クルス!!
第29,30室の話。
29室には大量の家具や寸胴鍋など、重い物が置かれていた。
「?変わった点ってどこだ?」
今までは、部屋が広くなるだけでなく、魔獣が強くなったり、少し厄介な作業が増えたりした。なのに29室に入った段階では、変化したところが分からない。
俺達はとりあえず進んでみた。石臼やテーブルに擬態した魔獣が襲いかかってきたが、みんな弱い。【生活魔法】で強化をしているはずだが、俺達の攻撃力の前ではなんの意味も無い。
とりあえず部屋全体を歩き回り、敵を殲滅させた。これで安全に、家具達を所定の位置に移動させるだけだ。
「ふん!・・・うーーん!!」
重い。めちゃくちゃ重い。第9室では一人で運べた家具が、この29室では一人で持つには重すぎる。俺だってレベルが上がって、筋力とか体力も上昇しているはずだ。しかも【オール・フォー・ソード】のおかげで、筋肉は人並み以上についている。
それなのに、ここの家具は重くて持てない。いや。無理をすれば持てるのだが、たぶん怪我をするだろう。
「ウラガ。【生活魔法】で強化してくれないか?」
「そうだな。これはちょっとしんどい。」
ウラガの【生活魔法】によって、筋力の底上げをしてもらう。おかげで29室の物も持ちあげられるようになるが、それでも重い。
俺達はペアになって、家具を所定の位置へと移動させて行く。今回は身長の違いから、俺とウラガ。グラスとクルスのペアになった。女性陣は比較的軽いものを選んでもらう。
あとは時間をかけて落とさない様に、家具を運ぶだけだ。2時間もかかったが、とりあえず終了だ。
時間的にはもうすぐ日が暮れる。2階へ上がってから、部屋の攻略に時間がかかる様になった。一階で、一度経験しているので、攻略のやり方は分かっているのだが、如何せん、部屋が二倍になっているので、時間はかかる。
「今日は、30室を覗いて終わりにしようか。」
俺の提案に、皆が同意する。このダンジョンは扉さえ閉めなければ、部屋の状態を維持できて、俺達は休憩できるので、休憩前に出来る事をやるのは、非常に効果的だ。
「さーて、30室はっと。」
片づけシリーズの最後は、落ち葉の掃除だ。部屋に乱立する、桜や銀杏、金木犀から落ちてくる葉っぱを片づける。
落葉を始めるために俺達は一度部屋へと入った。入った途端に、はらはらと目の前の桜から、花弁が落ち始める。とても美しい。
俺達は一時のあいだ、その美しさを堪能した。本当なら、ここでお花見とかしたい。だがどこに魔獣がいるか分からないので、それは叶わない。
「クルス、頼むな。」
「まかせてー。」
前回同様クルスの【風魔法】で、強制的に葉っぱを落とすのだ。クルスは威力を押さえて、【風魔法】を発動させる。クルスから放射線状に、木々の間を風が吹き抜けていく。
ザザァ。ザザァ。と部屋中の木々が揺らいで、大量の花や葉が落ちてくる。
ビーー!!
「あー。強かったかもー。」
この部屋にある木には、銀杏なら銀杏、桜なら新しい葉など、落としてはいけない部位が存在する。それをクルスの魔法の威力が強くて落としてしまったようだ。
俺達は部屋から逃げる間もなく、下に開いた穴から落ちて、二階の大階段前へと戻された。
もう慣れたもので、俺達は特に怪我もせず、スタっと床に着地する。綺麗に決まった。
「ふぅ。もう一回行く?」
「リベンジー。」
クルスはちょっと悔しかったらしい。魔法には自信があるようなので、威力の制御が上手くいかなかった事に対して、何か思うところがあるようだ。30室に対して、もう一度挑むらしい。
「じゃぁ俺は料理してるよ。大丈夫だろ?」
「あぁ。俺が守るし、扉からは離れないから、何かあってもすぐ逃げるさ。」
そうウラガが答えるので、俺は夕食を作り始める事にした。場所はテラスだ。1階だと、第2室が魔獣も出無くて、土もあるから便利なのだが、22室はどこでも魔獣が出る。なのでテラスで寝泊まりしているのだ。
ウラガ達は再び30室へと入る。念のために、入口の扉には、扉が閉まらない様に、ストッパーを付けておく。
「今度はー失敗しないよー。」
クルスは眠たそうな声だが、はっきりと宣戦布告する。今度は威力を最小限にして、徐々に威力を上げていく作戦らしい。先程失敗した威力は、込めた魔力量で覚えているので、越えないようにする。
最初はそよ風程度だったのが、だんだんと強くなっていく。それに比例するように、木々が揺らめいて、大量の葉っぱが降ってきた。
「そろそろねー。」
クルスはそう言うと、魔法を終了させる。クルスから風は止まるが、まだ残った風が部屋の奥の方で吹き抜ける。ウラガ達はじっと経過を観察するが、今度は警報が鳴らなかった。
「よーし。」
クルスは今回の結果に満足した様で、小さくガッツポーズしている。見た目は分からないが、先の失敗は相当悔しかったようだ。
ウラガ達が部屋から出ると、ピタリと落葉も止まる。まるで時間が止まったかのようだが、足元には大量の落ち葉がある。明日は、魔獣を倒しまわって、残りの葉っぱが自然に落ちるまでに、今落とした分を処分するのだ。
「テルただいまー。」
「おかえり皆。上手く行ったみたいだね。」
部屋がある廊下の先から帰ってきた事から、俺はクルスが上手くやったと当たりを付ける。もし警報が鳴ったなら、階段前の天井から降ってくるはずだ。
「ぶいー。」
クルスはVサインをしながら、自分でも「ぶい」と言っている。この世界でもVサインがあるんだなぁ。と変なところで感心してしまう。
「アハハ。クルスも嬉しそうだね。よかったぁ。さっきは元気無さそうだったから、心配したんだよ。」
「ふーん。」
「ふーんってw」
クルスはなんだか照れ臭そうに、顔をポリポリかいて、俺から視線を逸らした。俺もなんだか恥ずかしくなってくる。
「あ、晩御飯、もうすぐだから。身体でも拭いて来なよ。」
ウラガの【水魔法】とグラス、クルスの【火魔法】をもってすれば、少量のお湯くらいあっという間に出来る。
女性陣は、衝立の奥へと移動して、身体を拭く。もちろん後でウラガが【生活魔法】の“リフレッシュ”をするのだが、やはりお湯で身体を拭く方が、気持ち的にもさっぱりするのだ。ちなみに俺は、夕食後に身体を拭く予定だ。
「今日はステーキだよ。あと野菜のソテーとスープ。」
ミノタウロスのお肉がメインで、残り少ないが、少量の野菜をバターでソテーしてある。スープは、野菜のくずを集めて作ってある。
皆、モグモグとステーキを食べる。前世の様に、霜降りとかではなく、赤みが多く、筋も多いので、なかなか噛みきれない。一応、筋切りしているのだが手ごわいようだ。だが、噛めば噛むほど肉の味がするので美味しい。
食後はさっさと寝て、翌日に備えた。
そして朝から30室へと挑む。部屋に入った途端、時間が動き出したかのように、落葉が始まる。
俺達はまず魔獣退治をするために、部屋の中へと歩いて行く。先頭はもちろんウラガだ。既に【大盾】を展開して前方を広く守っている。
この部屋の魔獣は、葉っぱや花だ。地面に落ちた大量の落ち葉の中、木にまだ残っている葉っぱ当が襲いかかってくるが、全てウラガの【大盾】で防がれる。
俺達はウラガの【大盾】を完全に信頼していた。だが気の抜けた時にこそ、事故は起きる。
「!!クルスさん、右です!」
グラスの【危険予知】が発動した様で、クルスへ注意喚起する。
先頭のウラガの後ろには、左にグラス、右にクルス。二人の後ろを俺という、ひし形のフォーメーションを取っていた。
グラスの声を聞き、俺達は右側へと視線を向ける。地面に落ちた大量の銀杏の葉の中から、数枚の葉っぱが飛び出してくる瞬間だった。見た目は葉っぱだが、切れ味は抜群だろう。今までもウラガの【大盾】で、葉っぱとは思えないカツンカツンという音がしていたのだ。
「クルス!!」
俺は咄嗟に飛びだしていた。目の端ではクルス目掛けて、葉っぱが飛んでくるのが見える。俺はクルスを押し倒すようにして、クルス守ろうとした。だが完全には避けきれず、俺の右わき腹に、銀杏の葉が数枚突き刺さる。
俺とクルスはそのまま足元への落ち葉へと倒れるのだった。
なぜ進まない。一話で5室は最低進みたいのにー。
それよりも、読者が面白いと思ってもらえるものを作りたいなぁ。
テル君はクルスを守るために、自然に体が動いたようです。咄嗟に動ける男って、かっこいいですよね。
次回は30室以降の話の予定。