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第2章 想いはなかなか伝わらない 3

 翌日、睦美は学校を休んだ。朝食の席で、睦美がおなかが痛いから学校を休むと母さんに言うと、

「本当に?」

 母さんは疑いの目を睦美に向ける。

「ほ、本当だって!」

「ウソね。目を見ればわかるわ。睦美、いつもなら私の目を見て話すのに、ウソをついてるときは目を逸らすのよ。自分では気がついてないかもしれないけどね」

「そんな……」

「ウソでしょう」

「……はい」

 あっさりバレた。しかし、母さんは怒っているようには見えない。

「で、どうするの。休むの?」

「へ? いいの?」

 予想外の答えに、睦美が驚く。普段厳しい母さんがあっさり仮病を許してくれるとは、確かに意外だ。

「ま、誰だってたまには学校に行きたくない日くらいあるわよ。母さんもそうだったし。学校にも電話しておいてあげる。でも、明日は学校に行くこと! いいわね」

「……はい」


 母さんが仕事に出かけたので、睦美は一人で一日ひきこもることになった。パジャマ姿のままでワイドショーを見たり、テレビゲームをしたり、昼食にレトルトカレーを食べながらバラエティ番組を見てケラケラ笑ったり。睦美から離れられない俺も仕方なく家に閉じこもっていたが、たまにはこういうのもいいかもしれない。久しぶりの兄妹水入らずだ。

 ただ、ときどき思い出したように辛そうな表情を浮かべるのが気になった。やはりずる休みなんてするつもりになったのは、野球部に顔を出しにくいからだろうか。

 しかし今日一日休んだからといって、問題は何も解決しない。学校に行かないのは逃避に過ぎない。十和田と話し合わなければ。それがわかっているのか、睦美は。

 午後四時過ぎ、チャイムが鳴った。睦美がパジャマ姿のままで玄関に向かう。おいおい、はしたない! 

 ドアを少し開けて、客の姿を確認する。ドアの隙間の向こうには見慣れた顔があった。津軽さんだった。


「むっちゃんのお家に来るのは初めてね」

「そういえばそうだね」

 睦美の部屋で紅茶を飲みながら、二人が話している。学校帰りにそのまま来たのだろう、津軽さんは制服姿のままだ。

「はい、これが中間試験の範囲。藤崎さんは今日も部活だから、私が届けにきたの」

 そう言って、津軽さんはプリントを睦美に渡す。

「ありがとう!」

 そうか、明日から中間テストの試験期間に入るのか。

「むっちゃん、急に休むから心配していたのだけれど……意外と元気そうで良かったわ。あら、これおいしい」

 睦美の淹れた紅茶に口をつけた後で津軽さんが言った。

「そうかな、けっこうしんどいんだよ。ごほっごほっ」

 睦美がわざとらしく咳き込む。

「……仮病?」

「あ、わかっちゃう?」

「わかるわ。……でも、なぜ? なにかあったの?」

「ちょっと、先輩のマネージャーといざこざがあってね」

「十和田さん……だったかしら?」

 十和田の名前を津軽さんが出すと、睦美は驚いたようだ。

「な、なんで冥紗ちゃんが知ってるの、先輩のこと」

 まさか俺から聞いたとは言えないだろう。どうするのかと思ったが、津軽さんは全く動じなかった。

「秘密の情報網があるの」

「そ、そうなんだ……」

 その一言で睦美を納得させるだけの雰囲気を持っている津軽さんもすごいな。

「それで、その先輩とうまくいかないから休んだ、と。でも今日だけ休んでも仕方なくない? 根本的な解決にはならないわよ」

 俺の思っていたことを津軽さんが言ってくれる。

「それはわかってる。でもまあ、とりあえず今日一日休んじゃえば明日から試験期間で一週間は部活がお休みになるから、その間にほとぼりが冷めるかもしれないし、いろいろ自分でも考えたいこともあるし。時間が欲しかったの。ずるいかもしれないけど」

「そう。大丈夫なの? 話してくれたら楽になるわよ?」

「ごめん、冥紗ちゃん。あたしだけの問題だから。人に話す問題じゃないから……」

「そう。気にしないで。そういうことはあるわ」

 睦美は誰にも話すつもりはないのか。俺は一体どうすれば……。

と、津軽さんがこちらを見ていることに気付いた。何か言いたそうな目をしている。津軽さんは立ち上がると、

「ごめんなさい、お手洗い貸してくれる?」

「うん、いいよ」

 睦美からトイレの場所を聞きながら、津軽さんは俺を見ていた。ついてこい、ということか。


「で、何があったんです、むっちゃんと十和田さんとの間に」

 ここはトイレである。津軽さんは用を足すわけでもなく、立って俺と向かい合っている。この状況で睦美に知られずに俺と話そうと思ったら、トイレくらいしか場所がないよな、確かに。

「知っているんでしょう、先輩」

 それはそうなんだが……言っていいものかどうか。

「もちろん先輩の心を読むこともできますが、私はなるべくならそんなことはしたくありません。むっちゃんの役に立ちたいんです。話していただけませんか」

 わかったよ。……睦美が傷付いたのは、十和田に言われたからだよ。

「なにを?」

 俺が死んだのは睦美のせいだってな。

「なっ! そんなこと……」

 さすがの津軽さんも動揺したようだ。そりゃそうだろう。でも、十和田の言葉は全くのでたらめというわけでもないのだ。俺は津軽さんに昔話を始めた。


 前にも言ったけど、俺と十和田は同じ中学でね。俺は野球部、あいつはソフトボール部で、けっこう仲が良かった。あいつ、女の子だけど野球が好きだから、意外と話が合ったんだ。

「つきあっていたとか?」

 あー、そりゃないな。俺はそんな目であいつを見たことはないし、向こうもそんなそぶりは見せたことはない。

「そうですか」

 で、同じ高校に進むことになって、俺は野球部に入った。あいつはソフトボール部に入るつもりだったが、うちの高校にはソフト部がなかったんだな。それで野球部のマネージャーをすることになったんだ。

「ほうほう」

 それなりに充実した高校生活を送っていたんだけど、忘れもしない六月だ。高校に入って二ヶ月経ったときだ。まだ睦美は中学生だった。ブレザーの制服だったんだが、今のセーラー服姿とはまた違った魅力があって……。

「その話はいいから、本題をお願いします」

 すまん。

 ええと、睦美は遠くの学校に通っていたから、バス通学だったんだ。だから、毎朝俺より早く家を出ていた。その日も俺が朝飯を食い始めるころに睦美は家を出たんだ。食い終わったとき、睦美の弁当箱が食卓の上に置きっぱなしだと気付いた。睦美が忘れちゃってたんだな。

 で、母さんに今ならまだ間に合うかもしれないからバス停まで届けに行ってくれと言われたんだ。そりゃかわいい妹のためだから急いださ。

 自転車でバス停に着いたら、ちょうどバスに乗り込む睦美が見えた。俺は睦美の名前を呼びながらバスへと走ったけれど、タイミングが悪かった。弁当を持った俺が乗り口に近づいた瞬間、ドアが閉まったんだ。……それだけなら良かった。

 最悪だったのは、俺の制服がドアに挟まってしまったことだ。しかも、運転手がそれに気付かず、そのまま発車してしまった。どんどん加速して、当然俺はバスに引きずられる。

 今思い出しても震えがくるほど恐かったぜ、あのときは。西部劇なんかで、ロープで体を縛られて馬に引きずられる場面がよくあるじゃないか。あんな感じだよ。

 乗客たちは俺に気がついて、運転手にバスを止めるよう声をかけてくれていたように思うけど、あいにく朝の通勤や通学の時間帯だったから、満員でね。なかなか運転手に声が届かなかったんだろう。

 数十秒か数分か覚えていないけど、地獄のような時間が過ぎて……俺の体が一瞬宙に浮いた。服がドアから外れたんだ。

 それで、地面に後頭部をぶつけて……バスが止まるのが目に入ったが、すぐに意識を失った。次に気がついたときには……。

「霊になっていた?」

 そうだ。

「それが先輩が亡くなった事故の真相……」

 つまり、睦美が弁当を持っていくのを忘れたから俺が死んだ、とも言える。

「そんなの! むっちゃんが悪いわけじゃないでしょう!」

 もちろん、俺だってそう思う。睦美を責める気なんて全くないんだ。ただ、睦美はそうは思わなかった。自分のドジを呪い続けた。俺が死んだのは自分のせいだと、自分で自分を責め続けた。

 見ていて辛かったよ。俺はそんなこと思っていない、お前は悪くないって伝えたいのに伝える術がない。母さんや友達や周りの人はもちろん睦美のことを悪くは言わないし、あまり気にしないようにと声をかけるんだが、それじゃ意味がないんだ。俺が、俺本人が睦美に言わないと!

「……」

 今では睦美は立ち直ったように見えるけれど、そうじゃない。時間が経って、自責の念が心の中に沈殿しただけだ。表立っては出てこなかったけれど、それは確かに睦美の心の奥深くに存在する。あいつはまだ自分を許せてないんだ。それが、十和田の一言で……。

「再び表に出てしまった、と」

 そういうことだと思う。どうにかしてあげたい。それに、十和田も。どうして睦美にあんなことを言ってしまったのかわからない。あんな奴じゃなかったんだ。男っぽくてぶっきらぼうだけど、優しい奴だったんだ。

「確かに気になりますね」

 津軽さん、協力してくれないか。とにかく睦美と十和田の仲をなんとか修復しないと、辛いはずだ、二人とも。

「仕方がないですね。むっちゃんが落ち込んだままだと、私も楽しくないですし」

 ……ありがとう。

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