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武士の子  作者: 鏑木恵梨
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二、御免状

 数日もしたら、このせせこましい長屋にどかどかと四、五人、武士が入り込んできた。

「おまえたちが三年前、『御家名断絶』となった……」

 我々は頭を下げるかどうか一瞬迷ったが、目を見返してはいと答えた。

 その武士が言うことには。

 我々兄弟の父は先に死んだ殿様の側用人を斬ろうとして、逆に斬り殺されたそうだ。悪いことにその側用人とやらは殿様のお気に入りだった。喧嘩両成敗とはならず、我々の家は『家名断絶』、側用人はおとがめなしとなってしまったそうだ。これには不満をもつ人も少なからずいたけれど、殿様のご意向なので逆らえずにいたそうだ。

 やがてその殿様が死に、新しい殿様になった。くだんの側用人は、新しい殿のお気に入りに取って代わられ、江戸詰にまわされたという。

「そなたらの父上は奴に殺されたのだ。『武士の子』なれば当然、仇討はしような」

 我々兄弟は、顔を見合わせた。そして声をそろえて返事をした。

「仇討、しとうございます」

 するといえば、なにかと世話をしてくれそうだった。だが断ったら、てのひらを返すような態度をとるだろう。目の前の武士だけじゃなく、強欲じじいも、世話焼きばばあも。やっかいなことだが仕方がない。

 幸いな話、その「元」側用人は剣術武芸はそこそこできる、という。今の我々では手出ししようがない。しかし対策を立てればなんとかなる。今すぐ行けと言われることもない、ちょうどいい程度、といったところか。上々だ。

 我々兄弟はとりあえず剣術道場に通うことにした。才能のある方はさらに剣術をきわめ、ない方は学問を修めよう、そう我々兄弟は決めた。我々は二人である。兄弟そろっていろいろ長じる要もない。どちらか一人が何かに優れていればよいのだ。

 剣術道場はお城に登っている武士が通っている。

 我々兄弟は、その大半から同情の眼差しを受けた。

「来るべき仇討ちのために、精進し、いつか宿願を果たしてみせる」

 そう挨拶したからだ。

 これは我々兄弟が事前に相談していた言葉で、近所の連中に話したら感動して涙をまなこからあふれさせていた。しょせん、町人だろうが武士だろうが変わりはない。

 時には長屋暮らしだからと、同じ年くらいのばかに冷やかされたことがあったが、そのときは、そのばかのほうがみんなに嫌われた。

 師範も目をかけてくれたから、よく忠告や指導もしてもらえる。

 数ヶ月すれば、どちらに剣術の才能があるのか、めどがついた。

 つぎに我々兄弟は。

 今度は同じ道場に通う武士で、学問もよくできて「切れ者」という噂の人に近付いた。「学問を学びたい」と言って「仇討ちに学問がいるのか」と返されたら、困る。我々が一晩考えた理由は、こうだった。

「仇は狡猾な男と聞く。ならば剣の腕だけを磨くだけでは、仕損じると思う。必ずや討ち果たすためには、頭も良くならなければならない」

 切れ者の男も、子供の健気な考えをその鋭い頭で斬り捨てるつもりはないらしい。大いに頷いて、学問所を紹介してもらった。

 かねての計画通り、一方は剣術を専ら学び、一方は学問に力を注ぐことになった。

 そんなある日のこと。

 神経質そうな顔の青白い武士が道場にやって来て、

「殿よりのありがたき思し召しである。拝して受けよ」

とうやうやしく、「下」と大書された紙を見せびらかした。


『仇討御免状』


 書面には、そうあった。

 我々兄弟の名が、仇の名が記されていた。

「そなたたちの仇は江戸におる。必ずや此奴を討ち、その血を注いで亡き父母の御霊を慰めてやるのだぞ」

「必ずや、仕留めてご覧にいれます」

 青白顔は大きく頷いて、

「万一、仕損じることがあっても『武士の子』として名を辱めることのないように」

 我々兄弟は不快感をおぼえながらも、肯、と答えて青白顔を見返した。

 正直なところ、もう少し腕を上げておきたかったのだが仕方がない。そこはものは考えよう。まだ前髪がある方が相手は油断するかもしれない。

 我々兄弟は年齢はもう元服する頃だが、元々童顔だからそんなにおかしくもないのだ。

 青白顔は元服を済ませてから行くかと提案していたが、我々兄弟は断った。


 さて、江戸表に発つ前日の夜のことだ。

 隣長屋のおてんばで有名な娘が忍んできた。同年代ではただの小うるさいあねごだが、大人達は器量よしと認めている。

「あいつは将来、どこぞの店の旦那の妾にといわれかねん」

 そういう点だけは、大人の意見は正しい。

 我々兄弟とこの娘、同衾で数刻を過ごした。なかなか良い。我々兄弟の記憶の中で、心から楽しかったのはこのことくらいだろう。

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