第二章 狂瀾怒濤(4)
近くの公園まで移動してきました。ここならしばらくは大丈夫そうですね。
「ええっと…とりあえず、なんでグミちゃんは助けに…というか、モモはなんで私にあんなことを…?」
絶賛混乱中の私です。
「ざっと説明します、いいですか」
「えっと、うん」
そこで、拓海が割り込んできます。
「ちょっと!俺のこと無視しないで!ねえ!どういうことだよ!」
「…グミちゃん、話しちゃってもいいの?」
「…――彼のお名前を、聞かせて下さい」
グミちゃんは、なんだか拓海のことをさっきからじいーっと見ています。…まさか、好みなんでしょうか?というか、私とグミちゃんの話を見事に遮られましたね。
「俺?俺は、守田拓海!ぴっちぴちの17歳だ!」
「…!!」
グミちゃんは、私が名前を言ったときと同じような、驚いた顔をしました。
「まさか…まさか。そんなことって…いや、辻褄はあう…」
なんだか、ぶつぶつ言ってますね。
「えっと、…お譲ちゃんは名前なんて言うのかな?」
「…また、子供扱い…」
「え?!あ、ごめん、名前教えてください」
拓海が、えらく低姿勢ですね。年下の女の子の扱い、苦手そうですもんね。将来、娘にうざがられるパターンですね。
「…守田直美、です」
「あっれー?俺と同じ名字じゃん!運命?なあ、亜美子、これって運命?!」
うわあ、めんどうくさいです。
「アミちゃん」
「は、はい?!」
「この人には、きっちりしっかり話をしても大丈夫です。むしろして下さい」
「え、えー?!」
なんだかめんどくさくなりそうなのに…大丈夫、ですかね?まあ、意外と拓海、口堅いですし…。
うーん、じゃあ、ちょっと掻い摘んでざっと説明しましょうか。
「…え?え?…えー?!」
さっきからえーえーうるさい拓海は、うるさいながらもちゃんと状況は呑み込めたようです。
「えっと、それじゃ、直美ちゃんは別の世界の未来から来て、時間移動できる超人で、実は亜美子も超人で、亜美子を未来の異世界につれてっちゃうよーってこと?!」
「…そうです。どうやら、状況は、ざっと理解してもらえたようですね。まあ、詳しい話は、後ほど、時間があれば」
グミちゃんはそう言うと、私の方へ向き直りました。
「そして、さっき拓海さんが遮りましたが、モモさんについての説明をさせていたたきます。…心して、聞いて下さい」
そ、そんな重要な内容なのでしょうか。
「…モモさんと初めて会った時から、微かな違和感というか…なんだか、もやもやっとしたものを感じていたんです。それが、今日、確信に変わったんです。多分、彼女は…―――政府の、人間です」
「はあ?!」「え?どういうこと?」
え、どういうことですか?!モモが、政府の人間?え、まさか、その言い方だと、グミちゃんの世界の?!え?えええ?
「拓海さんには、私の世界の政府の話は、あまり詳しく話していませんよね。確か、私がレジスタントに入っていることは話しましたよね」
「お、おう」
「まあ、政府側の人間、要するに私たちの敵です」
「お、おー…って、えーええ?!」
どうやら、拓海も理解できたようです。でもでも、なんで、モモが、その、異世界の未来人なんですか?!
「グミちゃん、なんで、モモは、私が高校生の時からずっと同じクラスなのに!この世界の高校に通ってるのに…!」
「そんなこと、きっと政府の技術を駆使すれば、朝飯前です。彼女が、貴女と同じ、学校…こうこうという場所に潜入したのは、きっと、特殊能力を秘めた貴女を観察するためです」
……。なんだかさっきから驚きの連続ですね。もう冷静に話を聞くことにしましょう。
「私の推測だと、多分モモさんは、いずれ貴女を政府側へ引きこむつもりだったんでしょうね」
「…なんで?!」
冷静になんて聞けませんでした。
「…それは…」
あれ?初めてグミちゃんが口ごもってますね。
「…それは…その…。…うううっ…」
なんだか、年相応に困っているのが伝わってきて、ちょっと可哀そうになってきちゃいました。今聞くのはやめておきますか…。
「おい、亜美子!あれ!」
ふいに拓海の声がしました。拓海が指さす方を見ると、公園の入口になんとモモがいました。
「え、なんで?!ここ、けっこう分かりにくいとこにある公園なのに…?!」
私は戸惑います。ここは、住宅地の中にひっそりとある、シーソーと砂場しかないような小さな公園です。しかも、住宅地の人でも知らない人もいるぐらい分かりにくい場所にあるんです。…この公園の意味、無いような気がしてきました。そんな公園を、なんでモモはこんなに早く見つけられたんでしょうか?モモの家からは、そこそこ離れているはずです。
「…まさか。モモさん、貴女が、政府にいるっていう噂の能力者…!」
「…あはは。政府の人間ってことはばれちゃったんだ。だよね、じゃないとあんなことしないよね」
あれあれ、なんだかモモ、雰囲気違くないですか?!グミちゃんも、心なしかピリピリしているようです。
「話を逸らさないでください!」
グミちゃんが大声を出します。モモは、微かにほほ笑みを浮かべます。
「そうだよ、グミちゃん…―――いいえ、Movementyと呼ぶべきかな?」
「…!!」
「ああ、やっぱりそうだったんだ。私ね、初めて会った時からそうじゃないかなって思ってたんだ」
ああ、状況についていけません。なんですか、むーぶめんてぃいって。二つ名的なアレですか。
「じゃあ、あなたはまさか…」
「自分で言うのも恥ずかしいね。多分、Movementy、貴女が想像している名前であってるよ」
「…空間把握能力者、Graspy」
え、なんですかその不穏な能力。空間把握ってことは、まさか、モモがここにたどり着いたのって…!?
「私の能力のお陰で、あなたたちの位置はいつでも分かる。一回触れた人なら、能力防護壁が無い限りどこにいても分かるよ。まあ、今回の場合は、ちょっとアミの能力に邪魔されちゃったけど」
「へ?」
なんでしたっけ、私の能力…。えっと、確か、正確な時間移動を助ける能力…?
「アミの能力は、正確な空間移動も可能なんだよ。その関係で、ちょっとだけ妨害されちゃったみたい。だから、トランプをしたときに私はMovementyに触れていたから、彼女の方をつたってきたの」
「っ…!」
グミちゃんが悔しそうな顔をします。それは、15歳のそれではなく、本当に心の底から憎んでいる敵に向けるような、そんな悔しさを表しているような感じがしました。
「そんなことよりさ、アミ、その子からちゃんと自分の能力についてみっちり聞かされていなかったの?その様子だと、私たちの事情は少しかじってたみたいだけれど」
「え、えっと…」
「ふふ、いい事教えてあげる」
「やめて下さい!」
グミちゃんはが、横から割り込みます。え、どうしたんですか、そんなに剣幕変えて?!
「Regiusはね、アミ、貴女を利用する気なの」
「違います!」
「貴女の能力、ちゃんと説明されてなかったでしょ?まだまだ、貴女に隠していること、いっぱいあるかもね?」
「いい加減にして下さい!」
そこから、少しだけ静寂が流れます。グミちゃんは、息が荒いです。
「…まあ、私はそんなこと、どうでもいいんだけどね」
「…へ?」
散々色々言ったのに?!さらに私を混乱させてるのに?!
「あ、あの!!も、モモ!」
「…なあに?」
「…あなたは、本当に…本当に、私の知っているモモなんですか?だれか、化けの皮をかぶっているんじゃないですか?…ねえ…」
信じたくありません。今までで、一番一緒にいて、居心地のよかった親友が、まさか、こんな…。絶対、嘘です。きっと、なにかの悪い冗談なんです。
「…―――化けの皮は、きっと今までの私」
…聞きたくありません。
「それに、私、モモって名前じゃないの。本名はね、優美っていうの。東城、優美」
…嘘です。
「さ、アミ。貴女は、政府側とRegius、どっちにつきたい?」
きっと、悪い夢なんです、これは…。
「…なあ、お前ら、これ以上亜美子巻き込むのやめろよ…」
拓海が何か言っています。ちょっと、しばらくみんな黙っていてくれませんか…。
「亜美子が傷ついているの分からないのかよ?!城田!直美!」
今、みんながどんな表情をしているかは、俯いている私には分かりません。
「…。…―――!」
前方から、公園の砂利を踏みしめる音がじゃっじゃっとします。きっと、モモが近づいてきているんでしょう。でも、今は割とどうでもいいです。
「あ、アミちゃん!」
「…私は、私の仕事をするだけ。…国家の秩序を保つため」
「…!させない!」
私の手を、がっしりと誰かが握ります。小さいです…グミちゃんですか?
「お、おい、城田、何をする気だよ!」
「こうなったら、むりやりでも政府に協力してもらう」
「お前正気かよ?!それでも人間か!?」
「…―――私たちは、…私は…」
モモの手が伸びてくるのが、視界の隅に写りました。その時、グミちゃんがなにかケータイのようなものを取りだしました。
「簡易防護壁、発動!」
「っ!」
視界の隅の手が、弾かれるように消えました。ずざざざ、と前方で音がしました。
「…私を一日に二回も跳ね飛ばすなんてね…」
「…アミちゃん」
となりで、ぼそっと声がしました。グミちゃんですね。
「…ごめんなさい、本当に、ごめんなさいっ…!」
そう言って、私の手をしっかりと握りしめました。
「…拓海さんも、巻き込んでしまってすいません。でも…この世界は、もう貴方にとって危険です。一緒に来て下さい」
「…は?」
グミちゃんは、私と拓海の手を両手で片方ずつ握っているようです。
「また会いましょう、Graspyさん」
「…そっちがその気ならね、時間遡行のMovementy」
その掛け合いが終わった後、私の、多分正確には私たちの視界が白く染まり始めました。ああ、きっとこれはグミちゃんの世界線に連れて行かれるんですね。…でも、今は、そんなことどうでもいいです。ただ、ゆっくり眠りたいです…―――。
私は、そこで、深い深い眠りへと落ちてしまったんです。