第2章 想いはなかなか伝わらない 1
「はあ」
睦美がため息をつく。弁当を食べる箸がさっきから進んでいない。
「どうしたのむっちゃん。最近元気ないね」
焼きそばパン片手に藤崎さんが言った。
「……五月病?」
焼き魚を器用に骨だけ残して食べつくした津軽さんも会話に加わる。ていうか、弁当に焼き魚はないだろう。
今は五月である。ゴールデンウィークも過ぎ、一年生は高校生活にも慣れ始めたころだ。確かに五月病になる生徒もいるかもしれないが、睦美に関しては違う。
昼休み。睦美たち三人は、一年五組の教室で昼食をとっていた。放課後まではこの三人で動くのがもはやお決まりになっている。
「五月病ではないんだけどね、こう、へこむことがありまして」
睦美が悩ましげな声を出すと藤崎さんが、
「なになに、なにがあったの? 気になるなあ」
「なんで楽しそうな声出すの」
「ジャーナリストの血が騒ぐの」
「秘密秘密。ちょっと人に言うようなことじゃないんだよね」
睦美は黙秘権を行使する。
「なんだよ、つまんないな」
藤崎さんが口をとがらせる。まあ、俺には睦美の悩みの内容は見当がついている。
いつものように睦美の背後に立っている俺を、黙って話を聞いていた津軽さんがちらりと見た。どういうことだ、と言いたいのだろう。
ちょっと待ってくれ、津軽さん。後でゆっくり話すから、今は俺の心を読まないでくれ。
二人に気付かれないように、津軽さんがかすかにうなずいた。
以前聞いたのだが、津軽さんは集中すれば幽霊の意識が入ってくることをシャットアウトすることもできるそうなのだ。もっとも、そこまで自分の能力をコントロールできるようになったのは数年前の話らしい。それまでは、あちらこちらに渦巻いている霊の怨念がどんどん頭の中に流れ込んでくる状態だったという。
きっと辛かっただろうと思う。睦美や藤崎さんとの交流が、少しでも彼女を癒してあげられればいい。
「で、どういうことなんですか、先輩。むっちゃんは何に悩んでるんですか」
津軽さんは、睦美のことをむっちゃんと呼ぶようになった。藤崎さんの影響だろう。
「そんなことはどうでもいいですから、なぜなんですか」
待て待て。今説明するから。
放課後、俺と津軽さんは屋上に出ていた。相変わらずここは人気がない。空は青く晴れ渡っている。五月晴れってやつだ。
「だから早くっ」
わかったわかった。……睦美の悩みの種は、 十和田雪だと思うんだよ。
「誰です?」
睦美と同じ、野球部の女子マネージャーさ。もっとも、十和田は三年生だけどな。同じマネージャーだから、睦美と十和田は部活の間ほとんど一緒に行動するわけだな。
で、睦美はまだマネージャーの仕事に慣れていないから、ちょこちょこ失敗するわけだよ。もともとスポーツ以外ではとろくさいしな、あいつ。それで十和田にしょっちゅう怒られてるんだ。
「そんなことが……」
だから、津軽さんたちが気にすることじゃないと思うな。睦美が仕事に慣れてくれば、自然と怒られることも減るだろう。それに、十和田は昔から言い方がきついんだよ。他人にも厳しいし、自分にも厳しいんだ。
「ん? その言い方からすると先輩、その十和田さんという人のことを以前から知っているんですか?」
ああ、中学のころの同級生だ。けっこう仲良かったんだよ。