】。」
「「「おぉ!!」」」
クルスはさっそく“並列思考の髪飾り”の効果を発揮する。普通では二つ以上の魔法を並列で作動させるなら、レベル20以上必要だし、それなりの練習が必要だ。
条件をクリアしたとしても、威力が弱くなったり、けっこう疲れたり、頭が痛くなるのだが、クルスは涼しい顔をしている。きちんと補助されているようだ。
部屋の中は、床一面に広がった炎の海を、風魔法が威力を増すように働いている。一気に部屋の中を真っ赤な炎が埋め尽くし、こちらにも熱風が漂ってくる。
だがそれでも雨には敵わないようで、直ぐに炎が鎮火される。本も、もともと濡れていたので、表面すら焦げていない。
「はふー。無理だった―。」
「ありがとうなクルス。こればっかりは、しょうがない。別の方法を探そう。」
クルスは芳しく無い結果に、少し自信を無くしているが、魔法にも相性があるので、こればっかりは仕方がない。俺は労いの言葉をかけた後、次の方法を考える。
「俺は剣で切るから。皆はとりあえず鍵を集めて、クルスの【風魔法】で傷が付くか確かめるか。」
「そうですね。私とダイチが、雨の影響が無いように、魔法用の箱を作りますね。」
魔法は周りの環境に影響されやすい。砂漠では【水魔法】が使い難いように、空気が雨で変則的に動いている空間では、【風魔法】の制御が難しく威力が弱まるのだ。
俺は“水の一振り”と“土の一振り”を取りだして、両手に剣を持つ。そして魔力を流して切れ味を上げた状態で、それを本棚へと並行に持ち、二列を一気に切って行く。
すると本と共に中の鍵も切られる。切られた鍵は偽物だ。
ウラガ達は、地道に本を開けて鍵を取りだしていく。それをダイチが作った、雨の当たらない大きな土の箱へと入れていく。ある程度溜まったら、クルスが【風魔法】を使って、中に無数の風の刃を発生させて、鍵に傷を付ける。
そして傷が付いた物は偽物なので、ゴミ箱へ入れていく。
部屋の奥へと進むにつれて、雨脚が強くなる中、俺は頑張って本を切り続けていると、ウラガの声が聞こえた。
どうやら見つけたようだ。
ちなみに、本に擬態した魔獣以外に、人サイズのサイクロプスが出てきたが、俺が全部切り飛ばした。お腹が減り始めて、少しイライラしていたので、“水の一振り”と“土の一振り”へと流す魔力を増加させて、【スマッシュ】で一刀両断にした。
たぶんだが【生活魔法】で硬質化と強化をしていた気がするが、俺の剣の前には意味が無い買った。俺の剣を弾くなら、ゴーレムくらい硬くないとね。
結局3時間もかかって41室をクリアした。ずっと雨の中だったので、風邪をひきそうだ。
と言う事で、俺達は1階まで戻り、俺とクルスは18室で料理を。ウラガとグラスは2室でお風呂の準備をしている。
お風呂は、2室の土をダイチが整形し、ウラガとシズクが水を出し、グラスが【火魔法】の火炎で浴槽ごと加熱してお湯にする。
そんな俺達の事を、魔族の冒険者である“森の剣”の人たちが見ていた。
「食事は栄養になるか分かりませんよ?お風呂は、俺達の後でよければお使い下さい。」
別に邪見にする事も無いので、俺達は18室の料理の事を説明した後、お風呂を提供した。
向こうにも魔法使いがいるので、お湯は自分たちで作るだろう。
料理は・・・俺が作ってやった。4人分も、10人分も変わらない。と思ったが、違った。さすがに10人前は面倒だった。
食材は大量にあるので、別に食量で争う事は無い。
お返しにと、“森の剣”の人から普通のダンジョンの事について話を聞くのだった。
むーん。やっとこのダンジョンも終わりが見えてきました。長かった。どうやって端折ろうかな。
テル君は料理を振る舞いましたね。少しずつ“森の剣”さん達と距離を縮めています。良好な関係を築きたいのでしょう。
次回は42室以降の話の予定。