料理長と、とあるメイドの日誌より。
閑話のような物が続いてます。
書くのを忘れて分で、何となく書かなきゃ。と思って書きました。
「料理長さん。厨房貸してもらえませんか?」
「・・・へ?」
おっと、俺とした事が間抜けな返答をしちまったぜ。それにしても、いきなり何言ってんだこの人族の坊主は?と俺の眉間の皺が深く刻まれていく。そんな俺の顔を見た若い衆達がオロオロして、怯えながらも俺に知らせてくる。別に俺は、怒っている訳ではないのだが。よく誤解されるんだよなぁ。
「料理長。彼がダンジョンを攻略して冒険者ですよ。昨日から王の客人として、王宮にいるそうです。」
「ふーん。」
ビクビクしながら俺に教えてきた若い衆の顔から、件のお客人へと顔を向ける。身長は180cmくらいありそうで、なかなかの筋肉が付いているが、見た目は若そうだ。こんなチンチクリンな若造がねぇ。
確かに王の臭いがするが・・・なんだか不思議な旨そうな臭いがするやつだ。俺の象族としての鼻は誤魔化せねえぞ。冒険者かなんだか知らないが、こいつ、かなり料理ができやがる。久しぶりに俺の興味が、料理以外に向きそうだ。
「お客人なら、頼みは断れねえな。だが、ここは俺達の戦場だ。入るにはそれ相応のモノを作れるんだろうな?」
「ちょっ!!料理長!失礼っすよ!」
「うるせー!・・・で、どうなんだよ、お客人。」
「ええ。構いませんよ。皆さんの分もお作りしましょう。」
よし。そこまで料理に興味の無い人族が、どんなものを作るのか、この俺が見届けてやる。
「ところで何作るんだ?」
「お好み焼きという料理です。簡単なので、直ぐできますよ。」
「聞いたことねえなぁ。人族の料理か?」
「えぇ。俺の田舎の料理でして。」
その後も俺が色々と話しかけるが、律儀に全部返答してきやがる。さらに話ながらも料理の手は緩まねえで、あっという間にその“おこのみやき”というやつが完成した。上に乗っている普通のソース以外の、白いソースから先ほどの旨そうな臭いがする。
「見た目と臭いは旨そうだ。キャベツの甘い臭いと、豚の香ばしい臭いもいい。そんじゃぁ一口。・・・旨い!」
「お口に合ったようで、嬉しいです。」
「お、俺にも一口!」
「俺にも下さい!」
「はい。どんどん焼きますね。」
若い衆の要望に応えるように、お客人はどんどん“おこのみやき”を焼いて行く。俺は皿に残された分を、もう一口食べてみる。
加熱したキャベツは歯ごたえを若干残しながらも、とろけるように柔らかい。そのキャベツに染み込むような豚の旨味移っている。表面がカリっと焼かれた薄い豚肉の歯応えと、焼かれた香りがとてもいい。それに、ふんわりとした生地がボリュームを維持しながらも、全体を纏めている。おそらく生地にも少し味が付いているのだろう。
そして何より、この白いソースが絶品だ。普通のソースだけでも旨いが、この白いソースがある事で、風味や濃厚さに変化が生まれているし、ただ単純に旨い。
「この白いソース。こりゃなんだ?」
「これは“マヨネーズ”と言います。卵とお酢をメインに、簡単に作れますよ。ひたすら混ぜるので、ちょっと疲れますが。」
「たったそれだけで、この旨味が・・・」
正直、人族の作る物などと思っていた。だがこの客人の作る料理は、俺の想像以上だ。いや獣人の料理にも引けをとらないだろう。というか、このマヨネーズは絶対売れる!
「お客人、無理を承知で聞くが、このマヨネーズの作り方を教えてくれねえか?」
「いいですよ。別に秘密にする事も無いですし。」
本当かよ。王宮のレシピとして厳重に秘密にしてもよさそうなくらい旨いのに、そんなホイホイ教えられるのか。じゃあ、さらにちょっと頼んでみるか。
「お客人。もしよかったら、泊まってる間に色々料理を教えてくれねえか?」
俺のそんな頼み横で聞いていた若い衆だけでなく、古参の奴らまで驚いた顔をしている。「料理長が人に料理を教わる頼みをするなんて。」「いつも、見て盗めとか言ってるのに。」「あのプライドの塊が。」などと、訳のわからん事を言っている。俺は料理にだったら簡単に頭を下げられるのになぁ。変なイメージが付いたもんだ。
「料理ですか?もちろんいいですよ。そのかわり、俺の手伝いをお願いしてもいいですか?屋台を出す事になったんで、人手が欲しかったんです。」
「そんな事でいいなら、喜んで手伝おう。ついでに若い衆も付けてやる。」
「ありがとうございます。あと、獣人国の料理も教えて下さいね。」
「任せろ。おふくろの味から、最新作まで教えてやる。」
それからの約1週間は、本当に楽しかった。マヨネーズを始め、“揚げ物”という大量の油で加熱する方法や、肉を細かく切った料理。魚を塩で包んだ料理から、生で食べる物。“蒸す”という方法から、それを使った“茶碗蒸し”まで。さらには、“燻製”という煙を使った保存食まで。俺の料理の世界は、格段に広がった。
俺は途中から客人の事を、料理の神様か何かだと錯覚するほどだ。それだけ衝撃的だった。そして俺は客人と一つの約束をする事になった。それは、“この料理を国中、可能なら世界中に広めること”だ。これだけの新料理だったら、一品だけで一財産、儲ける事もできるはずだが、それを無償で世界に広めろと言うのだ。
俺はその男気に心底惚れたね。だから、これからは王宮の料理以外にも、料理街道で順番に振る舞う事にした。もちろん実演も兼ねて、皆に教える予定だ。さらに、他国との会議などの際に、他の国の料理人にも教えてやろう。きっと驚くはずだ。
こうして俺の新しい料理人人生がスタートする、忘れられない出会いとなった。
私は、王宮でメイドをしています。王宮に召し上げてもらって、早10年。今では、中堅どころのメイドです。
「あ。お客人の足音が聞こえる。迎えに行かなきゃ。」
猫族である私は、その聴覚を活かしてお客人が帰ってくるのを、一足早く知ることができるのです。遠くまで聞こえる事と、聞き分けられるのが、ちょっとした自慢なのです。
「お帰りなさいませ。」
「只今戻りました。あの。急なのですが、厨房に案内してもらえますか?厨房を借りたいんです。」
「畏まりました。こちらへどうぞ。」
えー。人族の方が厨房に入るのですか?あの象族の料理長、怖いんですよねぇ。トラブルになったらどうしよう。先輩に助けをお願いしようかなぁ。別にメイド長から、専属が決められてる訳じゃないなぁ。あ。もう着いちゃった。
「こちらが厨房になります。料理長。お客様をお連れしました。」
「ありがとうございます。」
「では、何かありましたら、また声をおかけ下さい。」
「よろしくお願いします。」
私は厨房から離れて、王宮の掃除へと戻る事にした。だがどうしても、厨房での成り行きが気になってしまうので、聴覚をフルに使って盗み聞きをする。本当は、はしたないし、秘密の多い王宮ではダメなんだけどね。どうしても気になるのよ。それにバレなきゃいいのよ。
「・・・嘘。料理長と意気投合しちゃった。」
あんなに怖そうな人なのに、あっさりと受け入れられるなんて。さすがダンジョン攻略者といったところかしら?・・・関係ないか。
でも“おこのみやき”に“まよねーず”か。いったいどんなのだろう?とても興味を魅かれる内容だけど、ここは聞かなかった事にしないと拙い事になる。特にメイド長にバレると、どんなお叱りを受けるか、考えただけで尻尾が脚の間に来ちゃう。
そして2日後。私はメイド長に呼ばれてしまいました。もしかして盗み聞きがバレたんじゃ?うぅ。行きたくないよぉ。逃げたいよぅ。だがそうもいかず、私はメイド長の部屋までやってきました。意を決して、コンコンとノックをします。
「お呼びでしょうか?」
「とりあえず入って。」
「はい。」
うぅ。緊張で吐きそうにゃ。
「お客人の事は知ってるわよね。」
「もちろんです。先日、厨房までお連れしました。」
「そのお客人も、あなたの事を覚えていたようです。そして、あなたの手を貸して欲しいと仰っています。ですのでこれから約5日間は、お客様と一緒に、食事街道で屋台をやってもらいます。」
「・・・へ?」
私は間抜けな返答しかする事ができませんでした。その返答にメイド長が、一瞬眉を歪ませたのを私は見落としませんでした。すぐさま返答します。
「畏まりました。一つ伺ってもよろしいですか?」
「なんですか?」
「なぜ私なのでしょう?他にも接したメイドはいたはずなのに。」
「厨房へお連れした時、あなた、誰よりも早く迎えに来たそうね。いえ。正しくは、迎えに“動いた”と仰っていましたね。それを見込んでだそうです。」
「!!」
「見かけは優しそうですが、さすがはダンジョン攻略者と言う事です。失礼の内容に。」
「肝に銘じて、お客人の命に従います。」
私はメイド長の言葉に、心底驚いた。つまりお客人は、私が動いた瞬間から気付いていたという事になる。どう考えても、高位のスキルを使っているとしか思えない。しかも普段から使用しているなんて、タダものではないわ。私はお客人に対する警戒心が、一気に上昇した。もしかしたら私の独り言さえも、把握しているかもしれない。これからは気が抜けなくなるわぁ。
そして次の日から私は、お客人と共に屋台を出す事になった。事前に“おこのみやき”の作り方を聞いたのだが、その時、「あなたは耳がとてもいいみたいですね。なら中まで火が通っているか判るかもしれませんよね?だからお願いしたんです。」とニコニコしながら言われた。
たしかに途中から音が変わるから、タイミングは分かるけど、それだけの事で私を選んだの!?警戒して損したわ。と思ったが、後々彼の判断が正しかった事に気が付いた。
それは“おこのみやき”の売れ行きが、凄まじく良く、どんどん焼かないと間に合わないのだ。屋台の鉄板の上には、所狭しと焼かれているが、焼き上がった途端にどんどん売れて行く。なるほど。これなら普通の獣人なら、接客や他に気をとられて、何枚か焦がしてしまったり、生焼けで提供する事になりかねない。その点私の聴力を持ってすれば、それを防げる。正直、恐れ入りました。その先見性というか、人を見る目はかなり良いようです。
それからの5日間は怒涛の連続でした。午前と昼は屋台。夜は仕込みと、新料理の味見と、私の故郷の料理の提供。とてもハードでしたけど、とても充実した日々であり、なによりお客人の料理は、どれもが美味しかった!
あんな多彩な料理は、今後獣人料理を飛躍的に向上させるでしょう。それほどに価値のあるものでした。その時代の転換期に私が当事者として立ち会えたのです。たぶん、一生自慢出来る事になるはずです。フフフ。お母さんに、さっそく手紙を書かなくちゃ。
料理長さんとメイドさんの閑話でした。
料理が重要視される国において、どこまで発展しているのかがポイントですが、適当に割り切っちゃいました。ま、いっか。
テル君は、料理史に一石を投じましたね。本人の自覚はありませんが。
次回は、買い物と調べ物の話の予定。