午前中は、筋肉痛で潰れるな。
地下32階の話です。
ちょっと短め。
32階はの目的地は、斜め上だった。【地形把握】で確認すると、その角度は、およそ45度くらいありそうである。距離的には、直線で4kmと言ったところだ。
「45度の角度で、掘り進めるぞ。」
「45度って、もう坂道ってか階段作るった方が良いだろ。」
「そうですよ。幸い、私たちは剣でブロック状に切り崩しているんです。その方が楽ですよ。」
一般的な坂道だと、人はたった1度の坂道でも感知できるらしい。そして一般的に歩く際、手を使わずに登れる坂道の限界が、40度だと言われている。なので、下手に坂道を作ってしまうと、俺達の身体への負担は跳ね上がるだろう。もう45度なんて、階段以外ではどうしようもない。
と言う事で、俺達は再び地面を掘って掘って掘りまくった。さすがに慣れたもので、土を圧縮して空間を作るスピードも、切った後に後ろへ放り投げるスピードも、格段に早くなっている。
「お?」
掘り始めてから500m程進んだところで、土を圧縮していたウラガから声が上がった。
「どうした?何かトラブルか?」
「あぁ。ちょっと大きな岩にぶつかったようだ。土を圧縮出来ない。」
ウラガがそう言うので、俺は【空間把握】を使って確かめる。【空間把握】は、感知できる距離は短いが、範囲内ならば形や個数から材質まで、はっきりくっきり分かるのだ。
そしてウラガが言うように、左前方に巨大な岩が埋まっている。今まで土を圧縮してきたが、岩を圧縮するのは、なかなか難しいのだ。それこそ大量の魔力が必要になる。
「うーん。迂回する程でもないしな。とりあえずこのまま、掘れるところを掘ってみようか。」
「りょーかい。」
そういって、ウラガは岩を残して、長方形型に奥の土を圧縮してくられた。俺はいつものように四角く“水の一振り”で、地面を賽の目状に切って行く。途中で岩にも接触したが、無視して切り刻んだ。
案の定、圧縮した土まではブロック状に土をとりだるが、岩は奥が繋がったままんダので、切れ込みが入っているだけだ。
「うーん。結構分厚かったな。しょうがない。横からも切るか。」
本当は、このまま無視して進みたかったのだが、それだと頭を打ちそうだし、何より今後、こういう事が起こった時の対処を考えるためには必要な実験だ。俺はくり抜いた土の横から“水の一振り”を刺し込んで、岩が取り出せるように分断する。
すると、岩が音も無く滑り始めて、階下へと崩れ出したのだ。しかも運悪くそこにはグラスが立っており、グラスへ向かって大量の岩が襲いかかった。
「キャ!」
とグラスが短い悲鳴を上げるが、身体が強張ってしまったようで、動く事ができない。俺もグラスを助けるために、転移用の土ナイフをグラスへ投げつけるが、間に合いそうにない。俺も、グラスが怪我をしてしまうと諦めかけたその時、ブワッっと【大盾】が展開されて、岩を包み込むように押し留めた。
俺がウラガの方へ眼をやると、俺の階段下に居たウラガが、懸命に【大盾】で岩を支えてくれていたのだ。その顔色は、「間に合ったぜ」という、安堵したような安らかな顔だ。
「グラス。そのまま動くな。」
位置的には、最上段の右に俺。左に岩。俺の階下にウラガ。岩の階下にグラスである。この狭い空間に置いて、ウラガの方へ移動しても、安全に岩を退かせるとは考えられない。
なので、俺はグラスへと土ナイフを投げ渡した。そして、もう一本を俺の足元へ。グラスが土ナイフをキャッチした瞬間に、ナイフとナイフの場所を【空間魔法】を使って交換する。もちろんナイフに触れていたグラスも一緒に転移してきた。
階段の最上段はもうギュウギュウになっている。俺はウラガに視線を向けると、ウラガもこちらを向いていたので、お互い頷き合った。
ウラガは【大盾】を器用に動かして、自分達へは被害が出ないような軌道で、崩れた岩を階下へと誘導してくれた。これでとりあえずだが、危機は去った。
「ふぅ。悪かったなグラス。完全に俺の不注意だ。」
「いえ。大丈夫です。私の立ち位置も悪かったですし。」
「そんな事は無いよ。怪我が無くて何よりだ。そしてウラガ。本当に有難う。さすがウラガだ。」
「へへ。いつでも盾を出せるように準備しとくのが、一流の盾役だからな。でも、今度からは気を付けてくれよ。」
「もちろんだ。次は慎重に行くよ。」
今回、こんな被害が出た原因は、俺が階下から岩に切れ込みを入れていた事だ。なので、横から見た時には、下に向かって切られている事になる。そんな状態に、横から剣を刺し込んで切り離したら、そのまま滑り落ちるだろう。
“水の一振り”の切れ味が良すぎたために、摩擦による抵抗も無く滑り落ちたのだ。今までの土なら、切った後でも摩擦力によって、崩れる事が無かったので、そこまで気が回らなかった。
それからは、岩が出てきた時は最新の注意を払って、岩が階段の奥へ行くように、横から切り刻む事にした。
そんなハプニングもありながら、俺達は順調に32階を進んでいく。大量に湧く蟻の魔獣も、ウラガが【大盾】で安全地帯を設け、俺とユキが凍らせる事で、難なく退治できている。
それから他には大きなトラブルも、新種の魔獣が出る事も無かった。なので、休憩を入れながら4時間かけて、俺達は32階をクリアした。
33階への階段に辿り着いた俺達は、文字通り身体が動かなくなっていた。丸一日、休憩を挟んだとは言え、穴を掘り続けてたのだ。
普段使わない全身の筋肉が、悲鳴を上げている。
「テル。俺、今日はもうダメだ。」
「私も。もう動けません。」
「俺だって、腕すら上がらないよ。もう今日は休もう。」
ウラガとグラスは階段に寝そべりながら、俺へそんな事を言ってくる。俺も直ぐに横になりたいが、どうにか身体を動かして、早めの夕へと取りかかった。
といっても、事前にカットしておいた野菜と肉を水へとドバドバと突っ込んで、出汁と塩で味を調え、加熱しただけの野菜スープだけだ。包丁すらまともに握れないので、これが今の俺の限界だった。
俺はユキに頼んで、【水魔法】を応用し、鍋のスープをお椀に注いでもらった。スープを掬い上げる腕すら上がらない。こんなときくらい、魔法に頼っても良いよね。
ウラガもグラスも、ふらふらと起き上がり、【土魔法】で作った椅子に座る。そして差し出されたスープに直接口を付けて啜り始めた。非常に行儀が悪いが、今日くらいは大目に見よう。俺も同じようにスプーンを使わず、お椀も持ちあげず。犬の様に啜ってスープを飲みほした。
後かたずけもせず、その日は速攻で眠りに着いた。地面に横になった瞬間に、眼むったようだ。
そして俺達は翌日、さらなる地獄を経験する。それは全身を襲う筋肉痛だ。地面から起きあがる事すら出来ない。
「ウラガ。グラス。俺、筋肉痛で動けない。助けてくれ。」
「生憎、俺もだ。しばらく動けそうもない。」
「私もですぅ。」
ウラガもグラスも同様に、地面に転がったまま起き上がれずにいた。寝がえりを打とうとも、腰が回らないし、腕すらまともに動かない。
「午前中は、筋肉痛で潰れるな。」
一刻も早くダンジョンを進まなければいけない俺達にとって、半日でも無意味にロスする事は問題だった。なので俺達は、身体を動かさずに出来る、魔法や感地系のスキルの修行に励んだのだった。
油断大敵!。ちょっとした不注意で、事故になるのです。
と言う事を理解する回だったのです。
そして私は、肩が凝った事で生じる頭痛と戦う日でした。油断したぁ。
テル君は直ぐに反省して改善方法を見つけてますね。少し考えるだけで防げる問題は、意外と多いのかもしれません。肩コリ予防、誰か教えて。
次回は地下33階の話の予定。