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第1章 彼女は協力してくれない 6

「……ここは?」

「あ、津軽さん! 目が覚めたんだね!」

「黒石さん? あれ、私は体育館で……」

 津軽さんがベッドから身を起こそうとする。

「ああ、ダメダメ! まだ寝てなきゃ! 軽い貧血なんだってさ」

「貧血……」

 体育館で倒れた津軽さんは、そのまま保健室へと運ばれてベッドで眠っていた。今は睦美と藤崎さんが脇の椅子に腰掛けて付き添っている。すでに次の授業時間に入っていたが、養護の先生は仕事があるとかでどこかに出ていった。二人は先生が帰ってくるまでの間、津軽さんを見ているように頼まれたのだった。

「ごめんなさい、迷惑かけてばっかりで……」

 横になったままで、申し訳なさそうに言う。いつものひょうひょうとした顔ではない。

「何言ってんのぉ。困ったときはお互い様でしょう」

 睦美が笑う。

「そうそう。それにさ津軽さん、迷惑かけてなんかいないよ。いや、全くそうでもないとは言わないけどさ」

 藤崎さんは正直だ。津軽さんが苦笑する。

「でも、最後のシュートはナイスだったよ! スポーンって感じで。すごく綺麗に入ったよね」

「あれはあたしのパスも良かったの」

 睦美が誇らしげな顔をした。元はといえば、俺が津軽さんにポジショニングの指示を出したからこそ、あの得点に繋がったんだけどなあ。

 津軽さんが睦美の背後にいる俺を見た。なんだ? 俺に感謝してるの? 彼女はすぐに視線を外し、

「……そうね、黒石さんのパスのおかげね」

 おい、こら。

「あ、またその目だ」

 突然、睦美がそんなことを言い出した。

「津軽さんってさ、たまにあたしをにらんでるときあるよね。あたし、嫌われてるのかと思ってさあ」

「そんなことない。嫌ってなんかいないし、にらんでるわけじゃ……」

 津軽さんが体を起こそうとする。

「あはは、そんなにあわてないで。寝てて寝てて。大丈夫だよ、わかってるから。こうやって話してるうちに、そんなことないってわかったからさ」

 睦美は本当に気にしていないようだ。睦美が津軽さんににらまれていると感じたのは、睦美の背後にいる俺が彼女ににらまれていたからなんだろうな。というか、そんなに見られていたのか。ま、同じ教室に幽霊がいればそりゃ気になるか。

「ごめんなさい。私、目つきが悪いから……」

えらく素直に謝るね。俺に対する態度とはえらい違いだ。

「気にしなくていいのにぃ」

 睦美が笑ってフォローする。そんな二人を藤崎さんが楽しそうに見つめている。

「なによ、早苗ちゃん。そんなにニヤニヤして」

 藤崎さんの表情に気付いた睦美が言った。

「んー、津軽さんとこんなに話せるとは思ってなかったからさ、なんか楽しくて」

「あー、まあね」

「……」

 藤崎さんの言葉に睦美は同意し、津軽さんは沈黙する。やがて睦美は津軽さんに向き直り、

「ねえ、津軽さん。津軽さんっていつも一人で行動してるじゃない。その、せっかくこうやって話す機会もできたしさ、もうちょっとみんなと仲良くしない?」

「みんなと、仲良く……」

「そう、コミュニケーションとらなきゃあ。そうすればもっと毎日が楽しくなるよ!」

「ふっ」

 津軽さんが軽く笑った。

「どうしたの?」

「昨日、ほかの人にも同じこと言われたから……」

「へえ」

 藤崎さんも口を挟んできた。

「誰に言われたの?」

「ええと……なんか通りすがりの変な先輩に」

 俺のことか!

「ははは、変な人だね」

「……そうね、変な人ね」

 睦美の言葉に、津軽さんが俺を見て相槌を打つ。目が笑ってるじゃないか、この野郎。

「でも津軽さん、その人の言ってることは正しいと思うよ。やっぱりさびしいじゃない。ひとりぼっちだと。それに、少なくともあたしは津軽さんと友達になりたいって思ってる」

 藤崎さんも続く。

「あたしもあたしも。津軽さんのこと好きよ。確固たる自分を持ってるって感じで」

「……ありがとう」

 二人のセリフに胸がいっぱいになったのだろうか。津軽さんはそう言って静かに目を閉じた。

「でもね、黒石さん、藤崎さん。私はそれでもやっぱり一人がいいの。家族以外の人と接するのが怖いの。昔いろいろあってね……」

「……対人恐怖症って奴?」

「よくわからないけど、そうかもしれない」

 藤崎さんに問われても、当の本人がよくわかっていないようだ。

「津軽さん、もちろん無理にみんなと合わせる必要はないと思うんだけどさ、あたしはやっぱり津軽さんと友達になりたいな。そうやって他人を遠ざけようとするのがすっごく気になっちゃってさ。昔のあたしを見てるみたいでさ」

「黒石さんが?」

 睦美のあっさりした告白に、津軽さんはけげんな顔をした。

「そうそう、むっちゃん暗かったよね。別にいじめられてはいなかったけど、あたしくらいしか友達いなかったんだから」

 相変わらずズバズバ言う子だなあ、藤崎さんは。

「あはは、そうだね。それに、二年前にお兄ちゃんが事故で死んじゃったこともあったし……」

「むっちゃん!」

 藤崎さんが心配そうな顔をする。

「いいのいいの、大丈夫大丈夫」

「……」

 津軽さんはどんな顔をしていいかわからないようだった。睦美とはこれまで大して親しくもなかったのだから、俺が死んだことなんて知らないのが当然なわけだ。そんなの知っている、とは言えない。ましてや幽霊になってるあなたのお兄さんといろいろ話してる、なんて言えるわけがない。

「あたし、お兄ちゃんが死んで、ますます暗くなっちゃってね。お兄ちゃんのこと大好きだったから、本当にショックで」

「そんなに好きだったの?」

 津軽さんが問う。

「うん。明るくて、優しくて、いつも守ってくれて……。うち、お父さんが早くに死んじゃったからさ、父親代わりみたいなところもあって。大好きだった。兄妹じゃなかったらお嫁さんになりたいって思ってたんだから」

 睦美……。

「それで、お兄ちゃんが死んでしばらくは沈んでたけれど、それじゃダメだって思ってね。お兄ちゃんはあたしにだけじゃなくて、誰にでも優しい人だった。困っている人や辛い思いをしている人を放っておけない人だった。あたしもそんな風に生きなきゃって思って」

 睦美はそこまで言うと、津軽さんの手をそっと握った。津軽さんはびっくりしたようだが、手を離しはしなかった。

「友達っていいもんだよ。あたしもお兄ちゃんが死んで何もかも嫌になってたとき、早苗ちゃんがいてくれて本当に助かったもん。どれだけ救いになったかわかんない」

 そう言って睦美が藤崎さんを見る。藤崎さんは恥ずかしそうに、

「いやあ、照れますなあ」

 などと言って眼鏡の位置を直した。それを見て笑った後、睦美は再び津軽さんの顔へと視線を落とした。

「だから、あたしも誰かのためにそういう存在になれたらって思ってる。それで、今は津軽さんのためにそうなりたいって」

津軽さんの目が大きく開かれた。津軽さん、睦美はこういう子なんだよ。

「……黒石さん」

「ん?」

「私……」

 津軽さんが何か言おうとしたときだった。保健室の戸が勢いよく開いた。

「ごめんさいね、遅くなっちゃって!」

 養護の先生が帰ってきたのだった。先生がカーテンを開けて、睦美たちに顔を見せる。

「あとは私が見ておくから、あなたたちは授業に戻りなさい」

「あ、はい」

 なんともタイミングが悪いことだ。津軽さんがせっかくなにか言おうとしたのに。睦美と藤崎さんが立ち上がる。繋がれていた手も離れる。津軽さんはさびしそうな顔をした。

 それを知ってか知らずか、睦美は津軽さんに言った。

「次の時間が終わったら昼休みだからさ、一緒にご飯食べない? 迎えに来るから。元気になったら、だけど」

「あたしもあたしも」

 睦美に続いて藤崎さんも声をかける。

「……うん」

 津軽さんが笑顔を見せた。これまで見たことのない、いい笑顔だった。


 睦美たちが出て行った後も、俺はとりあえず保健室に残った。津軽さんと話したかったからだ。カーテンの向こうでは先生が仕事をしている。津軽さんはベッドで横になったまま、先生には聞こえないよう小声でつぶやいた。

「黒石さん、いい子ですね」

 そうだろうそうだろう。俺の気持ちもわかるだろう。

「……私、黒石さんたちと仲良くなることにはやぶさかではありません」

 そうか。うん、それがいいと思うよ。

「先輩ともこれから毎日話そうと思います。屋上かどこか、人目につかないところで。いいですよね?」

 え? ああ、そりゃ俺は望むところだ。話し相手が欲しいからな。しかしなんだね、人目につかないところで毎日密会って、なんだかいやらしいね。ランデヴーだね。逢い引きだね。

「逢い引きって……」

 津軽さんが呆れている。

「勘違いしないで下さいよ。先輩には全く一切さっぱりかけらも興味がないんですから。妹さんと仲良くなりたいから、その話が聞きたいだけです」

 そこまで言わなくてもいいじゃないか!


 その日の放課後。睦美は野球部、藤崎さんは新聞部での活動があるので、津軽さんは以前と変わらず一人で帰っている。だが、その表情は明るい。ま、一日で一気に二人と仲良くなったからな。それまで友達がいなかったんだから、嬉しいわな。

 俺は昨日と同じようにグラウンドで野球部の練習に出て、ノックを受けるショートの背後に立っていたが、下校途中の津軽さんを見かけたのでそちらに近づいた。よお、機嫌よさそうだね。

「おかげさまで」

 よかったなあ、友達ができて。

「……まあね」

 照れているのか、彼女は俺を見ようともしない。そのまま歩き続ける。と、

「すいませーん! ボール捕ってくださーい!」

 またあのショートが抜かしたのだろうか、ボールが俺たちのほうに転がってくる。津軽さん、捕ってあげれば?

「言われなくとも捕りますよ」

 俺が昨日教えた通りにやれば、今度はきっと捕れるよ。

「わかってますよ。ええと、ボールが転がってくる正面に移動して……片膝をついてしゃがむ」

 そうそう。津軽さんは俺の言った通りに、素早く構えた。やがて転がってきたボールが津軽さんの手の中にすっぽりと入った。

 ナイスキャッチだ、津軽さん。彼女はゆっくり立ち上がり、手の中のボールを見つめている。よほど嬉しかったのか、にんまりしている。

「ありがとうございます!」

 ショートがすぐ近くまでやって来たので、津軽さんは我に返った。そして、

「いきますよ」

 と言って、ショートにボールを投げ返した。いや、投げ返そうとしたが、フォームがムチャクチャだった。いわゆる女投げという奴だ。なので、彼女の投げたボールはショートには飛んで行かず、全く見当違いの方向へと向かった。あーあ。

「ご、ごめんなさい……」

 ショートが苦笑いしながらボールを捕りに行く。ボールが転がる先には、ジャージ姿の睦美が笑いながら立っていた。一部始終を見ていたようだ。

「冥紗ちゃーん! ちゃんと投げろー!」

 そう叫びながら、こちらに大きく手を振る。津軽さんも、照れ臭そうに睦美に向かって小さく手を振った。

「先輩」

 なんだよ。

「今すぐは無理かもしれませんけど、いつか……」

 いつか?

「先輩が黒石さんをずっと見守っているということを、私が伝えても構いません。いや、なんとしても伝えたい。黒石さんのためにも、先輩のためにも」

 でも、霊が見えるなんてことを言っちゃ、気味悪がられるんじゃないか。

「別にいいですよ。それに、黒石さんはそんなことを気にする子じゃない。先輩だってわかってるでしょう」

 そうか、そうだよな。……ありがとう。

「いえ」

 いつかその日が来たら、睦美に言おう。俺が睦美に気持ちを伝えられるのも、津軽さんのおかげだってこと。その津軽さんの心を開いたのは、他ならない睦美自身だってこと。そして俺が、そんな妹を誇りに思ってるってことを。

まだ続きます。全3章です。

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