第二章 狂瀾怒濤(5)
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…本当に、申し訳ないことをしてしまった。アミちゃんは、きっと、親友に裏切られたようなショックを受けている。なのに、こんなむりやり…。
「な、なあ、直美ちゃん?ここってえーっと、どこなのかな?なんか、周り真っ白いけど…」
眠っているアミちゃんを見ていて、忘れていました。そうだ、この人も巻き込んでしまったんだ。…でも、無関係なわけではない。むしろ、重要参考人だ。
「連なる時間の間の空間です。今、未来の、私の世界に向かって移動しています。座標設定には、アミちゃんの力を借りています」
「…なんていう空間だって?」
「…要するに、タイムスリップしている途中です。私の付随能力で大幅に移動時間を加速させているので、あと30分もせずに着くと思います」
「へ、へえー…?そ、そうなんだ…」
まあ、理解してくれただろう。
でも、私の推測が正しければ…ううん、推測なんてする必要ないのに。
この人は、私のお父さんに当たる人だ。
…にしては、ちょっと緩いというか、ふざけているというか。私の知っている父はこんな人じゃない。やっぱり、人は環境でも変わるのだろうか。それとも、世界線が違うだけ、少し性格も違うのか?
「…まあ、なんていうの。さっきは、ちょっと言い過ぎたよ」
そう、拓海さんが言う。
「亜美子って、昔からお人よしでさ。それで、とっても純粋なんだ。だからさ、頼まれたら断れないっていうか。どんな面倒そうなことでも、相手が喜んでくれるならって、引きうけちゃうんだ」
…やっぱり、この人は…―――。
「純粋だからこそ、人に裏切られた時は、想像以上にきっと傷つく。それが、今まで信用しきってた大親友ならなおさらだ。亜美子、いっつも城田と一緒にいたもんな」
…ほっとするような、もやもやするような、悔しいような…。自分の、醜い感情が、今、とても嫌い。…嫌だ。でも、抑えられない…!
「アミちゃんは…アミちゃんは…!お母さんは、私が一番、…!」
「え、ど、どうした?!俺、何か泣かせるようなこと言っちゃったか?!」
ああ、そのおたおたするところなんて、そのままだ。不器用そうなところも、そのまますぎて。もう、私は、どうすればいいの?涙が、止まらない。
「…なんでも、ないんです。なんでも…!」
「あーもー!ほら、ティッシュやるから顔ふけ!」
そう言って、拓海さんはティッシュをくれた。…このティッシュ、やたらと小さい。携帯型…?
私が涙やらを拭いているあいだ、拓海さんはずっと私の頭を撫でてくれていた。…いつまでも子供扱いするとことも、そのまま…。
…―――この人になら、もう少しだけ、真実を告げても大丈夫かもしれない。
「…拓海、さん」
「お?泣きやんだか?」
…やっぱり、優しい。
「拓海さんには、もっと知っておいてほしい真実があります」
「…え、それって、もしかして亜美子には言ってない感じのこと?」
「はい」
「…俺が聞いちゃっても大丈夫なの?」
「はい。むしろ、貴方だからこそ、知っておいてほしいです」
「…なら、聞いてやろうじゃん」
拓海さんは、こっちへきちんと向き直った。正座までしている。
「で、なんだ?その、真実って」
「…はい。実は、アミちゃんは、私の母に当たる人なんです」
「…はい?」
どんなことでも受け止めてやる、と覚悟したような顔をしていた拓海さんは、私のその一言で呆けたような顔になった。少し考えまとめたと思しき後、こう口にした。
「…えーっと、つまり、直美ちゃんのお母さんが亡くなったから、同じ能力を持っているだろう亜美子を、わざわざこの時代から連れてこようとしたわけ?」
鋭い。やっぱり頭の回転は早い。
「大体合ってます。母の能力は、先天的なものですから、どの時代の彼女も、その能力を持っているんです。まあ、その能力が明らかになるのは、各世界線で大きく異なりますけどね」
「…じゃあさ、なんで、わざわざ何十年も遡って、この時代にきたわけ?」
…ああ、回転が速すぎる。やっぱり、この人にさっさと真実を伝えておいて、よかった。
「それは、…近くの世界、近くの時間の彼女は、ほとんど…亡くなっていたからです。それか、それに近い状態、です」
「…!」
拓海さんは、大きく目を見開きます。
「…だから、私は、近くの世界を諦めて、過去へ、遠くの世界まで来たんです」
「…なるほど」
「私の知っているのは、ここまで、です」
「なんだ?何か知らないことでもあるのか?」
「…私は、組織では重要視されています。でも、年齢的には、まだまだ下っ端、子供、です。教えてもらえないことだって、たくさんあります。…もしかしたら、亡くなった母だったら、すべてを知っていたのかもしれませんが」
拓海さんは、何か考え込むように、口をつぐんだ。
…私が、最初の時間移動をしたのは、お母さんとだった。簡単な空間移動をしたりして、二人で訓練を重ねていた。むしろ、お母さんと一緒でなけでば、時間移動は許されていなかった。私一人で、時間移動したら、別の世界線に紛れ込んで帰ってこれなくなるから、だ。
私は、私だけでは使い物にすらならない。非力な、ただの子供、だ。
もちろん、お母さんも、彼女だけじゃ満足に移動なんてできたものじゃない。そう、私たちは一心同体だったのだ。二人でいてこそ、完璧な力になる。
でも、私は人工的な力だ。きっと、政府も同じような人間を何人も量産しているはずだ。私たちは、私一人で、今のところ限界なのに。
でも、お母さん…アミちゃんの能力は、本当に先天的な貴重なものだ。そして、彼女がそこにいるだけで使える。
もちろん、彼女の能力に変わる機械を作ることなんて、政府からしたらお茶の子さいさいだろう。でも、私たちには到底無理だ。事実、政府の機密情報のいくつかを盗み出せたのは、お母さんの能力のお陰だろう。Regiusの活動は、お母さんの存在あってこそ、成り立っていると言っても、過言ではなかった。そんな中の、あの出来事。…きっと、政府は、最初から、そうするつもりだったんだ。だから、モモさん…いいえ、Graspyなんてわざわざ送りこんで、別の世界のお母さんを観察しておいたにちがいない。時間移動できる、私という存在に、はっきりと気付かれていた。…もしかしたら、Graspyは、いろんな世界、いろんな時代のお母さんを観察していたのかもしれない。あの政府なら、その可能性は、十分にある。
「…まあ、なんだ。ここまで知ったなら、俺もできること、あるなら協力するぜ?」
「…。力仕事ぐらいなら、役に立てるかもしれませんね」
この人を、命がけの仕事に巻き込むわけにはいかない。
「なんだよー、俺、頼りにされてねーの?」
「…必要、なんですよ」
「は?」
「アミちゃんにとって、貴方は必要な存在、なんです」
…この時代で、この二人が結婚するかなんて、私の知ったことじゃない。でも、お母さんは、いつも、いつも、お父さんに助けられた話をしていた。…きっと、必要なんだ。
「え、俺、そんなやばい存在なの…?!…なあ、ちょっと気になったこと聞いてもいいか?」
「はい、どうぞ」
なにやら神妙な顔をしている。どうしたのだろうか。
「…直美ちゃんの母親が、亜美子なわけだろ?」
「はい」
「…父親ってさ…誰?」
そんな聞いておきながら、顔ではもう分かっている様子だ。まあ、この人ならすぐ勘づくと思っていたけど。…なんか拓海さんは、すごくわくわくしている。
「貴方の予想通り、拓海さん、貴方ですよ」
「おっしゃあ!」
なんかすごく喜んでいる。…この人の様子を見ていると、アミちゃんに片思い中のようだ。きっと、アミちゃんはちょっと天然が入っているから気が付いていないのだろう。
「え、それじゃ、もしかして…」
あ、そっちは今気づいたんだ。やっぱり、この人は年齢相応の青年なのだろう。
「はい。貴方は、私の父に当たる人でもあります」
「やっぱり?!名字同じだったし、やっぱりそうだったんだ!…確かに、心なしか亜美子の小さい時に似ている気が…」
「よく言われます」
…なんだか、不思議な気分だ。まだ若い、別の世界の父と母。よく自分が混乱しないな、と不思議になる。でも、やっぱり、両親は両親で、アミちゃんと拓海さんは、また別の人物なんだと実感する。言葉ではっきりとは説明できないけれど、そうなのだ。
「…拓海さん。そろそろ、私たちの世界線に着くようです。2036年の、全く違う世界。…心の準備は、整いましたか?」
「おう!なんでも、どんときやがれ!」
そうそう、無駄に自信家なんだっけ。…でも、こんなに明るいのは、やっぱり世界のせい、だよね。
「…っ!」
まずい、息が切れてきた。時間移動を加速するのは、私の体力の消耗が激しい。だから、なるべく使いたくなかったのだけど、アミちゃんを、ちゃんとしたところで早く眠らせてあげたくて。
…我ながら、けっこう馬鹿だ。
さあ、もう平和ボケはおしまいにしよう。
私の(・)、現実へ。
灰色の、暗い世界を、変革するため。