世界が変われば、色々変わるんだなぁ。
会談と16室の話。
「おいおい別に何かしようって訳じゃねぇぜ。ちょっと話を聞かせて欲しいだけだよ。」
「・・・分かった。でも少し話合わせてもらう。」
「どうぞどうぞ。」
ウラガが、ダンジョンに新しく入ってきた魔族風のリーダーと話を付けてくれた。俺達は、彼らから少し離れた場所へと移動して、作戦会議を始める。
「なんで、仲良くしないんだ?」
「はぁ。あのなテル。ダンジョンって言うのは、治外法権なんだ。基本的には、ダンジョン内で起こった事は、罪に問われない。」
「ふんふん。それで?」
「つまりー。殺して装備を奪うのもー許されるー。」
「!!」
「常識ー。」
だからウラガ達は警戒心を露にしていたのだ。そんな常識を知らない俺に対して、クルスは訝しんだ表情を向けてくる。ウラガとグラスは俺が異世界からの転移者だと知っているから、別に不思議には思っていないようだ。
まだ出会って3日目のクルスに、自分が転移者であり神の指示で世界を回っているという話はしたくない。まだクルスを信用しきれていないのだ。
俺は忘れていた記憶を思い出す。最初この世界に来た時に、親切な態度と言葉巧みに俺を奴隷へと落とした憎き商人の事。一時期、人間不信にまでなったあの男。
もしかしたら、先ほどの冒険者パーティーも俺達から情報を聞き出したら、暴力で従わせて、肉の壁にでも使うかもしれない。
ダンジョンで知らない人たちと出会えたワクワクは、警戒心へと変わっていく。
「そうか。俺が甘かったのか。」
「まぁ、全ての冒険者が悪いって訳じゃねぇ。そういう輩もいるって事だ。」
「彼らはどうだ?俺には良い奴か悪い奴か、さっぱり分からない。」
「彼らはー“森の剣”だと思うー。有名な一流冒険者ー。」
「へー。そんな有名人なんだ?」
クルスの話によると、魔族の王都を中心に、ダンジョン攻略メインの冒険者らしい。ギルドのランクは、クリスタル。上から3つ目。俺達の一つ上だ。
ギルドランクは、クリスタル以上は実力と貢献度だけでなく、人物評価も関わってくる。余程の大発見や偉業を上げれば、性格に難のある人物でもクリスタルに上がれるが、例外中の例外である。
森の剣のメンバーは、ギルドランクがクリスタルであり、コツコツと実績を上げてクリスタルになったらしい。その人当たりの良さから、優良パーティーとして人気があるのだそうだ。
「つまり、信用して良いと?」
「たぶんー。」
「私も大丈夫だと思います。【危険予知】でも何も引っ掛かりませんでしたし。」
「俺も大丈夫だと思う。けど、完全に信頼するなよ。適度な距離を取るんだ。」
「わかった。それじゃぁ、情報を提供しよう。かわりに、何を貰おうか?」
「食料はダメだぞ。ダンジョンでの食料は命と一緒だからな。」
「お金も要りませんよねー。テルさんとウラガさんは、お金持ちですし。」
「へー。お金持ちなんだー。」
「いや、ちょっとだけだよ?今は預けてるから、自由に出来ないし。ってか、貰う物の話だ。」
「とりあえず思いつかないから、貸し一つってところが良いんじゃないか?。」
話が脱線したが、結局はウラガが提案した“貸し一つ”を提示すると決まった。
さっそく俺達は大階段まで戻って、魔族のパーティーと話合いを始める。
「お?話が纏まったみたいだな。」
「はい。話を始めるにあたって、自己紹介を。俺は人族のテル・キサラギ。そしてウラガ、グラス、クルスです。パーティー名はありません。」
「!?。俺は“森の剣”のリーダーをやってるヒューレーだ。そしてこっちが~~。」
一瞬何かに驚いた顔をした気がするが、直ぐに普通の顔に戻っている。幻か?
自己紹介をした後、ここが“神の舌”の特殊ダンジョンである事。クリアするまで出られない事。これまでクリアした15室までの全ての部屋の情報といった、一連の情報を包み隠さず伝えた。
「まじかぁ。出られないなんてなぁ。」
リーダーのヒューレーさんは、困った顔をしながら、項垂れている。後ろでは斥候の男性が、玄関を開けようとガチャガチャするが開く気配は無い。おそらく開いたとしても、謎の結界のせいで出られないだろう。
魔法使い風の魔族の女性は、第2室の扉を開けようとガチャガチャするが、こちらも開きそうにない。おそらく、ダンジョンがパーティーを認識して、各パーティー毎に達成状況を確認しているのだろう。
「どうして森の剣さんは、ここへ?」
「お?気になるかw。実はな、“神の舌”を通行する商人や冒険者が返ってこないから、ギルドから捜索依頼が出されたんだよ。それを受けたって訳だ。」
「なるほど。それでベテランの皆さんが来たと。」
「ダンジョンでも見つけたんだろうって事でな。専門の俺らが派遣されたんだけどよ。まさか、神様関係で、出られないとはなぁ。しかも普通のダンジョンとは、かなり違うみたいだな。ワクワクしてくるぜ。」
この状況でワクワク出来るとは、さすがはベテラン勢だ。しかも【生活魔法】の魔法結晶が得られるし、それを使えば、ある程度は楽に攻略できそうだと分かっているので、気楽なようだ。
「情報のお返しとして、何が欲しい?分かってると思うが、食いものはやらんぞ。」
「はい。話あった結果、特に無かったので“貸し一つ”と言う事でどうでしょうか?」
「“貸し”かぁ。まぁ妥当なところだな。わかった。何か困った事があったら俺達に言えよ。鍛錬でもなんでも応えてやる。」
こうして、ダンジョンで初めての顔見知りとなった冒険者との商談は終了した。
クルスが言っていた通り、ヒューレーさん同様、森の剣のメンバーは良い人ばかりの様だった。俺達が警戒しない様に、全員が武器に手をかける素振りすら見せず、終始目の届く範囲で、距離を保ってくれていた。
時間にして2時間足らず。すんなりと交渉も終わった俺達は、お茶を飲んで一息ついてから、再びダンジョン攻略を再開していく。
次は第16室。俺達は気を引き締めて扉を開ける。
そこにあったのは・・・机と大量の書類だった。書類には、大きな文字で数字が書かれており、一番下には回答欄が付けられている。見た目は、中学1~2年生の計算ドリルのようだ。
「もしかして・・・計算しろと?」
これまた普通のダンジョンとは、趣が違う。知力を試されるようだ。
「お!計算か!俺得意だぜ。なんたって商人目指してるからな。」
「私は苦手ですね。おばあちゃんに簡単な計算を教わったくらいです。」
「私はーまぁまぁー。」
すっかり忘れていたが、ウラガの夢は世界一のお店を出す事だ。当然計算は練習しているのだろう。グラスは期待できそうにない。クルスは、まぁまぁらしいが、どこまでやれるか。
計算は足し算と引き算といったものから、掛け算、割り算を含めた、凄く簡単なものばかりだ。前世の様に、xとかyを使った問題は出てこなし、微分も積分も無い。
さらに紙一枚に書かれている式は、一つだけだ。紙の無駄だと思う。だがそれが机の上に山積みになっているので、結構な量だろう。
俺はとりあえず、近くにある椅子に座ってさっさと計算を開始する。ウラガもクルスも席について、計算に取り掛かる。そしてグラスはというと、戦う係に治まった。
この16室になって、やっとまともな魔獣が出てきたのだ。それはサイクロプス。一つ目の人型の魔獣だ。前世では巨人として有名なサイクロプスだが、この16室では小人だった。
顔の真ん中に大きな目が一つ。手には棍棒。緑色や茶色の皮膚に、腰のあたりに、布を巻いただけの装備だ。身長は1m位である。それが部屋の中に数匹いるのだ。
本来なら俺達全員で相手をするべきなのだが、最初に張りきったグラスが突撃をかまして、呆気なく退治してしまったのだ。
それを見て、俺達はグラスに魔獣退治を任せる事にした。
ちなみに、この部屋では計算ミスによる、やり直しは無かった。ブッブー♪という不正解を告げる音が鳴るだけだ。
おそらくサイクロプスとの戦闘で、紙が破れたりすると、一からやり直しになったかもしれないが、そんな事も無かった。
前世では化学を専攻していた俺は、根っからの理系だ。こんな中学生の計算は朝飯前で、スラスラと解いていく。なにせ、最大でも8ケタの計算だ。面倒なだけで間違える訳が無い。
俺はあっという間に一つの机の上の計算を終えて、次の机へと移動する。
俺は他の二人の状況を確認しようと、チラッと見ると、二人ともまだ半分も終わっていない。ましてや、俺の方を見て驚愕の顔を向けてくる。
「もしかして、終わったのか!?」
「うん。そうだけど?」
「いやいや。早すぎだろ。村一番の速さだった俺でも半分なのに。」
よくわからない自信があったウラガの紙を見てみると、余白部分に、びっしりと数字が書き込まれている。8ケタの計算を、3ケタづつに分割して、さらにそれを、いちいち数えている様な節がある。さらに掛け算や割り算も、一つずつ計算している。
クルスの机を見ても、同様だ。この世界では、あまり計算が発達していないようだ。なんて無駄なんだろう。
「はぁ。よし。これから俺が教えてやる。しっかり覚えろよ。」
まず俺は二人の教育から始める事にした。足し算や引き算の基本から、数式に掛け算や割り算が入った時は、掛け算割り算から始めるといった事まで。さらに、九九の表まで作って渡し、歌まで教えた。
最初二人は、訝しんだ表情で俺の方を見てくる。本当にこんなルールで計算ができるのか?と言いたげだ。
だが九九の表や計算の仕方が正解だと理解すると、二人のテンションはもの凄く上がっていく。
「すげー!本当に正解だ!めちゃくちゃ早い!」
「これは、大発明よー。」
いや。俺としてはなぜここまで計算が発展しなかったのかが謎なくらいだ。ウラガは没落だが貴族だ。きちんと教育される環境にあったはずだ。なのに、貴族でさえ計算方法が伝わっていない。
ちなみに前世の江戸時代では、計算というか、数学が流行っていたそうだ。かなり高度な計算で、高校生以上のレベルの問題が、板に描かれていて、それを庶民は解きあって楽しんだらしい。かなり頭がいい。
「世界が変われば、色々変わるんだなぁ。」
そうしてスピードアップした二人と共に、俺達は部屋にある大量の計算書類を解いていった。
ちなみに、小人のサイクロプスを退治し終わったグラスが、俺のメモを参考に計算しようとした。だがなぜか一向に正解せず、結局は諦めて不貞寝するのだった。
そして2時間ほどかかって、俺達は全ての計算を終了させると、部屋の奥の扉からガチャリと鍵の開く音が聞こえた。ようやく俺達は16室をクリアするのだった。
交渉は相手が良い人のなので、無難に終わりました。
そして、昔の日本人の娯楽に数学があったのは本当です。
かなり高度だったそうです。そろばんと言い、日本人は計算が好きですね。
テル君は二人に勉強を教えていますね。その方が結果的に早くなると判断したのでしょう。この世界の数学事情に、若干呆れています。
次回は、17室以降の話の予定。