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第1章 彼女は協力してくれない 2

 入学式が終わり、睦美は一階にある教室に入った。当然俺もついて行く。一年五組。これから一年間、睦美は俺に見守られながらここで授業を学ぶわけだ。俺にとっては二ヵ月しか味わえなかった高校生活のやり直し、といった感じかな。


 教室の中では四〇人ほどの新入生がそれぞれの席へ出席番号順に座り始めていた。高校生活初日ということだけあって、みんなまだぎこちない。近くの席の生徒へ積極的に話しかけている奴もいれば、退屈そうに黙ってケータイをいじっている奴もいる。

睦美も黒板に貼り出された座席表で自分の席を確認し、着席した。廊下側の一番後ろの席だ。ベストポジションではないだろうか。席に着いた睦美は、あちこち目で追っている。誰かを探しているようだ。

「わっ!」

「うわあっ!」

 うわあっ!

 背後からいきなり驚かされて、睦美が思わず声をあげた。俺もほぼ同時に叫んでしまった。まあ、誰も俺の声なんて聞こえないわけだけど。

 睦美と俺が振り返ると、そこに見覚えのある女生徒が立っていた。ショートカットに縁無し眼鏡をかけた女の子が笑っている。

「早苗ちゃん! そこにいたんだ。びっくりさせないでよ」

「はっはっは、ごめんごめん」

 やはり、 藤崎早苗(ふじさきさなえ)だった。中学時代からの睦美の友人だ。睦美が何度か家に連れてきたことがある。俺も生きている頃には挨拶ぐらいしたっけ。おっとりしたところがある睦美と比べると、明るくハキハキとしゃべる子で、話していて気持ちよかったのを覚えている。なかなかかわいかったし……。睦美ほどじゃないけどな!

 中学の友人と同じ高校、同じクラスになったことは睦美にとって幸運なことだろう。それまでと違って様々な中学から生徒がやってくる中で、気の合う仲間がいるのは心強い。少なくともクラスで孤立することはなくなる。


 睦美と藤崎さんは楽しそうに、同じ中学出身の生徒が何組にいるだとか、自己紹介をどうするだとか話し始める。どうせ会話に参加できないことだし、俺は睦美から離れて教室の中をうろつくことにした。さっそくメアドを交換し合っている女子生徒に、やることがなくて寝ている男子生徒……。まっさらな人間関係の中で、四〇人のクラスメイトそれぞれがそれなりに緊張感を持って行動している。俺の入学式の日も、こんな空気だったな。もう二年前になるのか。懐かしいな。

と、俺が考えながらふらふらしていると、ちょうど教室の中央の席に着いている女子生徒と目が合った。


 いや、ちょっと待て。「目が合った」?


 その娘の前を通り過ぎてから気がつき、あわてて振り返った。女子生徒はもう俺を見ていない。黙って文庫本を読んでいる。長い黒髪がまっすぐ腰近くまで伸びているのが印象的だ。

 下を向いて本を読んでいるので顔を確認できないが……確かにさっき、俺と目が合った。決して思い違いではない。幽霊になってからの二年間、全く誰にも認識されなかった俺だが、こんなことは初めてだ。この娘、俺が見えるんじゃないか? 試してみる価値はありそうだ。

 再び接近してみる。何事もなかったかのように読書している女の子の目の前に立った。あんた、俺が見えているんじゃないか? さっき目が合ったよな?

 ……無反応だ。彼女は黙々と読書を続けている。見えているのかいないのか、声も聞こえているのかどうか、判断できない。ならば!

 俺は顔をグッと彼女に近づけた。お互いの額がくっつきそうになるぐらいまで。まさに目と鼻の先だ。俺がその体勢のままじっとしていると、彼女はやっと俺の顔を見た。やはり、俺のことが見えている! 

 俺と女の子は、至近距離でしばらく見つめあった。ほとんどにらめっこだ。彼女は、切れ長の猫のような瞳をしていた。顔立ちも整っていて、美少女と言っていいと思う。睦美は「かわいい」という感じだが、この娘は「きれい」かな。俺は睦美の方が好きだけどな!

 にらみ合いが数十秒続いただろうか。耐えられなくなった女の子はついに顔を右へ向けた。すかさず俺はそちらへ回りこみ、また至近距離で目を合わせた。女の子が今度は左へ顔を向ける。すぐに俺はそちらへ移動する。

 そんなことを数回繰り返すと、彼女はため息をついた。もう勘弁してくれ、と言わんばかりだ。俺だって好きでこんなことやってるんじゃない。なあ、俺が見えるんだろう? なんとか言ってくれないか?

 俺の声が聞こえたのか、彼女は鞄からケータイを取り出すと、すごい勢いでメールを打ち始めた。打ち終わると、正面に立っている俺に内容が見えるようにケータイを傾けてくれる。液晶画面には、こう表示されていた。


『話があるのなら、放課後に人目につかない場所でお願いします。今ここであなたと話すと、私が目立ち過ぎます』


 ……ごもっともです。

そのとき、ちょうど先生が教室へ入ってきた。

「はい、みんな席についてくださーい」

先生の声に応じ、騒がしかった生徒たちが着席し、静かにする。俺も一応定位置である睦美の背後に戻ろう。じゃあ放課後にお願いしますわ、と女の子に手を振ってみた。が、彼女は俺を見ようともしない。これは嫌われたかもしれないな。


 睦美の高校生活最初のホームルームが始まった。まずはお決まりの自己紹介だ。出席番号順に一人ずつ立って自分の名前やら趣味やら入りたい部活やらを言っていく。自分の順番が近づいてくるにつれ、睦美の表情が緊張してくるのがわかる。こういうのって、何度やっても慣れないよな。まして睦美は昔から軽いあがり症だった。ああ、心配だ心配だ。

 そうこうしているうちに睦美の順番が回ってきた。睦美が立ち上がる。がんばれよ睦美。お兄ちゃんがついてるからな! 本当についてることしかできないけど!

黒石(くろいし)睦美です。趣味は……ええと、料理です。部活は、野球部のマネージャーになりたいと思っています。よろしくお願いします」

 それだけ言って、睦美は座った。待て待て、部活は野球部のマネージャーって、本気か! 聞いてないぞ! 汚いユニフォームを洗ったり、用具をいちいち手入れしたり、スコアブックをつけたり、ちゃんとできるのか? それより何より、野球部の男なんてみんな飢えたケダモノだぞ! そんな中に睦美のようなかわいい女の子が一人でマネージャーをやるなんて、狼の群れに羊が一匹で放り込まれるようなものだ! 危険すぎる! お兄ちゃんは許さんぞ!

 睦美にそう説教したところで俺の声は届かないのだが、説教せずにはいられない。一気にまくし立てたおかげで、なんだか疲れた。気がつくと、自己紹介はずいぶんと進んでいた。次は、例の俺が見える女の子の番だ。立ち上がると、かなり華奢な体をしていることがはっきりわかった。すらりとした、というよりも……病的なまでにやせている。

津軽冥紗(つがるめいさ)です。趣味は読書です」

 彼女はそれだけボソボソ言うと座ってしまった。えらくあっさりしているな。津軽冥紗。それが彼女の名前か。改めて観察すると、どこか近寄りがたい雰囲気を持った娘ではある。どんよりした暗いオーラを出しているというか。実際、俺が見えるということは霊感があるのだろうし。

 それまで自己紹介してきた生徒たちとあまりに違うので、教室の空気が微妙になった。この先、津軽さんはクラスでも相当浮いた存在になるのではないか。そんな予感がした。

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