虹色の戦争、のようです
青色の空に神様が来て 願いを一つ叶えるなら
花や虫は 何を願うのだろう?
青色の空に神様が来て願いを一つ叶えるなら
僕らの命の炎は…
ここは日本、とある主要都市。
「暑い…なぁ。」
河原を歩きながらそうぼやくのは、美附高校に通うごくごく普通の男子高校生、男。
彼は苛立っていた。
理由は簡単。暑いから。
「暑ぃんだよ…くそっ!!」
近くに生えていた雑草を蹴飛ばした。千切れた雑草は風に流されて川の方へふわふわと飛んでいく。
すると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「うおっ!!」
突然のことに驚き、あわてて振り返る。
そこには見覚えのある顔。
「何ボーッとしてんの?」
同じクラスの幼馴染だ。家が近く、小さいころはよく遊んだ。小中高と同じ学校になり、なぜかは分からないが、小学校から一度もクラスが離れたことがない。
「なんだ、お前か…。」
「なんだとは何よ、がっかりしたような言い方して」
「がっかりしたもん」
「……痛ぇ」
幼馴染から綺麗な右ストレートをもらい、後ろに倒れかけた。
顔がズキズキ痛む。
「あんたが失礼なこと言うからよ!!」
「事実じゃねーか…俺はもっとこう…かわいい女の子との出会いを…」
「なんか言った?」
「なんでもございません」
やれやれ、といったように首をすくめる。
幼馴染はどこか得意げそうである。
「今帰りでしょ?一緒帰ろうよ」
「へいへい」
「…何よ、この可愛い可愛い幼馴染ちゃんが一緒に帰ってあげようって言ってるのに不満そうね」
「どの口が言ってんだそれ」
「…もう一発欲しいか?」右手をぐっと握って自分の顔の前に構えた。
「ごめんなさい」
こんな会話が日常茶飯事である。
小さいころから同じことをしてくると、こうも自然な気持ちになれるのだろうか。
すたすたと前を歩く幼馴染の長い黒髪が風で揺れている。
相変わらず綺麗な髪だ、と思う。
小さいころから変わらない、さらさらとした髪。
「男ー!!遅いぞー!!」
こっちに笑顔を向けて、ちぎれんばかりに手を振ってくる。
「お前が早いんだよ!!」
小走りで追いかける。一応陸上部なので、体力や足の速さにはそこそこ自信がある。
もっとも、ここ最近はめっきりサボりがちで幽霊部員になりつつあるのだが。
いつのまにか家の近くまで歩いた。
「じゃあ、あたしこっちだから!!また明日ね!!」
「おーう」
手を振り返し、家路につく。
今日の晩御飯は何だろう。
高校生にもなってこんなことを考えるのは変だろうかと自問し、苦笑いする。
---- 平和は、よかった。本当に。
次の日の朝。
携帯のアラームの音で目が覚めた。
「あー、眠い…」
目をこすりながら布団から起きだし、ハンガーにかけてあった制服に着替えた。
自室は2階にあるので、何とも急な階段をひょこひょこと降りると、母親が声をかけた。
「あら、おはよう。今日も早いね、ご飯できてるよー」
「おーう」
気の抜けた返事を返し、目玉焼きと味噌汁を食べた。
和と洋が混じったこの朝食はいつものことで、当の母親いわく、『和洋折衷』らしい。
「んじゃ、行ってきます」
玄関を出て、学校へ向かった。
「おーう、男。朝から暑いよなぁ」
既に額にわずかな汗をかいている友が声をかけてきた。
「いい加減にしてほしいよな…」
答えて言った。
「神様ぁー!いるんならなんとかしてくれー!」
「恥ずかしいからやめろバカ」
友の頭を軽く小突いて叫ぶのをやめさせた。
「痛ぇなぁ、しかしホントに…」
「こればっかりはどうしようもないことだ」
二人同時に肩を落とした。
学校の靴箱に行くと、よく見た顔に会った。
「あー、おはよう男!」
「おう、朝から元気いいなお前」
「こればっかりが取り柄なもので(笑)」
「はいはいわろすわろす」
「お前らの仲がうらやましいぜ…」
後ろから友の悲痛なため息が聞こえてきたがまぁ気にしないでおこう。
そんなグダグダの会話をしながら教室に入り、クラスメイトと挨拶を交わし、授業を受ける。
そんな当たり前の日々が壊れたのは、2012年、12月。
それは、3限目の国語の授業の時間。
くたびれたカラスのような年配の先生がぼそぼそと何かをしゃべっている中、生徒たちにやる気は見られない。
机の下で携帯をいじったり、近くの人と会話をしていたり、はたまた寝ていたり。
そんな中、突然どこからともなく聞こえた音。
錆びついた鉄琴を叩いたような、金属音。
「ピンポンパンポーン!テステス、マイクテース!」
垢ぬけた子供のような、それでいて大人びた、何ともふざけた声が天から響いた。
「何だ?」
クラスがざわつく。
「あー、落ち着け、静かにしろー」
先生の注意も虚しく、騒ぎは収まらない。
垢ぬけた声は続けた。
「てめーら人間は動物を殺しすぎた!植物を殺しすぎた!」
「てめーらが一番よく分かってんよなぁ!?」
「よって今から粛清する!」
「今から起こるのは人間と人間以外の生き物の戦争だ!」
「てめーら人間を殺すために全ての動物が!植物が!てめーら人間を襲う!」
「死にたくなければ生き残ってみやがれ!どんだけ数が減るか楽しみだ!」
「以上だ!」
ブツッという音とともに、声はぱたりと止んだ。
窓から見える銀杏の太い木の枝に心臓を貫かれるクラスメイトを視たのは、その直後であった。
「あ…がぁ…」
どさり、と倒れる、かつて人だったもの。
「えっ?」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
目の前のよく知るクラスメイトが、血を流して倒れた。
その心臓から、生きているかのような動きで太い枝がずるりと抜けた。
枝はなおもずるずると動いている。
「う…うぅ…」
うわあぁぁぁあぁぁぁあぁ!!!!
なんと傲慢でなんと非力な人間の叫びとともに、その戦争は開戦した。
男は、パニック状態の教室に漠然と立っていた。
幼馴染が何か叫んでいるような気がしたが、それどころではないのだ。
男のすぐ近くで、窓から入ってきた2本目の木の枝が、クラスメイトの目をえぐるようにして貫いた。
血を流し、そのまま男の方にどたりと倒れる。
既に、息はない。
「男っ!」
後ろから幼馴染に突き飛ばされ、横に倒れる。
先ほどまで自分の心臓があったであろう場所を、先の尖った太い枝が信じられない速度で通り過ぎて行った。
「危ないよ、ねぇ、逃げよう!?」
「あ、あぁ…」
幼馴染の支えを受けてふらふらと立ち上がる。
木の枝はなおも蛇のようにずるずると動いている。
ふと外を見ると、枝のつながっている銀杏の木が見えた。
「早く!急いで!」
幼馴染が叫ぶ。
教室の外に出て、勢いよくドアを閉める。
その直後、ドアに重い何かがぶち当たるように、ズドンと重々しい音が響き、振動が伝わってきた。
おそらく、あの枝であろう。
教室から這うようにして靴箱から外に逃げ出た。
「何だよ…何なんだよ…」
「そんなの分かんないよ!でも、逃げなきゃなのは確かでしょ!?」
ヒュ、と耳元で風音が聞こえた。
尖った枝が、すぐ横の地面にズドン、と突き刺さった。
「…は?」