つまり泉のものは持ちだせないって事ですか!?
移動と、境界の話。
「フハハハ!!まるでゴミの様だ。ハハハハハ!」
「・・・テルさん、なんだかご機嫌で敵を倒してますね。」
「あいつは時々ああなるんだ。ほっといてやってくれ。」
俺は【周辺把握】でいち早く魔獣を見つけて、【土魔法】や【水魔法】、さらに【ダブル魔法】を使って魔獣を撃退していく。土の天使から貰った【土神の加護】のおかげで、【土魔法】の消費魔力は格段に減ったし、よりパワーを出せるようになっている。そして【水魔法】は雪が大量にあるので、こちらも環境が影響してパワーアップしている。
だから、道すがら出てくるような魔獣共は、魔法で作ったナイフで一撃なのだ。某アニメの悪役のセルフを口に出す程、あっさりと倒せてしまう。別に、二人のラブラブに対する憂さ晴らしとかじゃない。ゼッタイ違うんだからね。
獣人の国から、魔族の国へ行くのに、魔獣は殆ど障害にならなかった。だが面倒なのは雪だった。王都から出発して2日目、目の前が見えなくなるほども豪雪で、一日中、道中にある休憩スペースで過ごす羽目になってしまったのだ。
そんな豪雪の翌日。周りは高さ2m程も雪が積もっていた。もちろん俺達の周りは、“火の魔法結晶”とその効果を高める“火鉢”のおかげで、馬子含めて暖かかったので、雪は積もっていない。
「凄い量だな。これ進めるのか?」
「一年に数回、こういうドカ雪があるんですよ。殆どの人は、水の魔法結晶を使って、道を開いて行きます。火の魔法結晶は暖房用なので使いません。」
「俺達はどうする?俺とシズクが魔法使おうか?テルの魔法は、使い勝手悪いだろ?」
「グッ。分かった。かわりに魔獣は接近される前に、俺が倒すよ。」
そう話し合って、いざ御者台にウラガとグラスが座って前を見ると、さっきまであった雪がごっそりと消えていたのだ。
俺達の頭は?マークで一杯になるが、すぐに犯人が分かった。ユキが身体に吸収しているのだ。水と火の上位、氷の精霊であるユキは、その身体に大量の水を保管できる。物理法則も真っ青な、不思議な身体なのだ。
しかも氷の精霊なので、雪は大好物?なようで、「キュ♪キュ♪キュー♪」などと、鼻歌を歌いながら雪で遊んでいる。
「あー。ウラガ。ユキに任してくれるか?」
「そうだな。ここでの適任者は、完全にユキだもんな。」
ということで、道に溜まった大量の雪を、ユキが身体に吸収する事で、雪自体の障害は無くなった。だが雪の被害はそれ以外にもあったのだ。
それまで順調だった馬車がいきなり進まなくなったのだ。
「ブルルン!」
と馬子が踏ん張っているが、ようやら溶けた雪でぬかるんだ地面に、馬車が完全に嵌ったようなのだ。
「あちゃー。どうしよう?」
「俺の田舎だと、車輪に板を構えて、大人たちが馬車を後ろから押してたな。」
「獣人族でも同じですね。」
「うーん。でも板は馬車の修復用の良いやつしか持ってきてないからなぁ。」
変なところで貧乏症が出てしまい、他に方法が無いのかと考えてしまう。だった、ここを越えたとしても、またぬかるみに嵌ったらどうするんだ?板が割れるかもしれないじゃないか。
「ユキ。水分だけ抜きとれるか?」
「キュッキュー♪」
自分の得意な分野なので、未だに上機嫌のユキは、馬車の車輪の近くにある土から水分だけを抜き取って、あっという間に土を乾燥させる。だが、乾燥させた瞬間から、周りから雪が溶けた水が押し寄せてくるのだ。
「キュ!キューー!!」
「あ。ユキ無理しなくていいんだぞ?」
ユキは次々に押し寄せる水をどうにかしようと、広範囲の水分を吸収していく。だが集めるために魔力を使っているようで、少し辛そうになってきていた。
「あの。私のダイチがやってみても良いですか?」
「あぁ!ダイチなら、なんとか出来るかもね。お願いするよ。」
「お願いダイチ。」
「ガッガ!」
今までグラスの胸の中にいた、土の召喚獣であるダイチが、茶色い魔力に包まれながら、俺達の目の前に現れた。相変わらずの小さなモノリスである。だが彼の力は俺達の予想を越えて、活躍する。
まず後方へと飛んで行ったダイチは、地面に触ると、その土や岩を身体に纏わせて、みるみる馬子と同じ大きさの馬へと姿を変えた。周りの地面から減った土の量から、その見ため以上の土が圧縮されている事は明白だった。
「ガッガー。」
そして馬車の横へと、パカパカと歩いてきたダイチは、自分の身体から乾燥した大量の土を車輪の周りに敷き詰めた。それの周りを薄い岩で囲っているので、水分の新たな浸食を防いでいる。
さらに馬車の前方、馬子の隣までやってきた、馬に変形している大地は、グラスに向けて何かを訴えてくる。
「ガ!ガッガ!」
「ダイチも馬車を引いてみたいそうです。いいですか?」
「お!面白そうだな。確か俺の“魔法の袋”の中に、予備の手綱が・・・あった!」
「ウラガさん、有難うございます。ではさっそく。」
そう言って、馬子と並走する形で、ダイチ(馬バージョン)と馬車を連結させる。
元々は、馬二頭で引くタイプなのだが、馬子の並はずれた馬力と、積む物がほとんど無かったので、今まで何の問題も生じていなかったのだ。さらに“魔法の袋”が二つになったおかげで、正直馬車の重さは、馬車と俺達人間分しかない。
だが元々二頭引きだったので、見た目はしっくりくる。そして肝心の相棒となる馬子は、ダイチ(馬バーション)にメロメロだ。おそらくタイプなのだろう。尻尾が先程からブンブン振られている。だがそこは乙女なのだろう、積極的なアプローチはしていかない。怪力の牝馬なので、乙女かは知らないが。
ということで、乾燥した大量の土と、ダイチが加わった引きにより、無事にぬかるみから脱出できた。ユキはなんだか面白くないようで、俺の頭の上で、ポフポフ上下運動している。これはこれでカワイイ。
その後も、ユキが目の前の雪を消し去り、ダイチが自分の身体を覆っている土を薄く広げる事で“なんちゃって乾燥した道”を作り出す。しかもダイチは、器用に前足で新しい土を補充しながら、後ろ脚で土を広げている。もちろん、馬子の方へも器用に先回りする形で、乾燥した土を敷いている。そんなダイチの気遣いに、馬子はさらに惚れたようだ。今では尻尾が千切れそうなほど振られて、鼻息も荒い。イケメンなダイチである。モノリスだが。
そんなこんなで、二週間はあっという間に過ぎ去った。
俺達は、とうとう獣人国と魔族の境界へとやってきた。この星では、国と国の間は“境界の○○”という、どこにも属さない変わった環境の地域になっている。そして観光名所として、街が築かれているのだ。
そして、獣人国と魔族国との境は、“境界の泉”である。事前に聞いていた話では、大小様々な泉が無数に湧いているらしい。
俺達の馬車は、雪深い獣人国を越えて、やっとのこと“境界の泉”へとやってきた。それまで2mはある雪のかべが続いていた道が、ある境界線を跨いだ瞬間から、消え去ってしまう。本当に見えない壁があるかの様に、全く別の自然環境がそこにはあった。
目の前に広がるのは、色とりどり、大小様々、そして湧いてくるものも様々な泉だった。そしてその泉と泉の間の地面を、俺達の馬車は進んでいく。しかも地面と言っても、草が生えていたかと思えば、砂場になったり、ぬかるんだり、凍っていたり、毒々しい色だったりする。
「ほぁー。こりゃすごいな。あ!あそこ見てみろよ!野菜が湧いてるぞ!」
「こっちは金属でしょうか?銀色のきらきらしたのが湧いてきてます!」
そう。泉と言われているが、湧く物は本当に何だっていいようだ。俺が見た中で印象的だったのが、鳥の卵のような物が湧いたり、砂金が湧いたり、数種類の骨が湧いているところもある。だがそこは泉なので、水も一緒に湧いている。そこは安心してほしい。なにが安心かは知らないが。
もちろん定番の石油だったり、毒だったりも湧いている。
そんな摩訶不思議な“境界の泉”の中央。人気は巨大な泉を囲うように、街が形成されている。街と言っても、泉を壊さないように、高床式の様にして、全ての建物が浮いているのだ。イタリアのヴェネチアは、街の下に大量の杭があるらしいが、それが見えている状態だ。
「とりあえず、入場と宿屋だな。」
と言う事で、俺達は街の入場門へとやってきた。そこで身分証明書として冒険者カードと、入場料の銀貨5枚を支払った。人間三人と、馬車一台、馬一頭で、銀貨5枚だ。もちろんダイチは馬バージョンを終了して、グラスの背もたれへと変形している。馬子はもの凄くガッカリしていた。
「ようこそ、“境界の泉”へ。」
そう俺達を迎えてくれたのは、鬼だった。身体は赤く、身長は2.5m以上。一本の大きな角が生えている。魔族か、獣人族か、判断に迷うところだ。見た目はもの凄く怖いが、実は良い人かもしれない。声が優しそうだ。
「ここへは初めてなんですが、お勧めの宿などありますか?」
「初めてですか。宿はここから左の道に進んだ先に、緑の屋根のところがお勧めです。それと、大切な話があります。」
「大切な話ですか。」
「はい。ここの泉で取れたものは、この“境界の泉”内部でしか使えません。外部に持ち出した瞬間に、消えてなくなります。ご注意ください。」
「えぇ!!!つまり泉のものは持ちだせないって事ですか!?」
赤鬼さんは、大きく頷いて俺の言葉を肯定する。俺は一財産稼ごうと、金塊をたくさん“魔法の袋”に入れていたのに。だから他の人からの視線が生温かかったのだろう。クスクスとも笑われていた。正直、もっと早く教えてほしかった。入口とかに書いてて欲しいレベルで。
それから俺達は宿へと出向いて、数日間、泊まる料金を払って四人部屋を三人で使う。今日はもう遅いので、翌日からの観光を心待ちにして、俺達は早々に眠るのだった。
モノリスのダイチ君は、イケメンですね。男かも不明ですが。
そして、新しい境界の泉へやってきました。温泉位は、入って欲しいなぁ。
テル君は、赤っ恥をかいているようです。お金には困ってないはずなのに。
次回は、境界の泉の話の予定。