パンプキーナちゃんと火竜狩り
街の大通りを一人、オレンジ色のかぼちゃ頭が歩いています。
私の愛しのパンプキーナちゃんです。凛と歩くその姿は惚れ惚れするほど美しいです。
え、どうしてそんな人が通りを歩いているのかですって? この街では当たり前のことなんです。この街には人狼も幽霊も吸血鬼もいます。みんなハロウィンだけの仮装でも何でもありません。正真正銘彼らの姿です。でも、本来の姿とは違いますよ? 呪いか祝福か運命か望みか、彼らは今の姿、“不死者”になるんです。この街にはそういう人かいません。普通の人間が住むにはかなりいかれた街ですから。
あらパンプキーナちゃん、人間に――住むのは難しくても立ち入るのは簡単なので人間はよくいます――絡まれてしまいました。彼らは冒険者でしょう。この街は外から見ればモンスターのうようよいるただの街。レベル稼ぎや狩りにはもってこいなのです。
もっとも、パンプキーナちゃんが冒険者如きに負けるわけはありません。
パンプキーナちゃんは問答無用で攻撃されて気分を悪くしたようです。そして手に持ったランタンから一メートル半前後の剣を抜き、重さを感じさせない速さで冒険者たちを薙ぎ払いました。
実はパンプキーナちゃん、武闘派なんです。
吹っ飛ばされた冒険者たちは「魔法使いっぽい格好してるのにバスタードソード!?」とか言ってます。姿で中身が決まるわけではありません。世の中には人狼の魔術師だっているんですよ。
パンプキーナちゃんは痛みで呻いている冒険者たちにいきなり攻撃してくるな、マナーがない等とお説教しています。剣でしたが今のは刃が潰れていたのでただの鈍器なので、体は真っ二つにはなっていません。命拾いしましたね。
お説教された冒険者たちはしゅんとして帰って行きました。マナーのレベルは上がったのだからここに来たことは無駄にはなりません。
ふとパンプキーナちゃんがこちらを見ました。私に気付いてくれたようです。
パンプキーナちゃんが近付いてきました。ああ、本当に美しい。
「すまぬがおぬし、そろそろストーキングは止めてもらえぬか?」
パンプキーナちゃんは極東的の古風な口調なのです。西洋的な姿とのギャップがいいですね。萌ポイントです。
「話を聞いておるのか。まあ拙者が逃げれば良い話なのだが。それよりおぬしは淫魔であろう。拙者はおぬしの対象にはなれぬはずだぞ」
好きになることに性別は関係ないのです。
「そういうことではない。おぬしが生きていくには男が」
パンプキーナちゃん、私を心配してくれるんですね。誉れなことです。大丈夫、テキトーに食事はしていますから。
「てきとうでは駄目だ。傾向とはいえおぬしは女子であるのだから」
それよりパンプキーナちゃん、そろそろ依頼人との待ち合わせの時間ですよ。
「本当か! いや、何故おぬしが知っいる!?」
パンプキーナちゃんのことなら何でも知っていますわ。
「……もうよい。でも仕事にはついてくるな。おぬしのような女子が行く場所ではない」
そういうとパンプキーナちゃんは去って行きました。
紳士ですね。自分も女の子のくせして。その性格はもう可愛すぎです。
さて、私もパンプキーナちゃんについて行きましょうか。
「思っておった。絶対来ると思っておった」
パンプキーナちゃんが大きな頭を抱え込みました。
ここは街から一日ほど歩いた小火山です。この小火山には火竜の巣があって近くの村や街道を通る人が困っているようなのです。つまり今回の依頼は火竜狩りですね。
「来るなと言ったであろう。ここは危険な場所だ。おぬしを守っていられるほどの余裕は持てん」
言いながら巣の見回りをしている下級竜を斬り伏せます。十分余裕はあるようです。それにパンプキーナちゃんの邪魔にならないよう“隠れマント(80,000G)”も持ってきたので下級竜ぐらいなら私に気付きません。火竜には無意味ですけどね。
「もう仕方がない。拙者の傍を離れるなよ」
も・ち・ろ・ん・で・す!!!! 一生離れません。
「……行くか」
ふふ、剣技だけでなくスルースキルも上がってますね、パンプキーナちゃん。私はスルーされたところで何の問題もありません。むしろごちそうさまです。
パンプキーナちゃんと私は巣の奥へとずんずん進んでいきます。大体の火竜は火口付近に居座っているのです。
パンプキーナちゃんが剣を振るい、私も謙遜ながら氷魔法で下級竜を凍らせ砕いていきます。私だって戦う術は持っていますよ。
一時間ほど歩いたところで火口が、というよりそこに居座る火竜が見えてきました。大きさは火竜の基準より少し大きいくらいでしょうか。
火竜から死角になる岩場でこっそりと様子をうかがいます。どうやら食後のお昼寝の最中みたいです。周りに散らばっているものから今日のご飯は街道を通っていた哀れな商隊です。
この場合不意打ちが出来ますが、パンプキーナちゃんは一味違います。
「我が名はパンプキーナ! その命頂戴いたす!」
パンプキーナちゃんは高らかに宣言し火竜に斬りかかりました。その速さゆえ火竜の動く前にその攻撃は当たりましたが、普通の人間ならまず無理でしょう。ブーイングの嵐ですよ。ですが私はむしろ感心します。自分の信念を曲げず、どんな相手にもちゃんと宣言してから攻撃する。それでいて強力な一撃を与えるのですから素晴らしいことです。
私はパンプキーナちゃんの剣に氷の属性を付与します。火竜に対し大ダメージを与えられるのは高密度の氷属性なのです。私はありったけの魔力を使いパンプキーナちゃんの剣を強化しました。私のちっぽけな力では出し惜しみしないで使わないと、あの火竜に対して有効にならないのです。
パンプキーナちゃんは短く感謝してくれると火竜に躍り掛かりました。それを見て私は火竜の攻撃が届かない範囲まで退散します。魔力をなくした今私にできることは一つを除いてありません。
火竜との戦闘はもちろん危険です。ほとんどの狩人は仲間と一緒に戦うので、一人で戦うなど正気の沙汰ではありません。
でもパンプキーナちゃんは一人で戦っています。パンプキーナちゃんの実力ならあの火竜にも競り勝てるでしょう。しかしパンプキーナちゃんには私という庇護対象がいます。私は邪魔なのです。
今になって後悔の念が押し寄せてきました。パンプキーナちゃんの邪魔なんてしたくありません。
「くっ!」
パンプキーナちゃんが辛そうに漏らすのが聞き取れました。見れば火竜の鋭い爪で服が切り裂かれ、微かに血も確認できます。場所もさっきより私のいる場所に近くなっていました。どうやら火竜は弱い私を先に狙い、それをパンプキーナちゃんがかばってくれたみたいです。
ああ、もう嫌です。パンプキーナちゃんが苦しむところなど見たくありません。しかも自分のせいだなんて。
私は首にかかったネックレス型のランタンを握りしめます。そして蝙蝠のような羽を使い火竜へと飛び乗りました。淫魔というものは相手の精力を奪い弱らせる化け物です。私にもその力はあります。
火竜の心臓があるあたりに座りこみランタンを引きちぎりました。このランタンの中には私たち不死者となった者たちの魂が入っています。その魂を解放し消費することによって私たちはさらに人外的な力を得ます。化け物に近付くのをその代償として。
あは、気分が高揚します。魂を消費したおかげで火竜の鱗から発せられる熱も振り落とそうとするめちゃくちゃな力も気になりません。代わりに火竜の強大なエネルギーが私に入ってきます。あああ気持ちー。
「リリア……すまない。すぐ片づける」
そういってパンプキーナちゃんもブレスレットになっていたランタンを引きちぎりました。途端膨大な力がパンプキーナちゃんを中心に渦巻きます。でも恐ろしくとも怖くともありません。まるで家の灯りのような温かく安心できる力。それに当てられ、狂いそうだった私は落ち着きを取り戻し始めました。
しかし火竜はそうではありません。あまりにも強い力を感じた火竜は我を忘れ暴れ出しました。鋭く固い爪で引っ掻き、鞭のようにしなやかな尾で薙ぎ払う。さらには地面さえ溶かしてしまう炎のブレスで辺り一面を焼きつくしました。どのような生き物も、たとえ火竜と同等の力を持つ他の竜でさえもためらってしまうような惨状に私は思わず目をつぶってしまいました。
火竜が大きく長い咆哮をします。勝利の宣言でしょうか。
ですがそれは、あまりにも簡単に途切れました。
一瞬の、剣が振るわれた音。それは二度三と続いていきます。
目を開きました。見えるのは切断された火竜の鱗に肉片、そして烏の濡れ羽のように黒く光沢のある髪を持つ美しい女性。
「世話をかけた」
女性はそういうと私を火竜から引き離しました。甘い香りがします。
力尽きた私は火竜が崩れ落ちる音を背後で聞きながら意識を失いました。
あれから街に戻ってきて私は幽霊の医者に預けられました。そんなに魂を消費していなかったのでまだ化け物に堕ちる心配はないということです。
私は貢ぎに来た人たちから少しずつ精力を分けてもらい三日ほどで完全回復しました。パンプキーナちゃんもお見舞いに来てくれました。手作りのお菓子付きです。
そういえばパンプキーナちゃんがお見舞いに来てくれた時、少しそわそわしていたのでお引越しでもしたのでしょう。この街で移動できるところは限られているのでパンプキーナちゃんが帰ってくるまでに探し出しておきます。
パンプキーナちゃんは今新しい依頼を受けて街を離れています。難しそうな顔をしていたので火竜狩りより危険なことか、もしくは不死者を元に戻すための情報が手に入ったのか。どちらにしても無事に帰って来てくれることを願います。貞操も。
だって、パーティ組んだのがこの街で一番のナンパ野郎ですよ? 心配しかありませんよ。特に魂を解放した時のあの姿を見られでもしたら……考えただけで殺します。
やっぱり私も行ってきますね。どこの方に行ったのかは知ってますから。ナンパ野郎には負けません。
ではこれから強行で追いかけるので、これにて失礼いたします。