洗濯ものか。また腰が痛くなるなぁ。
26,27,28室の話。
「次はこっちです!」
「テルこっちも!」
「クルスさんあっち!」
俺達は26室で魔獣退治に追われている。かなり多くて、嫌になってきた。
26室は、大量のおもちゃを片づけるのがミッションだ。それなのに、そのおもちゃを溶かす、腐敗の息を吐くメデューサがいるのだ。しかもおもちゃに擬態している。
さらに厄介な事に、メデューサは人型だけではなかった。犬のぬいぐるみや、木馬ですら蛇の髪が生えて来る。完全にホラーだ。
それを俺とクルスがピンポイントの遠隔魔法で仕留めて行く。特に俺の魔法で作ったナイフは、周りのおもちゃを傷つけず敵へと突き刺さるので、この部屋では最適だ。
そしてウラガやグラスが敵を見つける係をしている。その指示がある方に俺とクルスが対処する。メデューサが腐敗の息を吐くまでが勝負なので、せわしない。
それにしても、数が多い。まだ部屋の半分くらいしか歩いてないのに、数十匹の魔獣を退治している。ずっと集中しているので、もうヘトヘトだ。
それから1時間かけて、部屋全体を歩き回り魔獣を殲滅した。その後は、ゆっくりと壊さない様におもちゃを片づける。
結局2時間以上かかって部屋中のおもちゃを片づけた。俺は、ずっと中腰だったので、また腰を痛めてしまった。他の三人も、少し辛そうだ。
「おいおい大丈夫かよ?」
26室をクリアして二階の大階段前に戻ってきた俺に、ウラガが優しく声をかけてくれる。そして【光魔法】を使って俺の腰痛を治してくれた。
「ありがと。実はこのダンジョンに来てから、疲れやすくなった気がするんだ。」
「お!テルもか!実は俺もなんだ。普段なら、寝起きはスッキリなんだけど、なんとなくダルイんだよな。」
「そうだったのか。ちょっとペース上げ過ぎたのかな?」
俺達はこのダンジョンを猛スピードで攻略している。最初の日から5室とか、最近でも4室はクリアしている。普通じゃない。
「でも馬子もいるしなぁ。」
そうなのだ。この“神の舌”のダンジョンに来たのは不幸な事故だった。なので馬子を外につないだままなのだ。頭のいい馬子は、食料をちょっとづつ食べているが、あまり長期間はもたない。食糧自体が腐ってしまう。だから俺達は急いでいるのだ。
俺達はお茶を飲んだ後、27室へと挑んだ。時間的には、10時くらい。まだ昼食には早い。
27室は、書籍の整理整頓だ。だがこれも第7室より面倒になっていた。それは所々、本に番号が振られていないのだ。つまり、背表紙や題名から納めるべき場所を探さなければいけない。かなりめんどくさい。
しかも魔獣まで出てきた。本に擬していた魔獣。本の背表紙を翼の様にバサバサと動かして、浮かび上がる。俺はその光景が面白くて興味深く観察していると、ウラガが俺の前に飛び出した。
そして【大盾】を展開する。俺はハッ!と正気に戻って、“水の一振り”を取りだす。鳥の様に浮かんだ本の魔獣は、中の紙をばらまき、ナイフのようにして俺達へと浴びせてきた。
カカカン!という紙では出ないであろう音を出しながら、ウラガの【大盾】にぶつかる。
某漫画で読んだ事があるが、一般人でも名刺で割り箸を切れるらしい。紙とはそれほどまでに切れ味が鋭いのだ。
しかもこの国の製紙技術は拙いので、紙自体が分厚くて頑丈だ。それを【生活魔法】でさらに硬くして、綺麗に断面を整えているのだろう。
俺は【ステップ3】で魔獣へと一瞬で近づいて、本の魔獣を一突きで貫く。
「ふぅ。わりぃウラガ。助かったよ。」
「ぼけっとすんなよ。ここはダンジョンだぞ。」
俺も、なぜあんなにぼーと観察していたのだろう?と不思議になるくらいだ。疲れが出てきているのか?いや。レベルも上がってるから、そう簡単に疲れるはずがない。精神的な疲労か?
俺は、大階段前でのウラガとの会話から、ずっと何かが引っ掛かっている。気のせいだと言われれば、そうかもしれない。だが、何かおかしい気がする。そんな漠然とした不安が俺の頭をさらに不調にする。
俺はそんなモヤモヤを消し飛ばすように、その後は戦闘に専念した。幸い、本は踏んでも警報が鳴らないので、【ステップ】や【スラッシュ】、【二段突き】等、身体を使った攻撃で、本の魔獣を殲滅した。
「テルさん、なんだか頑張ってますね。」
「そうだねー。何を考えてるのやらー。」
「??」
女の子同士で話をするが、グラスはよくわかっていないようだ。なんせまだ14歳。他人の心の機微を読めるほど経験がない。それに比べてクルスは敏感だ。まだ終日しか接していないテルの事を、少なからず理解しているようだ。
後は、本を並べて行くだけである。だがこれが大変だ。500m×1kmという広大な空間に並ぶ本棚に納めるのだ。分類するだけでもかなり時間がかかった。
結局、3時間かかった。それでも早い方だ。途中からウラガが【生活魔法】の“身体強化”を使ってくれたおかげだ。
「いつからこんな魔法使えたんだ?」
「実はこっそり練習してたんだよ。ダンジョンに入る前に、ミノタウロスが【生活魔法】を使ってるの分かっただろ?あの時からだよ。」
「へー。ウラガにしては時間かかったな。」
「他にも色々やってたからな。でも、さっきやっと発動出来たんだ。」
魔法はイメージだ。スキルとして魔法を獲得しても、実際に発動するイメージによって威力も使える種類も違ってくる。ウラガの【ハイガード】の恩恵で、補正がかかるはずだが、それでも難しかったようだ。
何はともあれ、ウラガのおかげで随分と楽に作業が進んだ。最初こそ、動きすぎる身体に戸惑ったが、慣れてくると快適だ。疲労感も、ほとんど感じない。
ウラガの活躍もあって、俺達は27室をクリアした。時間はとっくに昼を過ぎていたので、俺達は遅めの昼食を取り始めた。
「ところでさぁ。」
「うん?なんだよ改まって。」
「実は食料が、そろそろやばい。」
「「「なにーー!!」」」
「肉はあるんだ。野菜がやばいんだよ。」
ミノタウロスの肉はまだまだ沢山残っているが、野菜類はもうあと数食分しかない。本来なら王都に着くまでの街で買う予定だったのだ。もともと少なくなっていた上に、馬子にもあげた。野菜が無くなるのは必然だ。
「だが、安心して欲しい!秘策があるんだ。」
「・・・どうせ18室に行こうって言うんだろ?」
「さすがウラガ!正解だ!」
そう。18室の課題は料理。つまりそこには食材が大量にあるのだ。
「でも、あそこって私達が食べても良いんでしょうか?食べた瞬間、ブザーが鳴って階段前まで落とされません?」
「・・・たぶん大丈夫だよ!もしブザーが鳴っても、落ちる前に急いで食べれば!」
「あとどれくらい残ってるー?」
「えーっと。あと5食はいける。」
「ふーーん。もし食べれても、部屋を出たらー胃の中から消える―?」
「「「・・・」」」
考えてなかった。このダンジョンは、部屋の物を持ちだすと、部屋を出た瞬間に消滅するのだ。胃の中に入ってても、消えるかも知れない。
「どうしよう。」
誰からも答えは返ってこなかった。みんな、料理や食料の維持を俺に依存していたのだ。どうするかも考えた事が無いようだ。
「とりあえず、野菜少なめでいくね。腐っちゃうから、そう長く無いけど。」
とりあえず俺達は、第28室へと進む事にした。考えてもしょうがない。今はいち早くダンジョンをクリアする事を考える。
「洗濯ものか。また腰が痛くなるなぁ。」
28室には洗濯された衣類が大量に置かれていた。ここでも衣類の擬態した魔獣が出た。近接すると、俺達の足や腕に絡みついて、雑巾絞りの様に攻撃してくる。接近戦が得意なグラスが足に纏わりつかれて、ダメージを受けたようだ。
すぐさま引き剥がしたおかげで、痣ができるくらいで済んだ。そのままだと骨折していただろう。
ウラガが駆け寄り、【光魔法】で回復に専念する。その間は、俺とクルスで二人を守る。
接近さえしなければ良いので、必然的に戦い方は遠距離になる。水ナイフで切り裂いたり、クルスの【風魔法】で切り刻む。
後は、いつも通り戦闘をして、洗濯ものを畳んでクリアだ。
俺達は全員腰痛を発症して、クリア後は神獣達やウラガの【光魔法】のお世話になるのだった。
進まなーい。
ということで、ちょと複線を入れてみました。回収するのを忘れない様にしなきゃ。
テル君は、とうとう食料事情を話ました。数日前から気付いていたはずなのですが、言い出しにくかったのでしょうか?でも言わなきゃいけない事は、言うべきなのです。
次回は、28室以降の話の予定。