第1章 彼女は協力してくれない 5
翌日、体育の時間。睦美たちのクラスは男女に分かれて体育館でバスケを行っていた。五人ずつチームが組まれ、何の因果か睦美と津軽さん、それに藤崎さんが同じチームに編成された。
ああ、体操着姿の睦美もやっぱりかわいい。赤いハーフパンツが似合っている。俺が睦美の背後でニヤニヤしていると、津軽さんが汚いものを見るような目で俺を見ていた。なんだよ! 妹の体操着姿を見て微笑んで何が悪い!
睦美たちのチームは黄色のビブスをつける。軽くドリブルやパスの練習をした後、すぐにゲームを行うことになった。俺は定位置である睦美の背後から離れ、コートの外に出る。睦美と一緒に動き回って、津軽さんの気を散らしてはいけないと思ったからだ。
ゲームが始まった。隣のコートで行われている男子のゲームに比べるとスピード感に欠けるが、点数的には均衡していて面白い。なにより、睦美が活躍している!
普段はのんびりしている睦美だが、ことスポーツに関して言えば動きが速い。シュートにパスにディフェンスにと、八面六臂の活躍を見せていた。相手チームのバスケ部員にも見劣りしない動きだ。
反対に、津軽さんは明らかにチームの足を引っ張っていた。一生懸命やっているのはわかるが、周囲の動きについていけていない。相手のドリブルを止められない、味方からのパスにも反応できない、たまたま巡ってきたシュートのチャンスも当然外す。
これは……ダメだ。昨日の野球部の練習のときにも思ったことだけれど、もしかしたら津軽さんはとんでもない運動音痴なんじゃないだろうか。あるいは、体が弱いとか?
結局、一試合目は四点差で睦美たちのチームは敗れてしまった。全部で三チームあるので、敗れた睦美たちはコートから出て、次のゲームを見守ることになる。三試合目になれば再び参加だ。
「ねえ、むっちゃん。津軽さんにボール回さないほうがよくない?」
藤崎さんが小声で睦美にそう言うのが聞こえた。睦美のチームは固まって座り、休んでいるが、津軽さんだけはやや離れた位置にいる。クラスの中での津軽さんの立場を象徴しているようだ。
「あの娘、ちょっと下手すぎるよ。なるべくあの娘は放置しておいて、むっちゃんにボールを集中させたほうが点を取れるんじゃないかな。勝ちたいじゃん、やるからには」
藤崎さんの言葉に、睦美は目を閉じた。思案しているようだ。やがて、静かに答えた。
「私は……やっぱりなるべくみんなに均等にボールが回るようにしたいな。じゃないと楽しくないでしょ、津軽さんが。そりゃ勝ちたいけど、体育の授業なんだから、まずはみんなが楽しむのが一番だと思うんだけど、どうかな」
睦美の声は小さかったが、力がこもっていた。俺もそう思うよ、睦美。
「うーん、まあむっちゃんがそう言うならそうするけどさ」
藤崎さんは少し不服そうだ。
「あたしは別に、津軽さんが嫌いってわけじゃなくてね。むしろあの周りを寄せ付けないところがかっこいいと思ってすらいるんだけど……いや、それは今どうでもよくて。あたしはむっちゃんほど運動神経が良くないから、スポーツの下手な人の気持ちがわかるんだけどさ。こういう場合、逆にボールをあまり回してほしくないと思ったりするのよ。足を引っ張りたくなくてね。後で責められるのも嫌だし。たぶん津軽さんもそうしてほしいと思ってるんじゃない?」
下手な人の気持ちか。藤崎さんの言い分にも一理あるかもしれない。これが部活なら話は別だけど、好きでやってるわけじゃない体育の授業だからなあ。
「でも……」
睦美はまだ何か言いたそうだったが、
「次、黄色チーム。コートに入って」
先生の声が聞こえたので、五人が慌てて立ち上がる。津軽さんの顔を見ると、明らかに嫌そうな表情を浮かべていた。ま、そうだよな。
ゲームが始まると、結局また睦美の独壇場となった。味方のパスが睦美に集中するのだ。睦美のポジショニングがいいから、自然とそうなる。
一方の津軽さんはといえば、相変わらずダメダメだ。ふらふらコートの中をさまよっているだけ、と言っていい。これでは味方もパスできない。わざとやっているわけではないだろうけど、藤崎さんの言うとおりになってきた。
相手のシュートが決まり、一瞬の間ができる。津軽さんは肩で息をしていた。疲労困憊という感じだ。睦美はそれを心配そうな顔で見つめ、
「津軽さん、大丈夫?」
近寄って声をかける。
「なんとか…大丈夫……」
大丈夫なものか。青色吐息だ。このままだと、津軽さんはなにも楽しくないよなあ。ここは俺が手助けしてあげるとするか。
コート外で見守っていた俺は中に入り、定位置である睦美の背後へと戻った。唯一俺の姿が見える津軽さんがぎょっとする。が、みんなの目の前で俺に何か言うわけにもいかない。
津軽さんが戸惑っているうちに、ゲームが再開した。またボールが睦美に集まる。津軽さんがボールを目で追うと、自然と俺の姿が見えるはずだ。だったら、それを利用してやる。
ボールを持った睦美が相手に行く手を阻まれている。ボールはキープしているが、攻めあぐねている。
津軽さんはといえば、後方で一応マークされてはいるものの、ボーっと立っているようにしか見えない。俺は彼女に、右からダッシュして来るようジェスチャーで合図した。それに気付いた津軽さんが俺の指示通りに走る。
それまでよたよたしていた彼女がいきなり俊敏に動いたので、誰もが虚をつかれた。が、睦美はこのチャンスを見逃さなかった。
「津軽さん!」
睦美が叫び、パスを出す。決して全力ではない、力を抜いたパス。津軽さんでも捕れるような、睦美らしい優しいパスだった。
完全にフリーの津軽さんがそれをゆっくりとキャッチする。そしてそのまま、でたらめなフォームでシュートした。コートにいる全員の目が、ボールに釘付けになる。
ボールは美しい弧を描き、そのままスポッとゴールした。一瞬、体育館にいた女子生徒全員が沈黙する。さっきまでフラフラだった、明らかに運動音痴だった、クラスでも浮いていた津軽さんがゴールを決めたのだから。
「や、やったよ! 津軽さん!」
沈黙を破ったのは、睦美の歓喜の声だった。叫んでから、津軽さんのいる方向を見る。俺もつられて見る。
津軽さんは、ぐったりと床に倒れこんでいた。