ここは、“神の舌”の中だぞ。当たりかもしれない。
【生活魔法】の話と、移動の話。
「オラよっと。」
目の前に現れたケルベロスの三匹の内、二匹は俺が【ステップ】と【スラッシュ】を使って、次々に間に片づけた。
そして残った一匹なのだが、逃げずに立ち向かってくる。三つある顔が涎を撒き散らしながら、ウラガへと噛みつきに行く。
「ハッ!弱え。」
ウラガの【大盾】に激突したケルベロスは、それでも口を大きく開けてガシガシと【大盾】に食らいついて行く。それでもウラガからしてみれば、余裕があるようだ。先日のミノタウロス程ではないらしい。
しばらく【大盾】と格闘していたケルベロスだが、ようやく埒があかないと分かったようで、一度ウラガから距離をとった。ウラガの【大盾】は、ケルベロスの涎でデロデロだ。まじ汚い。
「お。なんかするみたいだな。いいぜ。防いでやらぁ。」
「ウラガ!あんまり余裕かますな。」
「分かってるって。」
本当に分かっているのだろうか?と心配になるが、今はケルベロスの方に集中する。
当のケルベロスは、三つの顔全てが口を閉じて、何かを貯め込んでいる様な素振りを見せる。心なしか、ケルベロスの胸のあたりが、黒っぽい魔法光を放っている気がする。
「来ます!」
とグラスが俺達に声をかけた直後に、ケルベロスの全ての口が開かれて、そこから紫色の煙がモサーっと垂れ流され始めた。そしてそれは意思があるかのように、的確にウラガ達の方へと流れて行く。
「ちょっとは期待したのに、タダの目くらましか?」
確かにウラガの方から見ると、ケルベロスの姿が隠れている様に見えるかもしれない。だがそれを横から見ている俺には、ウラガとは違う結果を導いた。
「ウラガ!この煙、植物を溶かしてる!ってか腐ってる!グラス!【火魔法】の準備!」
「クソ!腐食系かよ。こりゃ拙いな。」
「数秒待って下さい!」
そうなのだ。道に落ちている植物が、ケルベロスの紫の煙に触れると、徐々にだが腐ってきている。だがその速度は本当に遅い。だが確実に物を腐らせる効果があるようなのだ。ウラガの【大盾】は確かに強固だが、こういう腐食系による長時間の攻撃には、めっぽう弱い。
ウラガは【大盾】を逆ドーム型。つまり、ケルベロスの方を包み込む形で、精一杯の大きさで展開している。おかげで、煙はそれ以上広がることなく、【大盾】に拒まれる形で滞留している。
「考えたなウラガ。グラス。準備はいいか!?」
「コクコク。」
「もう観察は終了する。ウラガの合図で盾を消したら、グラスが【火魔法】。俺が最後の止めを刺す。」
「3!2!1!イケ、グラス!」
ウラガのカウントダウンと同時に、グラスが口から【火魔法】である火炎のブレスを吐き出した。ゴオオという轟音と共にその火炎は、直前までウラガによって留め置かれていたケルベロスの煙へと襲いかかる。
ドーーン!
グラスの火炎が煙に衝突した瞬間、盛大な爆発を引き起こした。あの煙は、腐食性だけでなく、可燃性もあったようだ。
爆発による凄まじい衝撃を受けて、俺は道の横にある細い木にまで吹き飛ばされた。普通なら、背中にかなりの衝撃が来るはずなのだが、ユキが【水魔法】で水のクッションを作ってくれたおかげで、俺もユキも無傷だ。
「ウラガ!グラス!無事か!?」
「おう!俺が防いだ!」
「なら、俺は行く!」
周りは爆発に伴う土煙りで何も見えなくなっていたが、馬車があった方向からは、ウラガの元気な返事が聞こえた。ウラガ達が無事だと分かった俺は、【周辺把握】を使って、正確にケルベロスの位置を把握する。
当のケルベロスも、爆風を受けて、かなりの距離を吹き飛ばされたようで、ヨロヨロと立ち上がるところだった。そして、そのままの脚で逃げようとする。
「逃がすか!」
本当は体勢を立て直した方がいいが、ケルベロスの不意の反撃も無いとは言い切れないので、ここで倒すと決める。
俺は土煙りの中を【ステップ】で移動して、“水の一振り”に魔力を注いで攻撃力をあげた状態で【スラッシュ】によって、ケルベロスを文字通り横に真っ二つに切り裂いた。
「ふぅ。ビビッた。ユキ、ありがとうな。」
「キュ。」
どういたしまして。と言わんばかりに、ドヤというポーズをとっている気がする。白い綿状の体では、全く分かないが、何となくそんな気がする。
その後、土煙りが徐々に薄くなってくると、ウラガ達と馬車がパカパカと小気味よい音と共に、俺達の元へとやってきた。
「テル大丈夫だったか?」
「ユキが守ってくれたから、ちょっと火傷したくらいだよ。」
「火傷もあるかも知れないが、身体がドロドロだな。」
ウラガにそう指摘されて初めて自分の恰好を確認すると、ユキの水のクッションのせいで濡れた身体に、大量の土煙りを通ったから、全身に泥が着いてしまっていて、かなり汚くなっていた。
「ちょっと待ってろ。」
ウラガはそう言うと、いつものように【生活魔法】のリフレッシュで俺の汚れを綺麗に落としてくれた。さらに【光魔法】を使って、俺の火傷も治してくれた。
「それにしても、腐食にはビビッたよ。後の爆発は、グラスが直前に叫んだおかげで、盾を張れたから何ともなかったけどよ。」
「あれも【生活魔法】なんでしょうか?」
「たぶんな。料理や飼料作成で使う、“発酵”を利用したんだろう。正に腐らせて来てる。」
「あぁ。だからケルベロスが出てくる前に、袋から野菜を出そうとしてたのか。」
「そうだ。あり得ると思ったんだよ。」
生活に関わる事なら、なんだって表現できそうな【生活魔法】の応用範囲の広さに、俺は少し怖くなってくる。もしこれがダンジョンで再現されら・・・やばい。フラグ立てちゃったかも。
「よ、良し。先へ進もう。」
「?おう。」
俺は変なフラグに気付かなかった振りをして、馬車へと乗り込んで、先を急ぐことにした。
それからの旅は、本当に色々な環境に出会った。
ジャングルを越えた先は、砂漠。砂漠を越えると、地面から噴水の様に大量の水が湧きだす半径500mはありそうな泉。その先は、巨大な谷で渡れそうな狭い場所に行って木で橋をかけた。そして今いるところは、花畑だ。花の蜜を吸おうと、色とりどりの蝶が舞っている。それまでの場所ではミノタウロスやケルベロスがポツポツ出てきたが、この花畑は魔獣がいない。安全エリアというわけだ。
ちなみに、既に魔族の国に入ってから10日が過ぎている。王都までは、まだまだかかりそうだ。
「ほんとうに綺麗。」
「本当にな。」
花のことはよく知らないが、タンポポからシロツメクサ。スズランからバラまで、多種多様な前世で見たそれっぽい花が咲き乱れている。
そんな花畑で俺達は休憩している。グラスに至っては花畑で寝ころんだり、花冠を作って、14歳の少女全開で楽しんでいる。やっぱりいつもは、背伸びをしていたんじゃなかろうか?子供の成長にとって、それはどうなんだろう?
という変なところで父性が出てきた。父性というか、お兄ちゃんな気分だ。だが弟は居ても妹がいなかった俺には、背伸びしているのかも分からない。気のせいかもしれない。
「魔獣が出ないからって、なんか変なこと考え始めてるな。」
うん。考えても答えは出そうにないので、グラスのしたいようにさせよう。ウラガとも良い感じだし。ウラガにも任そう。
ちなみに、花冠はウラガへと渡していた。グラスは満面の笑顔の中に、ちょっと照れている。ウラガも気恥ずかしいようだ。頭をポリポリかいている。
「チッ。仲間だから爆発しろとは言わないが、見えないところでして欲しいもんだ。」
俺はこっちの世界に来てから、女っ毛が全くない。最初から奴隷にされたり、金があっても何かと忙しいのだ。プロのお姉ちゃんにもお願い出来ていない。ごめんよマイサム。
という平和?な時間も終わり、花畑をから先に進もうとした瞬間、御者をしていたグラスが馬車を急停車させた。
「「どうした!?」」
馬車の中にいた俺達は、すぐさま御者のグラスの元へと駆けつける。俺の【周辺把握】では何も見当たらない。
「なんか、このまま進むと大変な気がして。」
「【危険予知】か。」
「どんな感じかわかる?」
「一度しか経験が無いんで、定かではありませんが。・・・」
「いいから。言って。」
「ダンジョンかもしれません。」
「「!」」
俺達はグラスの発言に、心底驚いた。俺達は期せずしてダンジョンへと辿り着いてしまった方だ。
「あ。でも天使様関係かは分かりませんよ!?」
「確かにな。普通のダンジョンかもしれない。」
グラスの言うとおり、俺達が探している天使が捕えられている特別なダンジョンとは限らない。この世界には、いわゆる普通のダンジョンが存在するのだ。今回はそれかもしれない。だが。
「ここは、“神の舌”の中だぞ。当たりかもしれない。」
そう。地図を見る限り俺達は、獣人国と魔族の国の境界である“境界の泉”から西に進んでいる。なので、確実に“神の舌”を通っているのだ。
答えの出ない俺達は、とりあえず花畑を引き返す。これから進むにも、別の道を今から探すにも、時間が中途半端なのだ。あと3時間もすれば日が暮れる。なので俺達は、安全な花畑で一夜を過ごす事にする。
これから作戦会議だ。
もうすぐ。もうすぐ奴が!!
などとフラグを立てときます。
テル君は【生活魔法】の怖さが分かってますね。多種多様の怖さを。
作者的にも、どうしようか怖いです。まったく考えてないので。本当にその場その場で考えている作品なのです。よく続いているなぁ。
次回は、ダンジョンの話の予定。