第一章 一日千秋(5)
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「…そろそろ、アミちゃんが帰ってくる時間だ」
暇だ。盛大に暇だ。机の前で、何分正座できるか自己記録に挑戦するぐらい暇だ。でんしれんじで昼食を温めたあと、何もすることがない。もう、アミちゃんが帰ってくるのを待つしかない。
「岸森亜美子、かあ…」
少し懐かしい、そのフルネームを呟く。
「…ちゃんと、説明しなきゃなあ…。信じてくれるかな…」
私は、机の前で正座の新記録に挑戦したまま、時計を見る。確か、六時には帰ると言っていた気がする。あと30分もある…。
「たっだいまー!グミちゃん、お待たせー!」
グミちゃんの元気な声が、玄関から響く。あれ、は、早い!え、ちょっと嬉しいかも…。
「じゃ、ご飯作るからちょっと待っててねー!」
そうグミちゃんは言いながら、台所へ入っていき、白い薄っぺらい袋をどさりと床へ置く。…昨日も気になったけど、あれなんだろう。何か書いてある。…読めない。
「…?!」
もうひとつ、足音がしたので、玄関の方へ目を向ける。するとそこには、今朝出会った…なんだっけ、なんて言うんだっけ、まあとにかく今朝会った女のひとが立ってた。…何しにきたんだ?
「あ、モモね、今日一緒に晩御飯食べたいんだって!作るのも、手伝ってくれるって!」
アミちゃんの一言で思いだせた。そうだ、モモさんだ。
「…今朝は、あまりゆっくり挨拶できなかったね、グミちゃん。アミから、少し話聞いたよ。すこし変わった家庭で、大変なんだってね」
…は?なんのことやら?アミちゃんの方へ眼を向けると、必死で目配せしています。…ま、必要な嘘でしょう。
「そ、そうなんです、ちょっと大変なんです、はい」
無難な受け答えしかできない。あとでアミちゃんにどんな言い訳をしたか聞いておかないと、ボロがでそうだ。
「も、モモ!ちょっと、これしまうの手伝ってくれない?」
「ん…分かった」
アミちゃんが機転を利かせてそう言ってくれたおかげで、なんとかなった。…でも、早くモモさんが帰ってくれないと、アミちゃんに色々な事を話せない。モモさんも、巻き込むわけにはいかない。モモさんは、完全に無関係な人だ。
「…アミ、これどうやって切るの?」
「え、もしかしてモモ、サラダ作ったことないの?!」
「…ないかもしれない」
「へえ?!」
…なんだか、台所が楽しそうだ。この世界の人は、本当に平和でいいなと思う。食料事情も、とてもいいみたいで、いつも御馳走がでてくる。できれば、私もこの世界に生まれたかった。―――この(・・)世界の(・)私も、いつか存在するのかもしれないし、しないのかもしれないけど。
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「はい、グミちゃん!完成だよ!」
今日の献立は、鯖の味噌煮と味噌汁と、キャベツとトマトの簡単なサラダです。栄養満点です!
「…とても、美味しそうです。とても…」
「…はい、グミちゃん。お茶」
モモが、さりげなくお茶をついでくれました。モモは、無口で何考えてるか大抵分からないけど、とても気が効くのです。
「さ、みんなでいただきますしよ!」
「い…いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす!」
しばらく、私たちは無言で夕飯を食べ進めます。すごくおいしいです。すごくおいしいのですが、…モモとグミちゃんの微妙な距離感が気になります。まあ、今日初対面な人同士ですからそれも当たり前なんでしょうけど、お互いちらちらと相手の方を見たりしていてなんだかこう…不思議な距離感です。…そうだ!
「ね、食べ終わったらトランプしない?ババ抜きとか!」
「…え、なんですかばばぬきって…?」
「へ、やっぱグミちゃん、知らない感じなの?うーんと、そしたら食べながらルール教えよ…」
「私が最初のゲーム、一緒にしてあげる。私とグミちゃん対、アミ」
「えー!そんなババ抜き、面白くないよー!ババ抜きは三人は居なきゃ!」
「駄目。グミちゃんに、色々教えてあげるんでしょう?」
「…そうだね、了解!」
ナイスですね、モモ!本当にナイスすぎます!
これで、二人が少しでも仲良くなってくれたら嬉しいんですけどね。