第1章 彼女は協力してくれない 1
講談社Birth第12回に応募してコメントはもらえたものの、1次選考で落ちちゃった作品です。
いきなりだが、睦美はかわいい。我が妹ながらほれぼれする。
いや、もちろん兄の欲目でそう感じるのだということは自分でもよくわかっている。客観的に見ればルックスは十人並だろう。でも、どうしようもなくかわいいのだから仕方がない。
一五〇センチしかない小柄な体も、細い手足も、さらさらなショートボブの髪も、くりっとした小動物系の丸い目も、何もかもがかわいい。可能なら一日中抱きしめていたいぐらいだ。
そうだ、俺はいわゆるシスコンだ。もう妹が好きで好きでどうしようもない。
そして今日は睦美の高校の入学式だ。しかも睦美が通うことになる県立白神高校は、かつて俺が通っていた高校でもある。何を隠そう、睦美は俺と同じ高校に通いたいから、という理由で白神高校を受験し、合格したのだ。兄としてこんなに嬉しいことはない。
睦美は今、ダイニングで朝食のトーストを食べているところだ。すでに制服に着替えている。オーソドックスなセーラー服。中学まではおしゃれなブレザーが制服だったが、これはこれで似合っている。思わずいろんな角度から舐め回すように見てしまう。
睦美がトーストを食べ終わると、そこへちょうどパジャマ姿の母さんが目をこすりながらやってきた。今起きたようだ。眠そうな目をしている。
「おはよう、睦美」
「おはよう。あたしもう食べたから、学校行くよ」
そう言って睦美は出かけようとする。俺もその後ろをついていく。と、母さんが睦美を呼び止めた。
「待ちなさい、睦美」
「なに?」
睦美が振り返る。俺も振り返る。母さんは神妙な顔をして言った。
「お父さんたちに挨拶してから行きなさい」
「……うん」
仏壇の前で睦美は正座し、目を閉じ、手を合わせている。仏壇には二枚の遺影が飾られている。ひとつは八年前にガンで死んだ父さんの写真だ。そしてその横にはもう一枚、坊主頭の小柄な少年の写真がある。睦美とよく似たくりっとした丸い目をして、野球部のユニフォームを着て能天気に笑っていやがる。
この少年が、俺だ。俺の遺影だ。
俺は二年前に交通事故であっけなく死んだのだ。まだ十五歳、高校一年生の六月の出来事だった。では、今こうして睦美を見守っている俺は何者なのか?
十中八九、幽霊なんだろうな、と思う。
だってほら、俺の姿を見ても、俺が声を出しても、誰も何も反応してくれないし、物に触ろうとしてもすり抜けてしまう。壁を通り抜けることだって自由自在だ。
何より、鏡を見ても俺の姿は映らない。これが幽霊でなくてなんだというのだ。こんな状態になって二年。誰ともコミュニケーションをとれないのはさびしいものがあったが、もう慣れた。
やがて睦美は目を開けて立ち上がった。三分ほどはじっと目を閉じていたんじゃないか。俺と父さんに何を語りかけていたのだろうか。こんなに近くにいるのに、口に出してくれないと睦美が何を俺に言いたいのかわからないのがもどかしい。
「じゃあ、行ってきます!」
元気のいい声を出して睦美は家を出て行く。俺もその後ろを追いかけなければ。
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
ダイニングから出てきた母さんが声をかける。俺も行ってくるよ、母さん。母さんは俺の声にも気付かず、ダイニングに戻った。悲しいが、いつものことだ。




