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第1章 彼女は協力してくれない 3

「黒石さんさあ、この後野球部に行かねえ?」

「え?」

「マネージャーやりたいんでしょ? 早目に先輩たちに顔を売っておいたほうが良くねえ? 俺も見学したいからさ、一緒にどう?」

 ホームルームが終わり、入学初日の今日はもう下校時間ということになった。みんなが帰る準備をしている中で、睦美に声をかけてきた奴がいた。野球部に入部する予定だと自己紹介していた奴だ。さっそく睦美に悪い虫が! 中途半端な二枚目で、背も高いのがまたムカつく!

「そうだねえ。じゃあ一緒に行こうか」

 あああ、睦美! そんなにあっさりついて行くのか! 俺は並んで教室を出て行く二人を黙って見ていることしかできない。

 と、津軽さんが俺をじっと見ていることに気がついた。その顔からは感情が読み取れない。俺と目が合うと、津軽さんはうなずいた。そしてすぐに教室を出て、睦美たちと逆方向へと向かう。ついて来い、ということだろうな。

 そうだ、今はとにかく俺を認識してくれる相手と話したい。できることなら俺が今どんな状況にあるのか、これからどうすればいいのか教えてもらいたい。睦美たちも気になるが、俺は津軽さんの後ろをふわふわと追いかけていった。


 津軽さんと俺は無言で階段を上り続け、屋上に出た。確かにここなら人は来ない。春の暖かい陽射しが降り注いでいる。校庭を見下ろすと、桜が満開だ。実にさわやかな光景だが、得体の知れない津軽さんと幽霊の俺には不似合いに感じてしまう。

「さて、と」

 津軽さんがようやく俺に話しかけてきた。

「私の名前は教室での自己紹介でわかっていますよね」

 ああ、津軽冥紗さんだよね。

「そうです」

 じゃあ、俺も自己紹介しようかな。俺は黒石朋彦(ともひこ)

「黒石睦美さんのお兄さんですね」

 そ、そうだけど。

「妹さんが大好きなんですよね。異常と言ってもいいぐらい。そして、かつてこの高校で野球部に所属していた」

 ちょ、ちょっと待って。なんでそこまでわかるの?

「教室にいる間、先輩の思考がだだ漏れでしたから」

 なに、俺の考えていることって筒抜けなの? 俺の問いに対して、彼女はそんなことも知らないのか、とでも言いたげな表情を浮かべた。

「仕方ないですね、一から解説しましょうか。いいですか、先輩。先輩の肉体はすでにこの世から消えています。死んでいるわけです。これはわかりますね?」

 もちろん。

「ですが、先輩の意識は確かにここにある」

 津軽さんは俺をビシッと指差した。うん、確かに俺はここにいる。

「つまり、肉体を取り払われ、精神だけがむき出しの状態なのです。人間の精神を電気や電波だと考えるとわかりやすいかもしれませんね」

 どういうことだ?

「生きた人間を、電池だと考えてください。電池は何に使おうと自由です。また、電池を入れた電化製品は、電源を入れることも切ることも可能です」

 そりゃそうだな。

「人間も同じ。思ったことをそのまま表現することもあれば、あえて黙っていたり、ウソもつくこともある。ですが、先輩は……」

 ああ、なんとなくわかってきた。

「わかりますか? 先輩のように一般に霊と呼ばれる存在は、ラジオ用の電波のようなものなのです。精神が体に溜めこまれることなく、常に垂れ流されている。そして私のような霊感のある人間はラジオ。普通の人間には感じられないあなた方のような存在を、傍受することができる」

 だから、俺の考えていることがまるまる伝わってしまうわけか……。

「そういうことです。私のことを『どんよりした黒いオーラを出している』とか表現してくれましたね」

 あれもバレバレだったのか……。うう、津軽さんの目が怒っている。

「別に怒ってなんかいませんよ?」

 こ、怖い。

「怖がらないで下さい。私もこれまで生きてきて、いろんな霊を見てきたんです。強烈な恨みや憎しみだけをまき散らす霊もたくさん見てきました。他者に対する醜い憎悪が頭の中に流れ込んでくると、こちらの気も狂いそうになります。そんなのに比べれば先輩にどんな軽口を叩かれようと、かわいいものですよ」

 そう言ってもらえるとありがたい。というか、君もいろいろと辛い経験をしてきているんだな。

「別に。そういう体質に生まれてきたんだから仕方がないですよ」

 この娘は、何もかもに冷めている。そう思った。

「……もういいですか? 私、帰りますよ?」

 そう言って津軽さんは俺に背を向ける。待て待て待ってくれ。まだ聞きたいことは山ほどあるんだ。睦美から離れられない俺のこの状態はなんなんだ? 俺はこの先、どうすればいいんだ? ずっと睦美を見守っていることしかできないのか? 教えてくれ!

 矢継ぎ早に質問され、津軽さんは小さくため息をついた。そしてまた俺に向き直る。

「そもそもなぜ、この世に精神が取り残されたのかをよく考えてみてください。普通は肉体が死んだら精神もあの世に行って成仏するのですから」

 俺は普通じゃないってことか?

「はい」

 と、言われてもなあ。いったいどういう場合に俺みたいになっちゃうわけ?

「命を失ってもこの世に強い未練がある人の精神だけが残存し、霊となるのです。殺された人、自殺に追い込まれた人なんかはやはり多いですね。さっき言ったように、憎しみや恨みをまき散らす悪霊になってしまう」

 重い言葉をさらりと言うね。じゃあ、交通事故で死んだ俺も悪霊になっちゃうわけか? 特に誰かを恨んだりはしていないぞ。俺を殺した自動車の運転手だって、わざとやったわけじゃないってわかってる。そこまで憎んじゃいない。

「先輩の場合、特殊なケースだと思います。ある特定の場所に強い念が残ると地縛霊になりますが、先輩はその対象が場所ではなく人だったんですね。おそらくは、残された妹さんを心配するあまり離れられず、成仏できないのでしょう。妹さんへのすさまじい執着が招いた悲劇ですよ」

 ぐっ、そうか。確かに睦美のことは心配で仕方がない。これから母さんと二人きりでどうやって生きていくのか、気になる……。

「そうやって、ずっと見守っていくつもりですか? 妹さんに触ることも、思いを伝えることもできないのに?」

 津軽さんの厳しい言葉が突き刺さる。

「それに、このまま妹さんに執着してこの世に残っていたら、先輩は危険な存在になりかねません。妹さんに近づく男を片っぱしからとり殺していく悪霊になるかもしれない」

 違う、俺は……。

「そんなことはしないと言い切れますか? 現にさっき、先輩は妹さんと野球部の見学に行った男子生徒に敵意を抱いたのではないですか?」

 俺は……。

津軽さんは黙って俺を見ている。俺はどんな顔をしているのだろう。彼女の瞳には、どんな風に映っているのだろう。

 じゃあ、俺はどうすればいいんだよ?

「結局のところ、先輩自身の心の問題なんです。先輩が妹さんに執着しなくなれば成仏できると思います。もちろん、すぐにできることではないでしょうが」

 要は、シスコンを克服しろってこと?

「そういうことですね」

 ははは、それは厳しい条件だな……。すぐに妹から卒業しろって言われても、できないぜ。当分は幽霊生活が続きそうだな、こりゃ。

 津軽さんは何も言わない。ただ、俺を無心で見つめているように見える。

なあ、津軽さん。睦美と同じクラスになったのも何かの縁だからさ、これからもいろいろ相談に乗ってくれないかな。シスコン脱却に協力して欲しい。俺、話し相手が欲しかったんだよ。二年間、ずっとさびしくてさ。

 俺は、今日ここまで様々なことを教えてくれた津軽さんだから、当然いい返事をもらえるものだと思っていた。が、甘かった。

「お断りします」

 おいおい……。冷たいこと言うなよ。

「霊と必要以上に接触しないことにしているんです。何のメリットもありませんので。ご自分でがんばってください。他人に危害を加えない以上は、邪魔をしませんから」

 そう言うと津軽さんは、再び俺に背を向けて帰ろうとする。まあそう言わずに、助けてよ。『ゴースト』のウーピー・ゴールドバーグみたいにさ。

「遠慮します」

 お願いしますよ。人助けだと思ってさ。

「拒否します」

 できる限りのお礼はするから、頼む! そうだ、誰にも気付かれずに行動できるから、テスト中に答えを教えてあげたりできるぞ! 後は、ええと……。

「けっこうです」

 俺の言葉に耳も貸さず、彼女はずんずん歩いて屋上から去っていった。

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