短い間でしたが、屋台に来て下さり、有難うございました!
屋台編です。
「「おはようございますー」」
宿のアザラシの少女に連れられて、俺は貸し屋台を営む倉庫の様な巨大な建物へとやってきた。横に引いて開ける、これまた巨大な扉を押しあけながら、俺と少女は朝の挨拶をする。
「誰じゃい。」
と倉庫の奥の方から声が投げかけられるが、未だに姿が見えない。声色から察するに、若干不機嫌かもしれない。俺は会うのが少しばかり億劫になってきた。
「おじちゃーーん!お客さん連れてきた―。」
「今手が離せん。こっち来い。」
アザラシの少女がそう言うと、急におじさんの声色が優しくなった。言い方はぶっきら棒だが、険呑さは消えていた。よくいる孫にはデレる頑固おやじかもしれない。
俺は少女に連れられて、倉庫の奥の方へと進んでいった。中も相当広く、左には大小2種類だが、色々とカスタマイズされた様々な屋台が並んでいる。そして右手には、それを修理するであろう作業台や、ちょっとした鍛冶ができるスペースまで作られている。
しかも意外な事に、建物の中は明るかった。天井の高い位置に光を取り入れるためと、換気用の窓が数か所に開いているおかげで、倉庫全体が明るくなっている。しかしそのせいで小屋の中は寒く、凍えそうなほど底冷えしている。
俺達が倉庫の奥へと辿り着くと、そこではトカゲ族のおじさんが屋台の磨いていた。この寒い中、水を使って丁寧に屋台の鉄板や燃料入れ、台座なのど隅々まで拭いている。
「おはよう譲ちゃん。で、こっちが客か。」
「そうなの!屋台をやってみたいんだって!」
「ふーーん。まぁ、俺を満足させられたら、貸してやらん事もねぇな。」
「もー!またそう言う事言うー。だからお客が増えないんだよー。」
「いいんだよ。俺の屋台で不味い飯なんか出されるより、よっぽどマシだ。」
俺は二人の会話をニコニコしながら聞いていた。だが内心では「キター!!俺を満足させないと、次へは進めないぜってイベントー!!」などと、喚起していた。Web小説や漫画では良く見かけるシチュエーションだが、現実世界ではそうそうお目にかかれない、幻のイベントだ。こんなところで体験できるなんて、思ってもみなかったぞ!
「あんちゃん。名前は?」
「テルです。テル・キサラギ。」
「俺はバンカレッラ。バンでいい。」
「あ!!あたしはね、フォーカっていうの!」
右手を大きくあげて、ピョンピョンと自己主張してくる青いアザラシ事、フォーカちゃん。とってもかわいい。そしてバンカレッラさんは、全身を覆う赤い鱗と逞しい筋肉、そして太い尻尾が印象的な、トカゲのおじさんだ。
「聞いてたと思うが、俺に飯を作ってみろ。俺が満足出来れば、屋台を貸してやる。」
「分かりました。ところで、今食べたい食材ってありますか?それに合わせて作りたいと思います。」
「ハハ。自信のある料理じゃなくて、俺の好みに合わせるってか?良い心がけだぜ。じゃあ、豚が良いな。少し腹も減ってきたし、腹に溜まるもんで、味はソースだ。」
「分かりました。では厨房をお借りします。」
偶然なのか、俺が屋台で作りたかった料理と見事に合致した。食材も買ってあるので、そのまま倉庫にあるミニ厨房を借りて、チャチャッと完成させた。
「これは、俺の故郷でよく食べられてる、関西風お好み焼きです。そしてこちらが、広島風お好み焼きです。」
「わぁぁ!ソースの良い臭い!それにこの白いやつも、とってもいい臭い!」
「ふん。臭いは合格だな。」
ソースとマヨネーズが鉄板の上で焦げる臭いは、とりあえず二人に好印象の様だ。次は、メインの味のチェックだ。
「ん!これってキャベツを焼いてるんだね!上に乗ってる分厚いお肉の味が、キャベツにも染み込んでる!」
「繋ぎは・・・小麦粉か?それにしちゃあフワフワだな。」
「クレープの様な生地に、山芋や炭酸を加えて粘り気とフワフワ感を出してます。」
「こっちの“ひろしまふう”?は、ソバが乗ってるんだな。」
「そうですね。こちらは生地が薄い分、ソバが入っていて味の変化が楽しめます。」
「どっちも腹に溜まる上に、ヘルシーだな。味がソースでこってりなのに、幾らでも食べれそうだ。」
「どっちも美味しいね!でも、凄く高そう。この“まよねーず”っていうのも、見たことないし。」
「そんなに高くないよ。メインはキャベツとお肉だし、そのお肉も今年はたくさんあるんだろ?マヨネーズの原料は卵とお酢だし、時間と手間がかかるのがネックだけど、高くはならないよ。」
「これ一枚で、原価はいくらだ。」
「そうですねー。銅貨1枚も行かないんじゃないですか?」
「安――い!!!」
銅貨1枚とは、前世だと100円くらいだ。お肉は格安で手に入ったし、キャベツっぽいものも、大量に売られていた。若干卵とお酢が高級だが、使う量が少量でいい。ソースはブームなので大量に売られているし、俺好みにするために加えケチャップと砂糖も少量で言いたので、原価は抑えられるのだ。(本当は砂糖より味醂がよかったなぁ。)
「それで、俺の料理は合格ですか?」
「うむ。合格じゃ!今の胸やけするような料理達に、新しい風が吹くかもしれんな!」
「そうだね!次のブームは、焼いたお野菜になるかもね!」
俺の料理は、二人にとって高評価という結果になったようだ。お世辞だろうが、そんな風に言われると満更でもなく、次のブームの火付け役になりたくなってきた。
俺はその後、少し大きめの鉄板が付いた、大きいサイズの屋台をレンタルした。一日のレンタル料が銅貨10枚。燃料費として使用する火の魔法結晶は別料金。されに、大きいサイズの屋台を出店するための場所台が、こちらも一日銅貨10枚。
「原価が銅貨1枚だとすると、お好み焼きを銅貨2枚で売ったら最低30枚は要りそうだなぁ。しかも初日から売れるとは思えないし。」
「ちょっとくらいなら、金貸しもやってるぞ?」
「大丈夫です。お金には困ってませんから。」
「そりゃぁ景気が良いこって。羨ましいぜw」
最初に出会ったころは、かなり怖い印象だったトカゲ族のバンさんも、俺を気に行ったのか、今では笑顔を向けている。だが元々の顔が怖いので、笑った顔も凶悪だ。逆に笑顔の方が怖いくらいだ。
「どれくらいの期間するつもりなんだ?」
「そうですねぇ。長くても1週間ですかね。本来は冒険者なので。」
「ほう!あれだけの腕があって、料理人じゃないのか!?スゲーなテル。」
そう言いながら、背中をバシバシと叩かれる。こっちの世界に来てマッチョな身体になった俺でも、すこし痛みを感じる程の力が入っている。おそらく、普通の人なら咳き込むかもしれないぞ?
「久々に楽しい時間を過ごせたし、お好み焼きの例だ。料理を包む綺麗な葉っぱを、タダで付けてやるよ。」
「ありがとうございます。」
「あたしは、宿のお客さんとか、お友達に宣伝してあげる!」
「フォーカちゃんもありがとう。」
俺は素直に、バンさんとフォーカちゃんの好意を受け取った。これで屋台の手はずは全て整った。
その後、バンさんの倉庫から王宮へと戻った俺は、明日からの屋台の出店に備えて、野菜や種、ソースやマヨネーズの準備を始めるのだった。
ちなみに、王宮での夕食で顔を合わせたウラガとグラスは、顔がボコボコになって、かなり腫れていた。【光魔法】で治さないのか?と聞いたが、痛みを知るためだから、【光魔法】の治癒はいらないのだそうだ。俺はあまりの事に、それ以上深く聞く事はしなかった。聞いてはいけないような気がする。
そして俺は翌日からお好み焼き屋を開始した。結論から言うと、一日目から大繁盛だった。フォーカちゃんの宣伝のおかげで集まった最初の子供達に、無料で料理を振る舞ったおかげで、それを食べながら歩いた子供を見かけて、はじめてみる料理と美味しい臭いに、興味をそそられた大勢の大人が詰めかけたのだ。
価格も銅貨2枚という破格なので、飛ぶように売れいき、準備した200食は午前中に、あっという間に消え去ってしまった。その後、王宮で料理長さんにも手伝ってもらい、急いで追加分200食を作ったが、それも3時間程で売り切ってしまった。
事前に焼いておいて、屋台では最後の加熱だけにしておいたおかげで、そんなに人を待たせる事も無く捌く事ができた。自薦準備の賜物であると、つくづく思った。
そして、俺がお好み焼きを売った1週間は、ずっと大繁盛だった。二日目から既に長蛇の列が出来て、3日目からはメイドさんを連れて、屋台を2台に増やして対応するようになった。それでも一人500食を売るのが限界であった。
「これで最後です!短い間でしたが、屋台に来て下さり、有難うございました!」
途中イザコザもあったが、最終日の最後には、お客から盛大な拍手が沸き起こった。俺はやり切った思いを胸に、屋台をトカゲ族のバンに返却した。俺はバンさんと、フォーカちゃんに御礼にと、関西風と広島風、両方のお好み焼きを提供して、ささやかながら祝勝会を開いた。もちろん途中から参加してもらったメイドさんも参加している。
その後、フォーカちゃんが予想した通り、野菜を加熱した料理がブームになったとかなんとか。さらに俺は、突風の様に変革をもたらしたと言う事で、突風の料理人という、訳のわからない二つ名でもって、しばらくの間、王都では話題に上る人物になったとかなんとか。
そして俺達は次のダンジョンへと旅立つのであった。
正解は、お好み焼きでした!本当はタコ焼きと悩んだんですが、提供できるスピードを考えると、お好み焼きになりました。
テル君は、商売っ気があまりないようですね。一枚当たりの利益が銅貨1まいなんてね。商売舐めてますね。
次回は、ウラガとグラスの修行の話の予定。