オオカミと七匹の子ヤギの童話風アーリオオーリオ ~時計仕掛けの語りに添えて~
チックタック チックタック ボーン
時を刻む音、鐘の音。
この家に来てはじめての私の仕事を、この家の家族が見つめます。
色白で優しい目をしたお母さん。
そして、彼女の面影を引き継いだ
一 二 三 四 五 六 七
七人の可愛らしい子供たち。
父親の姿は見えませんが、
彼らは本当に仲が良く、幸せそうに暮していました。
彼らの中に一人だけ毛色の違う子も居ましたが、
彼らは本当に仲が良く、幸せそうに暮していたのでした。
これから起こる怖ろしい出来事なんて、想像もできないほどに――――。
チックタック チックタック ボーン ボーン
その日お母さんは一人、街へ出かけることになりました。
子供たちは留守番です。
「ああ、かわいい子供たち。おとなしくお留守番していてちょうだいね」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい」
「ああ、かわいい子供たち。おみやげを買ってきてあげますからね」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい。早く帰ってきてね」
「ああ、かわいい子供たち。戸締りはきちんとしておくのですよ」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい。きちんと戸締りしておくよ」
「ああ、かわいい子供たち。知らない人が来ても、扉を開けてはいけないよ」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい。大丈夫、きちんと戸締りしておきますよ」
「ああ、かわいい子供たち。おやつは戸棚にありますからね、仲良く食べなさいよ」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい。大丈夫、ケンカなんかしないよ」
「ああ、かわいい子供たち。寂しくても泣かないでちょうだいね」
「もう、おかあさん。いってらっしゃい。行く前に日が暮れちゃうよ」
「ああ、かわいい子供たち。おとなしくお留守番していてちょうだいね」
「はい、おかあさん。いってらっしゃい。それは最初に聞きましたよ」
一人一人にあいさつをして、おかあさんはようやく出発しました。
子供たちはそれぞれ楽しい事を見つけ、
何人かで集まったり、
邪魔されないように隅に行って一人で本を読んだり、
二人で並んでおしゃべりしたり。
ゆったりとした楽しい時間を過ごしました。
チックタック チックタック ボン ボン ボーン
そんな時間を壊すような激しい音で、家のドアが騒ぎます。
ドンッ ドンッ ドンッ
そして、少し枯れたような男の声が子供たちの耳に届きました。
「おい、ここを開けろ!」
「ダメだよ、おかあさんが開けるなって言ったんだ」
小さな反論に小さく舌打ちを残して、声の主は遠ざかって行きました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
ちょっとだけおどろかされた心臓を撫で下ろすように。
ドンッ ドンッ ドンッ
その数分後に、また同じ怒鳴り声がします。
「おい、ここを開けろ! オレはおかあさんだぞ!」
「ダメだよ、おかあさんはそんな怖い声じゃない」
怯えたように返事をすると、声の主は再び去っていきました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
言い知れぬ、不安だけを胸に抱いて。
ドンッ ドンッ ドンッ
また数分後、今度は裏返ったような声がします。
「おい、ここを開けなさい! オレはおかあさんですよ!」
「ダメだよ、おかあさんはそんな変なしゃべり方はしない」
少し考えるような間があった後、声の主は去っていきました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
ちょっとだけ、この対応が面白いなって思いながら。
ドンッ ドンッ ドンッ
さらに数分後、声の主はなぜか歌いはじめます。
「さあ、ここを開けなさーい。ワタシはおかーさんですよー!」
「あははっ、おっさん歌うまいじゃん」
褒めると声の主はちょっと嬉しそうに去っていきました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
また来るんだろうなって、期待しながら。
ドンッ ドンッ ドンッ
そして数分後、声の主はツッコミます。
「いや、そうじゃねえよ。おれはここを開けてほしいんだってば!」
「ごめんなさい、開けられないのです。母からきつく言われているもので」
「お、おう……」
真面目に返すと困ったように、声の主は去っていきました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
ほんのちょっとの憐れみを感じながら。
ドンッ ドンッ ドンッ
数分後に、こりずに同じ声がします。
「こんにちはー、宅急便でーす」
「ごくろうさま。そこに置いていってください」
「う、受け取りのサインを……」
「じゃあ、伝票だけ郵便受けに差し込んでください。そこにサインしますから」
「クッちっくしょう!」
結局ドアは開けられず。声の主は悔しそうに去っていきました。
子供たちは安心して、もとの遊びに戻ります。
さすがにそろそろかわいそうだと思いながら。
ドンッ ドンッ ドーンッ!
家に入ってきたのは、ついに声に留まらなくなりました。
「やってられるかーっ!」
「ひっ、ふ、ふほうしんにゅうっ!」
「きゃー!」
「わー!」
「にげろー!」
「かくれろー!」
「こえぇ、おっさんちょーこえー!」
「えっ、あ、かくれる」
現れた黒い影は、獣のように怖ろしい声をあげながら、子供たちを追い回します。
子供たちは思い思いの方向に逃げますが、家の中では限度がありました。
一人、また一人とつかまってしまい、大きな袋の中に押し込められていきます。
私はただ見ている事しか出来ません。
チックタック チックタック ボンボーン ボンボーン
だけどほんのちょっとがんばって、自分の身体を少しだけ開く事に成功しました。
振り子の付いた扉が開く小さな音に、一番小さな子が気付きます。
あとは、素早く振り子の裏へもぐりこみ身を小さくするこの子が、見つからない事を祈るばかりです。
ついに逃げている子供はあと一人になっていました。
毛色の違うあの子です。
「ふう、おとなしくしてくれよ。こっちは別におまえらに怪我をさせたいわけじゃないんだ」
「うっせぇっ! 信じられるか、変態野郎!」
「あ、てめえ、何てこと言うんだ! 読者が誤解するだろう!}
「知るかっ! ぼくたちを捕まえてどうするつもりだ! あ、ま、まさか……」
「まて、変なこと想像するな。わかったよ、ちゃんと理由を説明するから、聞いてくれ。
オレはな、一応お前らの父親なんだ。別居中だったけどな。
そうだほら、ちょうどお前はオレと同じ毛の色だろ?
でまぁ、離婚調停っつう面倒臭い手続きの途中なんだが、俺は子供を何人か引き取るつもりでいたんだよ。
だけどあの女。ああ、お前らの母さんな?
あいつ、子供ら全員を自分が育てるとか言い出しやがったのさ。
これには、担当の弁護士も、あいつの友人達もみんな反対したのよ。もちろん俺もな。
経済的な理由とか、いろいろあるしな。
そしたらあいつ、お前らを連れて行方をくらましやがったのさ。
もちろん、調停の場にも出て来ねぇし。
で、俺はようやくここをつきとめて、お前らを迎えに来たって訳だ。
まぁ、全員を引き取るのは俺にもちょっと厳しいし、お前らの意見も尊重したい。
出来ればあいつにもう一度、話し合いの場に出てきてほしいのさ。
子供らはそのための人質っつうわけだ。
少々手荒なのは認めるが、こうでもしないとあいつはまた逃げかねんからな。
そうだ、悪いけどお前、このことをあいつに、母さんに伝言してくれないか?
頼むよ」
男の長い話が終わり、あの子も呆然としています。
理解は出来ても、頭が付いてこないといった感じでしょうか。
どうにか首だけを動かして、了承の意を伝える事が出来たようです。
男はそれを見て安堵の表情を浮かべると、
「頼んだぞ」と言って袋に詰めた子供たちを抱え、家から出て行ってしまいました。
嵐が過ぎ去った後のような部屋の中に、私は自分の中に隠れていた子を開放します。
家の中に残った二人の子供は身を寄せ合い、互いの心情をうかがいます。
「聞いてたか?」
「うん」
「……どうする?」
「わかんない、おかあさんに相談する」
「そう、だな。それしかないか……」
子供たちは困ったような、何かをあきらめたような表情です。
周りの人の話を聞かないらしい母親と、
子供の数も覚えていないような父親では、
今後の彼らの生活に不安を覚えても仕方の無いことでしょう。
チックタック チックタック ボーン ボーン ボンボンボン
しばらくして、お母さんが帰ってきました。
そして、家の中のいつもと違う様子に顔をしかめます。
「ああ、かわいい子供たち。これはいったい……何があったの?」
「おかえりなさいおかあさん。それがね」
子供たちはつたない表現で、おぼつかないままの言葉で、
それでも一生懸命にさっきの事を説明します。
さいしょは落ち着いて聞いていたお母さんでしたが、しだいにその表情はくもっていきました。
「そう、あの人が……」
お母さんはそうつぶやくと、ゆっくりと姿勢を正します。
「おかあさん、もう一度出かけてくるけど、お留守番お願いできるかしら?」
お母さんのいつもと違う雰囲気に、
いつもと違う低い声に、
向けられた背中に、
子供たちも何かの決意を読み取ったのでしょう。
心配そうな顔のまま、うなづき、言葉なくお母さんを送り出しました。
チックタック チックタック ボンボン ボーン ボンボン ボーン
それからどのくらいの時間がたったでしょう。
お母さんは無事に戻ってきました。
連れ去られた子供たちも一緒です。
ただその顔は一様に青白く、怖い思いをしたのだとうかがい知れます。
そして出迎えた二人が一番驚いたのは、お母さんの姿でした。
利き手である右手には大きな包丁が握られており、
そこから右半身にかけてべっとりと赤黒い色で覆われています。
左手は背中に背負った大きな袋を支えており、
袋からはまだ新しい赤い液体が滲み出し始めています。
「さあ、子供たち。みんなそろったわね?
じゃあ、晩御飯にしましょう!
ほら、今日は新鮮なお肉が手に入ったのよ?
ちょっと固そうだけど、煮込めば問題ないわ。
さあ、お手伝いして頂戴ね。
今夜はご馳走にしましょう!
元気が出るように、ね」
台所へ向かうお母さんに、料理が得意な子供の二人があわててついて行きました。
残った子供たちも、何か手伝える事が無いかと焦ったように探します。
チックタック チックタック ボンボーン ボンボーン ボンボーン ボーン
晩御飯が出そろうと、家族全員が食卓にそろいました。
そして、楽しい晩餐がはじまるのです。
「さあ、いただきましょう! 全てのしょくざいに感謝をこめて!」
子供たちはまだ青い顔のまま終始無言でしたが、
ふるえる指先は食器をつかむ事もおぼつかなくさせますが、
食事が終わればきっと元気になることでしょう。
家族はいつまでも一緒です。
いつまでも、
いつまでも、
幸せに暮らしましたとさ。
__おしまい