第二章 狂瀾怒濤(3)
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「ういーっす!…あれ、もう一人来るんじゃなかったっけ?」
「トモのこと?なんか、別の子にカラオケに誘われたらしくて、モモのとこには行けなくなったんだって」
午前中だけの授業が終わって、拓海と合流しました。今は一時ぐらい。トモは、やっぱり来るのをやめたみたいです。行かなくなるような気は薄々してたんですけどね。あの人たちは基本その場のノリで生きていますからね。
「ラッキー!亜美子と二人っきりじゃーん!」
「はいはい、モモのところに行ったら三人きりだね。早く行くよ」
「おっけー!」
本当に調子のいいやつです。昔からこのふざけた感じは変わりませんね。まあ、それでこそ拓海なんでしょうけど。自転車を引いて歩きながらそんなことを考え、10センチ以上は大きい拓海を見上げました。無駄にでかいですね、もうすぐ180㎝いくんじゃないですか?
「ん?なになに?」
「いや、無駄に成長してるなって」
「わーい亜美子が身長高いってほめてくれたー!うれしー」
まるで、ずっと子供みたいです。昔からあまり成長していないように感じます。
その後、旅行に行くならどこか、というくだらない話をしていたら、モモの家の前に着きました。
「えーっと、確か今朝城田はチャイム鳴らしても出なかったんだっけ?」
「うん、多分玄関にでるのもめんどくさいぐらい具合悪いのかも。モモって滅多に風邪引かないんだけど…」
「それは確かに心配だ」
あれ、えらく拓海が真面目ですね。
「拓海が真面目なんて珍しいね」
「はー?俺はいっつも真面目なんだけどー」
意味が分かりません。
まあ、そんなことより、今こそは、モモにちゃんと玄関を開けてもらいますよ!気合を入れてチャイムを鳴らします!
「………出ないね」
「出てこないな」
今朝と同じく、無反応です。
「もう、なんでモモ出てくれないの…!」
もしかしたら、中で倒れているかも、という最悪な状態が一瞬思い浮かびました。思わず、玄関のドアノブを捻ります。って、あれ?!
「あ、開いた…?!」
「うわ、鍵あけっぱじゃん!城田って意外と不用心!あっぶね!」
いや、注目すべきとこはそこじゃありません。
「どうしよう、中入っていいのかな…?」
「うーん、何があるか分かんないし、俺一応先に中入って確認してこようか?」
拓海はそう言うと、私の返事も待たずにずけずけと中へはいって行きました。
「うわ、ちょっと待ってよ!もしモモが着替え中とかだったらどうするの!」
「それはその時だ。もし泥棒でも入ってたら、亜美子が危ないだろ?」
あれ、拓海って意外としっかり考える方なんですね。おちゃらけたイメージがこびりついていて仕方ないですからね。でも、確かに昔から妙な所だけしっかりしてますけど。
「拓海ー、モモいたー?」
「ちょいまち、まだ廊下」
どうやらゆっくりゆっくり進んでいるみたいです。ドアは半開きなので、中は薄暗くてよく見えません。ドアを内側から軽く支えた状態で、私は待つことにしました。
「モモ…大丈夫かな…」
ほら、サスペンスとかでよくあるじゃないですか。家に行ってみて、鍵がかかってないと思ったら、中で人が死んでた…!みたいなのです。モモに限って、そんなものに巻き込まれることはないんでしょうけど。…無いですよね?
そのときです。
誰かが、私の口を手で塞ぎました。ついでに、おなかに腕をまわされて拘束されてしまいました。
「…?!」
これは、見事に声がでませんね。鼻呼吸が滞りなく出来ることに感謝しなきゃいけませんね。
って、そんなことよりです!
誰ですか!手のサイズ的には、男の人ではないようです。私と同じぐらい…?ということは、多分振りほどけるはず、です!岸森亜美子、人生最大の本気、いきますよ!
…って、ちょ!なんですか、この馬鹿力は!ほどけません!後ろも向けないので、相手の顔も分かりません。やばいです、これは、多分とてつもなく人生最大のピンチです!せめて、拓海が気づいてくれれば…!
「おーい、亜美子ー?誰もいないみたいだぞー?」
「!!…んー!!」
この馬鹿拓海!!気づいて下さい!
「亜美子ー?どうした?返事がないぞただの屍かー?」
全く、役に立たないです!こんな時にまでふざけて!
って、ちょっと、私を拘束してる誰か、私を引きずって行こうとしないでください!やめてくださいしんでしまいます!咄嗟に私は足元にあったモモの家の扉を激しく蹴ってやりました!
「おい、亜美子?どうしたんだよ、思いっきりドアなんか蹴って」
そこで、引きずられすぎて、私が支えていたドアがガチャンと締まりました。
「亜美子?!おい、亜美子!」
そこで、ちょっとなんだか変だと思った拓海が、どたどたとモモの家の廊下を走る音が聞こえてきました。やった!これで勝つるですね!
「っ!」
後ろで、舌打ちした音が聞こえました。引きずりさん(仮)でいいですかね。これはきっと検索しなきゃ誰か正体がわからないんですね。引きずりさん(仮)は、拓海が走ってくる音を聞きつけてか、引きずるスピードを速めだしました。まずいですね。私も、なんとか足を地面に付けて抵抗しますが、ぐんぐん引きずりさん(仮)の勢いは強まるばかりです。ちょっと、そろそろ流石にやめてください!
「亜美子!」
やっとここで拓海が玄関から顔を出しました。そして、私の方を向いて、血相を変えます。
「亜美子!…と、え、っちょ…?は?」
一瞬、引きずりさん(仮)の動きが止まりました。拓海と目を合わせているようですね。拓海は、なんだかUMAでも発見してしまったかのような顔をしています。
「え……なんで、城田が?」
…え?引きずりさん(仮)は………え?
相手の力が緩んでいる隙に、私はがばっと後ろを振り向きました。
そこには、見たこともないような顔をしているモモがいました。絶望と、焦りと、戦慄を混ぜ合わせたような表情です。引きずりさん(確定)です。検索は不要です。
「モモ…?なんで、こんなこと…?」
も、モモなりのジョークですよね?そうですよね?
「…こうなったら、…―――仕方ない」
そう言うと、私の拘束を解かないまま、拓海になにかを向けました。向けた手に握られているのは…へ、拳銃?!
「ちょっと、気を失ってもらって、ついでに、少し記憶も、消えるだけ。…―――ごめんね、アミ」
冷酷な声と、戸惑ったような声で、そうモモは言いました。どういう意味の謝罪ですか、それは!そんな言葉より、その手をおろしてほしいのです!洒落になりません!
「え、ちょっと、どういうことだよ、城田!やめて、俺死ぬの?!」
「話を聞いていなかったの?じゃあね」
モモがそう言って、引き金を引いた時です。
強い衝撃が、私に伝わりました。
正確に言うと、私とモモに、でしょうけど。
私とモモは、その場に倒れこみました。あ、拘束が解けています!
「…あれ?俺、生きてる!やったね!…亜美子!大丈夫か?!」
拓海が駆け寄ってきます。
「…アミちゃん!」
真横からそう声がして、振り向くと、なぜかグミちゃんがいます。今にも泣きそうな顔です。…もしかして、グミちゃんが助けてくれたんでしょうか?
「グミちゃん、もしかして…」
「そうです、はい、もう、…―――とにかく…ここから、逃げましょう!」
なんだか、説明している暇はない、といった様子ですね。グミちゃんは、私の手を取りました。
「え、ちょっと、亜美子、その女の子誰?!」
あ、拓海の存在を少し忘れかけていました。
「いいから、一緒に来る!」
説明なんて後です。とりあえず、ここから離れた方がよさそうです。
「うっ…」
モモは、まだうつ伏せになって倒れています。私の方に、目だけ向けていました。
「あ、アミ…」
心苦しいです。
「アミちゃん!ほら、早く!」
尋常じゃないぐらい焦っているグミちゃんに手を引かれ、私は疑問と疑問と疑問だけを残して、その場を去りました。