第二章 狂瀾怒濤(6)その1
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「…う、うん…?」
あれ、ここはどこですか…?見たことのない、コンクリートの天井…?
「あ、亜美子!目、覚めたか?」
「…なんで拓海?」
どうやら、私はベッドに寝せられているようですね。側に、なぜか拓海がいます。
…えっと、ちょっと記憶があやふやですね。整理しましょうか。
モモと、公園で会いましたね。で、裏切られちゃいましたね。思いだすと、また胸がきゅうっと締め付けらます。…で、確か、グミちゃんが手を握って…―――と、いうことは?
「…まさかさ、拓海、ここ…」
「あー、そう、そう、例の別の世界」
「やっぱり?」
どうやら、無事(?)未来の異世界にたどり着いていたようです。思いっきり気を失っていましたね。よく眠ったのか、身体が軽いです。
「…で、ここはその別世界のどこ?」
私たちのいる部屋は、コンクリートで床や壁や天井が固められた、八畳ほどの広さの部屋です。私の寝ているベッドの他にも、いくつかベッドが並べられているみたいですね。私はその部屋の一番壁側のベッドに寝せてもらっていたようです。ベッドの他に、医療器具のようなものもありますね。…って、グミちゃんが、わたしから一番遠いベッドで寝ているじゃないですか!
「ぐ、グミちゃん?」
私は思わずベッドから起き上がって、グミちゃんの傍へ行きます。私の身体はなんの異常もないみたいですね。
「ああ、直美ちゃんなら疲れて眠ってるだけだってさ」
そう言ったのは拓海でした。
「え、もしかして時間移動して疲れちゃったの?」
「うーん、なんか難しいことはよくわからないが、本人いわく時間移動を加速させてたみたいだ」
「加速?」
「付随能力、とか言ってたぞ。もしかして、亜美子、お前の空間移動もできる能力がその付随能力的な感じじゃないのか?」
加速、ですか。もしかしたら、その加速とやらで、どっと疲れがでたのかもしれませんね。
「でも、どうしてグミちゃんはそんなこと…別に、ゆっくり移動しても、この別世界で進む時間は多分変わらないはずなのに…?」
「直美ちゃんが言ってたが、亜美子を早くちゃんとした場所で寝せてあげたかったらしいぞ?」
え、そうなんですか?
「なんというか、その…うん、アレだな、うんうん」
なんか拓海が訳のわからない独り言を言ってますね。
「アレって何なの?」
「え?あ、アレはアレだ、よ、あはは」
もうこんな訳のわからないやつは無視しましょう。
「あら、目が覚めたかしら」
ふと、知らない女の人の声が部屋に響きました。声のした方を見ると、部屋の出入り口にほほ笑みを浮かべた女の人が立っていました。作業着のような、グレーかかった服を着ています。全く気配が感じられなかったので、少しびっくりしちゃいました。
「え、えっと、どちら様…?」
「あ、ごめんねいきなり。この子…ムーブから話は聞いているかしら?」
「え、ムーブって?」
「ああ、この子の能力movementyって俗称があるでしょ?だから、私たちRegiusの間ではそれを短くして、ムーブって呼んでるの。…と、いうか、ムーブから私たちの話は聞かされたかしら?」
矢継ぎ早に色々言われて少し戸惑いますね。なんだか快活な女性ですね。
「は、はい。一応」
「俺もそれなりに」
「そう。なら話が早いわ。この施設のことは?」
「えっと、それはまだ」
「じゃあ案内するついでに説明するわ。ついてきて」
そう言うと、その女の人はドアノブに手を掛けます。って、ちょっと待って下さい!
「あ、あの、お名前は…」
「あ!うっかりしてたわ。ここではみんな顔見知りだから、そんな習慣がなくって」
女の人は、私たちのほうへ向きなおります。
「私は竹田川 伊織。35歳よ。一応既婚よ」
「あ、私も自己紹介します」
私が自己紹介しようとしたところで、竹田川さんはそれを手の動きで制止してきました。
「その必要はないわ。過去の、別世界の亜美子さんでしょ?」
「えっと、はい」
「亜美子さんは私の先輩だったわ。とてもいい人で、いつもみんなを癒してくれていたわ」
そうなんですか。なんだか、私本人のことなのに、全然別の私の話…とても不思議な感じです。となりで拓海がはらはらした顔をしていますが、どうしたのでしょうか?
「そして、そこの君。あなたは確か過去で別世界の拓海さんでしょ?」
「あー…えっと、はい、そうっす、拓海っす」
「ムーブから紹介されたときは驚いたわ。まさか、あなたまで来るなんてね」
そこで竹田川さんは一呼吸置く。拓海がなんだか隣で胸をなでおろしたような、あきれたような顔をしていますがどうしたのでしょうか?
「えっと、確か、ここに来る前に、政府のGraspyに追いかけられたそうね?」
「…はい」
「亜美子さん。もしかしてGraspyとは過去で知り合いなの?」
「…知り合い、というか、親友、でした」
…なんだか、話すのがちょっとつらいですね。
「あの、すいません、その話にはちょっと触れないでやってくれますか?」
そう言ってくれたのは拓海でした。
「こいつ、親友に裏切られたみたいな形になって…結構、傷ついているみたい、なんで」
「…ごめんなさいね。気が効かなくって」
「い、いいえ、あなたが謝ることありません」
竹田川さんに謝らせることなんてありません。悪いのは、多分、色々と隠してた向こうなんですから!…なんだかそう思うと、ふつふつと怒りがわいてきますね。なんで、モモはあんな強行手段にでたのでしょうか?
「よし。じゃあ、色々確認も済んだところで、施設の案内に行きましょうか?」
そんなことをぐるぐる考えていても仕方が有りません!竹田川さんの案内で、私たちはこのRegiusの基地(?)を案内されることになりました。私たちは、その部屋に二つある扉のうち、グミちゃんの側にあった扉から出て、隣の部屋に行きました。
「ここは機密情報などを保管してる部屋よ。ここからさっきの部屋に行くには、パスコードを入力しなきゃいけないの…パスコード、意味は分かるわよね?」
竹田川さんが説明します。パスコードの意味ぐらいわかります。拓海も、それぐらいわかりますよーと笑っている。
「いやあ、ね?一応、貴方達からしたら、ここは未来なんだし、もしかしたら、分からない科学技術なんかもあるかもって思って…気を悪くしたらごめんなさいね?あ、貴方達の世界では、どのぐらい科学技術は進歩しているの?」
なんだか矢継ぎ早に色々聞いてきますね、竹田川さん。えーっと…。
「例えば、これっすね」
私がどう答えようか迷っていると、拓海が制服のブレザーのポケットからスマホを出しました。何気にりんごマークのついているスマホを使っているので、拓海のくせにちょっとむかつきますね。
「これで、ネットとか通話とかメールとかアプリとかいっぺんにできちゃうんっす」
「えっと…ねっと?めーる?あぷり??」
もしかして、もしかするとですよ。グミちゃんが、電話の使い方や電子レンジの使い方があまり分かっていなかったのを見ていると、この世界はもしかして、あまり科学が進んでいない感じですか?拓海が説明を始めます。
「噛み砕いて説明すると、ネットは、世界中の情報が調べられて、俺達からも色々と情報を発信することができるんっすよ。動画もみれますしね。あ、動画ってのはテレビ的な感じっす」
「ど、動画…?て、てれび…?」
竹田川さん、混乱していますね。
「拓海、ちょっともうストップしておこうか」
思わず止めに入ります。一息間が空いて、竹田川さんが言いました。
「か、科学技術が、貴方達の世界のほうが進歩していることは、じゅ、十分分かったわ。今度、ゆっくり聞かせて頂戴。日が暮れそうだわ」
彼女はそう言いながら困った笑みを浮かべました。なんだか、ちょっと申し訳ないです。
「さ、話はかなり脱線してしまったけれど、案内を再開するわね。この地下基地は、私たちの詰め込める科学の最新技術をそなえているわ。この基地の様子で、科学技術の進歩状況は、貴方達が自分たちで判断して欲しいわ。どうやら、この世界は遅れているようだけれど」
彼女の困った笑みが、少し自嘲気味な笑みに変わりました。…確かに、パスコードロックが最新式だなんて、少しだけ心配になってきましたよ。
「このドアは最新式で、さっき話したように、パスコードロックがかかってるの。このドアは、向こうからは開くけれど、こちらからはパスワードが必要になるの。この基地では、原則私が貴方達の世話をするから、関係ないと思うけれどね」
竹田川さんは、左を向きます。
「そして、ここにある壁一面の引きだし。ここには、機密情報がパスコード付きでロックされているわ」
私たちは壁一面のロッカーを見上げます。なんだかたくさん引き出しが合って、なにがなにやらよくわからなくて現実感が湧いてきませんね。奥の方には、細長いロッカーのような棚もあります。
「ま、この部屋はあまり面白くないわ、次に行きましょう」
そして、私たちの右手にあるドアを、竹田川さんは開けます。
「このドアもさっきと同様、こちらからは開くけれど、向こうからは開かないわ」
次の部屋は、真ん中に大きな机がどーんと置いてあって、その周りに一人掛けの椅子がいくつか置いてある部屋でした。
「ここは、応接間室的な部屋よ。みんなで普通に話したり、客人をもてなすときにはここを使うわ。あ、みんなってのはRegiusのみんなのことね」
そして、間を置かずに竹田川さんは右にある扉に手をかけました。
「で、こっちが作戦会議室。しっかり作戦を立てたりする時はこちらを使うわ。まあ、けじめってやつよね」
竹田川さんはそう言うと、作戦会議室につながるドアを閉め、応接間室的な部屋の椅子の一つに座りました。
「で、多分ムーブからはあまり詳しく聞いてないだろうことを少し説明するわ。適当に掛けてちょうだい」
そう言われ、私たちは竹田川さんの対面にすわりました。
「まずはこの基地について。この基地だけどね、実は地下にあるの」
どうりで窓が無いわけですね。
「で、そっちの扉」
竹田川さんは、作戦会議室の向かいにあるドアを指さします。
「そっちから外に出られる階段があるわ。階段を上ると、私たちの居住スペースの床にある隠し扉へ続くわ」
へえー。なんだか考えられてますね。
「えーっと、ちょっと質問いいっすか?」
そう言ったのは拓海です。
「直美ちゃんから話を聞いた時から気になってたんすけど、Regiusの方って、普段から反政府的な行為をしているんっすか?それとも、政府にばれないようにカモフラージュしてるんすか?」
よくそんなにスイスイ口が回りますね。しかし、拓海の質問の答えは気になりますね。
「そうそう、それも説明しなきゃって思っていたところね。簡単にいえば、Regiusの在り方について、ね」
そこで一旦間が空きます。
「えっと…拓海君、でいいわよね?さっき拓海君が言ってくれた例えの後者に近いわね。私たちは、基本的には地上にある国営工場で働いているわ。ムーブから、この国は社会主義国の体制をとっているっていう話は聞いた?」
「えっと、はい」
「なら話が少し簡単になるわね。この国…貴方達の世界でなんて呼んでいるかは知らないけれど、私たちは新日本共和国とよんでいるわ」
新?!共和国?!
「俺達は正式には日本国ってことになっているっすね」
混乱している私の代わりに拓海が答えてくれたようです。
「うん、私が生まれた頃は、まだその名前だったと聞いているわ。平和な世界の証拠ね」
また少し間が空きます。
「この安全地帯で、人が集団生活を始めだしたのが2020年頃。そして、新日本共和国の政府が確立しだしたのが、2023年頃。工場なんかが作れたのは、技術者や科学者なんかの専門職の人は、真っ先に避難させられていたから。第三次世界大戦のことは詳しく聞いてる?」
「さらっと、なら」
確か、グミちゃんには話の流れ的にしか聞いていませんね。
「そう。なら、少し詳しく、説明しておくわ。あれは今から28年前。私が七歳の時のこと、だったわ。2000年問題で混乱したこの世界で、第三次世界大戦―――大規模な核戦争が、始まったわ」
「私は昔で言う九州の下のほうに住んでいたのだけれど、両親に手を引かれて、この国の真ん中のほうまで徒歩で逃れてきたわ。大規模な核シェルターがあるのが、ここしか無かったの。私が住んでいた場所の周りは、全滅。人がいっぱいで入れなくて、上に上に避難してきて、やっとここまで来てシェルターに入ることができたの」
「本当に、大変な時だったわ…。核シェルターは満員で、外の轟音に怯えながら生きていたわ。みんなしだいにピリピリしてきて、場を乱す人もいた。でもね、そんな人はみんな外にほおりだされたの。その人一人のせいで、みんなが死んじゃったら元も子もないじゃない?」
竹田川さんは、俯きます。きっと、思い出したくない辛い過去を思い出してくれているんです。
「それに、感染する病気を持っている人も、そとにほおりだされた。私はまだ年端もいかない子供だったから、その様子は直接見てはいないのだけれど、ほおりだされる人たちの嘆願する声が、今でも耳にこびりついているの…。忘れようにも、これだけは忘れられないわ。いいえ、忘れてはいけないの」
「あの人たちの犠牲があって、今の私たちがあるの。そして、いい世界を作っていかなきゃ、あの人たちに、申し訳ないの。だから、今の政府を許すことはできない。絶対に」
なんだかとっても険しい表情をしてますね。そんなことを思っていると、竹田川さんは立ち上がりました
「ごめんね、話が脱線しちゃって。ちょっとお水淹れてくるわ」
竹田川さんは作戦会議室の方へ移動しました。
3月17日、少し話の流れがおかしくなっていた箇所があったので直しました。