第2章 想いはなかなか伝わらない 4
次の日、睦美は母さんとの約束どおり登校した。とは言っても、元気がなさそうな様子ではある。朝食も残してるし。ま、憂鬱なんだろうな、一週間顔を合わせる必要がないとはいえ、十和田と険悪な雰囲気になっちゃってるし。
朝、睦美が教室へ向かって廊下を歩いていると、運の悪いことに前方から十和田がやってきた。なんてタイミングだよ。
「お、おはようございます」
無視をするわけにもいかなかったのだろう、睦美が挨拶した。が、十和田は睦美を一瞥しただけで、通り過ぎる。完全に無視ってわけか。
さすがにこれは効いたようで、睦美は肩を落としてとぼとぼと教室へと向かった。見ていられないな。気にするな、睦美! と、声をかけようにも、俺の声は届かないわけだよな。全く不便だ。
「気にするなよ、黒石!」
いきなり、背後から声が聞こえた。
「馬渕くん……」
こいつか! 長身の馬渕が睦美を見下ろしていた。
「おはよう。今日は学校来たんだな。さっき見てたけどさ、あの態度はないよな。少なくとも野球部の一年はみんな黒石の味方だから、気にすんなよ。十和田先輩なんてほっときゃいいんだよ」
くそっ、本来ならここは俺の出番なのにチクショウ。
「そういうわけにもいかないよぉ」
口ではそう言いつつ、馬渕の言葉で睦美は気が楽になったようだ。……一応感謝しておくか。
いつもなら学校にいる間はおとなしく睦美の背後にいる俺だったが、今日は違う。まずは十和田の様子を見てこなければ。俺は一年五組の教室を離れ、三年の教室へふわふわと向かった。
どうせ誰にも見えないので、堂々とドアをすり抜けて侵入する。今は二時間目終了後の休み時間なので、十和田は友達となにか話している。普通に楽しそうだ。とても睦美のことを気に病んでいる、というふうには見えない。
うーん、さすがにムカついてきた。睦美はあれだけ悩んでいるというのに、その元凶はこんな調子か。それとも、いろいろ悩んではいても表に出さないだけか。
俺が十和田の様子をうかがっていると、十和田に近寄ってくる男子生徒がいた。三沢だった。
「十和田、ちょっといいか」
十和田は少し驚いたようだ。三沢は違うクラスだったからだろう。
「なに、どうしたの?」
不思議そうに言う十和田に対して三沢は、
「今日、一緒に帰らないか」
「なっ……」
十和田が絶句した。周りの友人たちははやしたてる。
「なになに、告白?」
「雪、ドキドキだね」
「うるさいなあ、もう」
さすがに少し照れているようだ。十和田は三沢を責めるように、
「なんなの突然」
「ああ。ゆっくり話したいことがあるんだよ。黒石のことだ」
十和田が息を飲むのがわかった。
「で、私にどうしろというんですか」
昼休み。女子トイレの個室の中で、俺は津軽さんと話していた。昨日と同じく、津軽さんは用を足すでもなく立って俺と話している。俺の家のトイレと違って他人に立ち聞きされる恐れもあるが、普通の人は津軽さんの声しか聞こえないので、ケータイで誰かと話しているとしか思わないはずだ。
つまりね、津軽さん。十和田と三沢が一緒に帰るから、それとタイミングを合わせるように睦美を誘導してほしいんだ。二人が帰るころになったら俺が知らせるからさ。
「まあ、構いませんけど。その後どうするんです。十和田さん、むっちゃんを無視したんでしょう? また鉢合わせしたらどうなるか予想もつきませんよ。また無視されるか、大ゲンカになるか……」
そのときはそのときさ。このまま顔を合わさずなあなあで時間が過ぎるよりは、一悶着あったほうがいいだろう。そうじゃないと前に進まない。
「……わかりました。それにしても先輩、女子トイレに入るのって抵抗ないですか」
そりゃ恥ずかしいが、どうせ誰にも俺のことは見えないからな。もう慣れた。
「慣れっ……! まさか、先輩」
津軽さんが俺を蔑むような目で見る。違う違う違う、のぞきなんてやっていない。ただ睦美が心配でついていったことがあるだけだって! 個室の中までは入らないって!
津軽さんが無言で個室から出て行く。待って待って! だから、のぞいてなんかいないって! マジで!




