第二章 狂瀾怒濤(1)
とてもいい朝ですね。外は秋晴れです。
今、私は朝ごはんを作っています。今朝の献立は、ちょっと簡単に食パンと目玉焼きとインスタントのコーンスープです。忙しい朝ですので、やっぱりインスタントは欠かせませんね。
…ということを考えながら、少し現実逃避していました。
目玉焼きを焼きながら、私は昨日グミちゃんに言われたことについて考えていました。
「…グミちゃんのいた世界線に、私が必要とされてる、ってことでいいのかな…?」
料理が少し得意なことを除けば、なんの取り柄もない私です。昨日の話、私は多分完全には理解できていないでしょう。でも、こんな私が、どこかで必要とされているなら、役に立ちたいと、本当に思うのです。一晩ちゃんと考えたから、きっとこの気持ちは本当です。
「…お、おはようございます」
あ、グミちゃんが起きてきました。寝起きのはずなのにしっかり目が開いていて、きっと寝起きがいいんですね!羨ましいです。
「おはよう、グミちゃん!そこ座ってて」
グミちゃんは、言われた通りちゃぶ台の前にすとんと腰を下ろしました。私は、出来上がった料理をそこへ運んでいきます。
「さ、食べよう!いただきまーす!」
「い、いただきます」
…なんだか、グミちゃんの様子が変なように感じるんです。なにかを、恐れているような。
「…グミちゃん?どうかしたの?」
「へ?!い、いや、その、あの」
やっぱりなにかあるんですね。
「どうしたの?なんだか、今朝は様子がおかしいみたいだけど…」
「…う、ううん、なんでもないんです!えっと、気にしないで、下さい…」
うーん、気にするな、ですか。よけい気になっちゃうじゃないですか。まあ、このぐらいの年頃です、言いたくないこともあるんでしょう。気にしないことにしておきます。
あ、そうだ、グミちゃんに聞きたいことを聞きそびれるところでした。
「ねえ、グミちゃん。ところで、そのグミちゃんのいた世界線って、いつ行くつもりなの?私、ついていかなきゃなんないんでしょ?」
「あ、そ、そうですね。それについて説明しないと。別の世界線に行っている間の、今いる世界の時間の経過のしかたについても説明します」
グミちゃんは、目玉焼きを食べるのを一旦やめて私のほうをまっすぐ向きます。
「別の世界にいっている間、この世界の時間は別の世界で一週間すごしたら、一分ぐらいしか過ぎない計算になります。ちなみに、この世界からは一旦存在は消えてしまいます」
なるほど。向こうの世界に行って一週間過ごしても、ここでは一分しか経ってないんですね。なんだかすごく良心的な感じですね。
「だから、時間移動するなら、休日をおすすめします。そしたら、今の生活にもあまり支障をきたさないと思います」
なるほどー。一週間過ごして一分なら、向こうで一か月過ごしても、こっちでは四分しか経たないですしね!なんなら、一年過ごしちゃってもこっちでは48分。約一時間。うん、素晴らしいですね。
「だからといって、ゆっくりしたくなるような世界ではないと思います。それは、肝に銘じていて下さい」
は、はい。昨日の説明で、多分なんだかものすごい世界だってことだけは分かりました。きっと、この世界の常識はあまり通用しないんでしょうね。なんだか大変っぽいですね。でも…私が必要とされているなら、頑張りますよ!
「えっとーじゃあ、グミちゃん、今日は土曜日で午前中学校あるけどさ、あした日曜日だから明日行く?」
「え、なんですか、その軽さ。アミちゃん、それで本当に大丈夫なんですか?」
え、なんですか。そんなに怖い世界に私連れて行かれるんですか。…確かに、遊ぶ約束をするノリで言ってしまった感はありますけどね。
「うん、大丈夫だよ。私ちょっと鈍くさいけど、グミちゃん、守ってくれるんでしょ?」
「…へ?!…えっと、えっと、もちろんそういうことになるんですけど、やっぱりある程度は自分で心構え、してほしい、なって…」
あれ、グミちゃん照れてますか?なんだかかわいいですね!なでなでしてあげたくなっちゃいます。
「…あ!時間やばい!ごめんグミちゃん、私そろそろ学校行ってくるね!」
私は急いで残りのコーンスープを口に流し込みました。と同時に、けたたましいチャイム音が…あれ?なりませんね。モモ、いつもこの時間に来るのに…?
「あれ、おかしいな…まあいいや、行ってきます!」
きっと、モモも寝坊することがあるんでしょう!学校に行く途中にモモの家はあるので、行く途中に寄ってあげますか!
「行ってらっしゃい、アミちゃん」
グミちゃんがそう言ってくれました。かわいい!
「お昼ご飯は、冷蔵庫に入れてるから、昨日と同じようにチンしてね!じゃ!」
そう言い残すと、私はどたばたと家をでました。家を出る瞬間、グミちゃんのほうをちらりと見たら、なんだか不安そうな顔をしていたけど、きっと気のせいですよね!
モモの住んでるアパート前に来て、チャイムを鳴らしたけど、一向に人がでてくる気配がありません。
「…モモって、家族いたっけ?」
…ううん、そんな話聞いたことありません。そういえば、一人暮らししてるって言っていたような気もします。
「うーん…。時間ないし、学校帰りにもう一回来よう…」
諦めて学校へと急ぎます。もしかしたら、モモに限ってそんなことないでしょうけど、風邪をひいて寝込んでいるかもしれません。そしたら、なにかおかゆでも作ってあげなきゃいけませんね。登校中にできる技ではありません。
その時です。なにか、後ろに視線を感じたのです。ばっと振り向きますが、もちろん誰もいません。人通りがあまり多い町ではないし、今日は土曜日だから小中学生は休みのはずで、本当に人はいないはずです。私の背後には、さっきたずねたモモの住んでいるアパートとコンビニぐらいしかないです。
「…?気のせい、かな…?」
そんなことより時間がありません、学校へ急がないと!私は自転車を飛ばし始めました。
しばらくしたところで、徒歩で信号待ちをしている友達の智子…通称トモに会いました。
「トモ!おはよう」
「あ、アミおはよう!…あれ、モモは?いつも一緒じゃん」
私は自転車から降りて徒歩のトモに合わせます。
「それが、家に行ってみてもなんの音沙汰もなくって…」
なんか音沙汰の使い方が違う気がしますが、気にしません。
「えー、それヤバくない?!無遅刻無欠席のモモがそんなって!なんか超ヤバい事件っぽいんだけど!」
え、やっぱりそう思っちゃいますか?ですよね、休むなんて字が思い浮かばなさそうなモモですもん。
「ね、アミ!学校終わったらモモんとこ一緒に行ってあげ…行こう!ちょっと興味が…ってか、心配だし!別に好奇心とかじゃないし!」
「あー私も行こうと思ってたからちょうどいいね、行こう行こう」
心配もしているけど、大半は好奇心なんですね分かります。
まあそうですよね、モモはクラスの中では少しだけ浮いた存在ですもんね。なんというか、浮世離れしているというか。まるで異世界…―――――あれ?
…モモって、なんだかグミちゃんと似たようなオーラ、あるような…?
「ま、気のせい、だよね…?」
「え、何が気のせいなの?!」
「へ?!い、いや、なんでもないよ、それと急がなきゃ遅刻しちゃうよ!」
「あ、ほんとだ!ヤバい、走ろう!」
トモはダッシュをかけたので、私は自転車に乗りなおして、トモを追い越して先に行くことにしました。情を捨てないと本当に遅刻しそうな時間だったんです。
「…やっぱりモモ、欠席かあ」
モモは欠席みたいです。なんで!…まあ、今日トモを引き連れて帰りがけに無理やり家に押し入って確認するしかなさそうですね。ま、トイレにでもいって気分転換してきましょう。学校でできる唯一の気分転換です。
「あれ、亜美子じゃん!城田知らない?」
廊下でいきなりそう話しかけてきたのは…よりにもよって、腐れ縁の幼馴染です。人物紹介もめんどくさいです。
「…今日はモモは休みだよ、拓海」
彼は守田拓海。幼稚園から今までずっと同じ学校です。
「いやーさー、俺城田と同じ美化委員会なんだけどさ、プリント渡そうとしたらいなくってさー!で、お前探してたわけ!」
こっちの気もしらないでなんだかうるさいやつですね。…あれ、そういえば拓海の名字はグミちゃんと一緒ですね。…なんだかすっごく嫌な奇遇ですね。グミちゃんがかわいそうです。グミちゃんに謝ってほしい気分ですね。さすがにちょっと理不尽ですかね。
「じゃあ、プリントちょうだい。帰り、モモの家よって渡すから」
「はいはーい。…あ、俺も一緒行こうか?」
「はあ?!」
全く、とんでもないことを言い出す奴です。
「別にいいけどさ…トモも一緒に来るよ?」
「いいよいいよ、お前と一緒にいけるなら!」
拓海はこの類の冗談が好きなようで、昔からそんなことばっかり言って私をからかってきます。
「またそんなこと言って。じゃあ、放課後ね」
「ういーっす!下駄箱で待ってるからな!」
拓海はそう言って自分のクラスに戻っていきました。はあ、なんだかせわしないやつですね。拓海と話していたら時間がなくなったので、トイレは諦めて教室に戻ることにします。