さよならパイルバンカー
ボロ布が裏路地を舞っていた。
しかし、その表現は正しいとは言えなかった。中には人の影があり、杖のような長い棒がボロ布から突き出ている。コンクリートに杖を突き立てる度に、夜の街に乾いた音が響いた。
「だからさあ、私は言ってやったんだ。『うどんにフォーク使うなんて貧乏人のやることだ』ってさ」
「最高っす! まじやべーっす!」
ボロ布の前方からは、若い女が二人歩いてきていた。二人は、この街、秋葉原では知らぬ者のいない軍服を着ていた。濃紺のジャケットに赤いリボン。赤いデザインのミニスカートからは、スラリとした足が伸びている。到底軍人などには見えないが、この街では彼女のような人間こそが軍人なのだ。老婆とその二人組の距離は縮まってゆく。目の前で立ち止まる。ぺちゃくちゃとくだらない話に花を咲かせていた二人も、ようやくことの異常さに気づいた。
「なんだ?」
「秋葉原駆動鎧団の二人だよね。ねえ、そんなに楽しいの?」
ボロ布からは、しっかりとした声がした。それがなおさら二人組には不気味だった。そもそも秋葉原駆動鎧団は、この秋葉原の安寧秩序を守るだけでなく、この街の特権階級であることをも意味している。わざわざ呼び止めるだけでも恐れ多いとする人間すらいるのだ。
「なんなんすかあんた」
「ごめんなさい、私達は今非番なの。サインならまた劇場で……」
ギアが回り、モーターが駆動する。どこから出た音かと一瞬訝しむ。ボロ布の杖が傾き、相棒の顔に突如それは突き立てられた。
相棒の整った顔は一瞬で潰れたスイカのように爆裂し、女─名前は高澤という─の顔にも飛び散った。
「な……」
ボロ布が夜風に吹かれ、剥がれていく。高澤には見覚えのある顔だった。かつての裏切り者。最悪の重犯罪、後輩殺しをやってのけた、秋葉原駆動鎧団の恥さらし。
「お前は……やま」
最後まで言い終わるうちに、高澤の顔は真っ赤な花火のように爆裂した。今度は、ボロ布が持っていた大型回転式拳銃の銃口から、煙が上がっていた。
「これでもう5人めか」
真紅のマントが翻り、秋葉原駆動鎧団総団長・前野は頭を抱えた。今年が始まってから、秋葉原駆動鎧団のメンバーが次々と狙われているのだ。実際に、狙われたものはほぼ確実に死亡しており、生きて帰ったものももはや任務は果たせそうにない。
というのも、秋葉原駆動鎧団の存在目的まで遡る必要がある。突拍子も無い話しであるが、秋葉原は日本から独立した。東京都のとある条例によって、日本が遥か昔から育んできたサブカルチャーは終焉を迎えてしまったためである。秋葉原駆動鎧団の前身であるアイドルユニット・秋葉原フィフティのプロデューサー・夏山はそれを是とせず、政府中枢との取引と秋葉原フィフティで生み出しだ莫大な利益を元に、秋葉原を独立国家とし、自身はその指導者として、サブカルチャーによる経済体制を基盤にした帝国を築き上げたのである。
その帝国を維持するにも、経済以外にも必要なモノがあった。求心力と軍事力だった。既に、秋葉原フィフティという『求心力』を持ち合わせていたものの、軍事力など持ちあわせては居ない。必要もないのではないかという意見もあったが、夏山を決心させたのはサブカルチャー好きな研究者達が、とんでもないアイデアを出したためであった。
『秋葉原フィフティに俺達が作った強化スーツを着せて戦わせたら超可愛い』
そして生まれたのが、彼らの技術の結晶である強化スーツ(と言っても、当時は手足の筋力を増幅させるサポーターと、臓器を守るためのプロテクターくらいだったが)と秋葉原フィフティが合体した『秋葉原駆動鎧団』と言うわけだ。
要は、軍事力としての権威の役割と、アイドルとしての求心の役割のある彼女らに取ってみれば、顔をつぶされるというのは死を意味すると言い切って良い。もちろん、本当に死に至ってしまえば元も子もないが。
「それで、佐志原。昨日やられた高澤と宮城はどうなった」
「即死だよ。顔を太いもので貫かれてるんだから、仕方ないけど」
団長の前野にすらタメ口を訊く佐志原は、秋葉原駆動鎧団の斥候を担当していながら、正式メンバーの一人に数えられている。本来であれば、前野にため口など軍規の関係上よろしく無いのだが、前野はその『軍規』自体嫌っている。
「犯人の検討はついたのか」
副団長の大木が重々しく口を開く。
「……はっきり言って、つきません。未だ不明。とりあえず、各団員には外出時には武器の携帯・COSの着用を義務付けさせようと考えています」
「すぐに徹底しろ。悪意が我々に向かっているのならいい。秋葉原市民に向かうようになったら、我々はおしまいだ。夏山Pにもご迷惑がかかる」
COSとは、COMBAT・OVER・SUITの略称であり、秋葉原駆動鎧団の正式装備である。軽量外部装甲によって筋力の増幅と、足に装着した『ムーバー』と呼ばれる駆動システムによって市街部での高速移動を実現しているのだ。報告が終わり、佐志原は団員への伝言のため退室する。残ったのは、団長の前野と大木だけになった。
「……あっちゃん、あなたもう気づいているんじゃないの」
「何のことだ」
「私は、正直もう気づいているつもり……。団員だって、薄々気づき始めてる。この際、言ってしまったほうがいいんじゃ……」
「……裕子、やめて」
結成当時からのライバルであり、親友同士である二人は悩んでいた。というのも、この一連の凄惨な事件の犯人が誰なのか、正直なところ検討がついてしまっているからだ。
「結成直後、訓練中の研究生を殺してしまったあの子……」
「裕子」
「そんな事実なんて、ほんとにあったかどうかなんてわからないのに、私たちは擁護もせずに……」
「裕子!」
前野の声は自然と大きくなっていた。否定したい事実。隠したい過去。埋もれてしまったもの。埋もれさせたいもの。
「リクは私達を恨んでいる……その事実はもう否定しようがないよ。あっちゃん、私たちは、リクをなんとかしなきゃいけないんじゃないかな」
「分かってる」
「ほんとに分かってるの?」
「分かってる!」
私たちは変わった。前野は独りごちた。私たちはただ、TVに出てちょっとちやほやされて、好きな俳優と共演したりしたかっただけなのに。曲は売れた。ファンは増えた。だが、私たちは兵士になんかなりたくなかった。私たちは変わったのだ。大げさにつけている赤いマントが、どことなく重くなったように感じた。
轟音。地を震わすような凄まじい歓声。秋葉原駆動鎧団──現在も、アイドルとしては秋葉原フィフティと呼ばれている──の開催する公演では、今では頻度は減ってしまったものの、ひと月に一回は行われている。昔は、とある大型ディスカウントショップのスペースを劇場と呼んでいたが、今は違う。劇場は空に移った。秋葉原上空に浮かぶ、超大型空中劇場。緊急時には、秋葉原駆動鎧団の空中ベースとしての機能をも有する。人々は秋葉原フィフティの公演を見るために来場し、秋葉原の経済を担うというわけだ。
国境を超えるという危険を犯してでも、彼女らの公演を観に来るファンは多い。東京都の中にある以上、秋葉原自治区との関係は最悪のため、越境は最悪射殺も致し方ないほどの重罪となっているのだ。そこで、秋葉原駆動鎧団が『お出迎え』という形で彼らファンを助けに行く。そこまでされて、彼女らを嫌う人間はいない。自然とファンは増えていくのだ。そんなわけで、今日も劇場はいっぱいとなり、公演は無事終了した。がらりと人の消えた劇場を、前野は汗をふき、水分を補給しながら見回していた。
「補充メンバーも動きが良かったですね」
スタッフが代えのタオルを持ちながら、前野に話しかけた。
「彼女たちはメンバーだよ。『補充』はいうだけ余計だ」
うかつなことを言ったと、スタッフは一瞬表情を曇らせた。そそくさとその場を去る彼女を省みもせず、前野は誰もいないステージに立ったままだった。
誰かいる、と気づいたのは、それから数分も経っていなかった。ちょうど、センターの位置の中腹の席に、ボロ布がかけてあった。もそもそと動いたので、ゴミではないだろう。
「誰かいるのか」
ボロ布が舞う。客のいなくなったホールに、布がこすれる音が、硬いもので床を叩く音が響く。ボロ布の天辺からは棒が姿をのぞかせていた。これをどうやら杖にして歩いているようだ。その割には、足取りはしっかりしている。
「公演はもう終わった」
「いいや、終わっちゃいない……終わらせやしない。私以外の手で終わらせるなんて……許せない」
ボロ布が顔をあらわにした。その人物を、前野はとても醜いと思った。自分は聖人ではない。醜い者を醜くないとお世辞を言えるほど、前野の人間は良くなかった。その人物の顔は一言で現すのなら、溶けていた。左目はそのまま眼球があらわになっていて、きちんとまぶたの残っている涼しげな右目と対比する形になっている。唇もほとんどなくなっていて、歯は剥き出しになっていた。ただ、その声だけは聞き覚えがあった。忘れられるはずもなかった。
「リク……山本リク。やはり……あなたが……」
「久しぶりだね、あっちゃん。今は秋葉原駆動鎧団の前野団長って呼んだほうがいいのかな」
「どうしてこんな──」
「どうして? どうしてって? わからないの? 忘れたの?」
リクは剥き出しの歯をかちかち鳴らした。笑っているのだろう、と前野はあたりをつけた。眼が不気味に輝いている。その奥で、どす黒い炎が燃え上がっている。
「私のお父さんは、当時の与党の一員で、秋葉原自治区の立ち上げに強く反対した。日本にパレスチナを作るわけにはいかないって言ってたっけ。……見せしめに、私は存在しない研究生を殺したという罪を着せられ、司法取引とかなんとか適当な理由を付けられて……私はいつの間にか訳のわからない戦場に送り込まれた。COSを一着与えられてね」
喉が焼けるようだ。勝手な慰めだということは分かっていた。リクのことをいくら同情しても、リクの時間は戻らない。喉から先に思いが出ていかない。
「地獄だったよ……辛かった……。相手を殺さないと、戦場では生きていけない。COSはあっても、私は一般人同然だったから、始めは何度も捕まったっけ……。知ってる? あっちじゃ、アジア人の女なんて家畜以下の扱いなんだよ。顔があった時は犯されるだけですんだけどさ。まさか顔を切り刻みながら犯るのが好きな人間がいるとは思わなかったよ。世界は広いんだね、あっちゃん」
モーターが駆動する。ギアが火花を散らしながら、ホールに音を満たした。黒々しく、返り血を浴びててらてらと鈍い光を発する黒鉄の槍。リクの持つ持ち手にはエンジンが駆動し、モーター式杭打ち機──通称・パイルバンカー──が握られていた。
「でもさ……あっちゃん、知ってたんだよね。昔から、夏山Pのお気に入りだったしね。知ってたのに、助けてくれなかったんだよね。ひどいよね。おかしいよね。不公平だよね」
ムーバーに電流が走り、ローラーダッシュが回転し始める。
「だからさあ、あっちゃんもいらないよね、そんな顔。不公平だもんね。私がさあ、一緒の顔にしてあげるからさあああ!」
前野は公演時に履いていたウェスタンブーツ型のムーバーの電源を入れると、リクに呼応するように起動させた。武器もなければ、COSも無い。草食動物が肉食動物から逃げるようなものだ。
「いいよいいよ、あっちゃあん! もっと見せてよ! 恐怖と絶望と焦燥にまみれて歪んだ顔をさあ! 見飽きたらぶっ潰してあげるからあ!」
リクは懐から大型回転式拳銃を取り出すと、乱暴にトリガーを引いた。正確に前野の顔を狙ってきている。が、前野も伊達に団長を名乗っているわけではない。ムーバーによって前後左右に自在に回避し、弾丸の軌道を完全に見切る。ダンスで磨かれた卓越したバランス感覚と、戦場で得た神がかり的な直感。前野が団長として長く一線で活躍する理由は、まさしくそこに存在した。
「リク! もうやめてくれ! こんな事をしても何もなりはしない。その顔だって、秋葉原自治区の医療を持ってすれば……」
「持ってすれば? 持ってすれば何なのあっちゃん。まさか治るから許してくれっていうの? 馬鹿じゃないの? これは復讐なんだよ。仮に私の顔を戻したとしても、私の感じた痛みは、裏切りは、絶望はどうなるのさ。誰が治してくれるのさ?」
「わ、私が夏山Pに言って……」
「言って何になるんだよおおおお! 私から何もかも奪ってきたくせに! 私の復讐まで奪う気か!」
ステージに悲鳴が上がる。ムーバーが空転し、摩擦から発生した熱が焦げた一直線を描いた。リクが急加速し、一気に前野に詰め寄る。あまりの急加速に、前野ですら対応しきれない。拳銃をしまった掌が前野の顔をつかむ。COSによって強化された握力は、前野の顔を潰しかねない程の痛みを強いた。モーターの回転数が上がり、鉄の槍が前野の顔を完全に捉えている。
「あっちゃん、もういいよ。はっきり言って、ガッカリだよ。長い間ごくろうさま。不死身のアイドル前野淳代の顔ッ! もらったああああ!」
パイルバンカーを起動させようとしたその時、無数の銃声がホールに充満した。前野はステージに投げ出され、したたかに身体を打ち付けた。
「お、大木! それに皆も!」
秋葉原駆動鎧団副団長大木以下数名が、COSを装着し、『お出迎え用』小型軽機関銃の銃口をリクに向けていた。リクはと言うと、何発かそれを食らってしまったらしく、その場に片膝をつき、うずくまっている。
「とうとう姿を表したな……お前がこの一連の事件の犯人というわけだ。噂に違わぬ化物ヅラといったところだ」
大木は勝ち誇ったように仁王立ちし、まるで汚物を見下ろすようにリクに視線を投げかけていた。その手には、大木専用の日本刀型振動ブレードが握られており、確実にリクを仕留めようとしていることが分かる。
「大木、ヤツはリクだ! 殺したらいけない!」
「『リク』? 団長、何を言っているのか分からないな。奴は東京都側の工作員に違いない。夏山Pもヤツの存在を懸念しておられる。間違いのないように仕留めなければならない」
「大木……何を言っている! リクの罪は確かに重いかもしれないが、きちんと罪を償わせなければ……」
「全員、よく狙え。確実に仕留めろ。顔は狙うなよ。命中率が下がるし、元々ヤツの顔はあってないようなものだからな」
大木は、親友であるはずの前野ですら見たことのない醜悪な笑みを浮かべながら、指揮棒でも振るうようにブレードを前に突き出す。それに呼応する形で、団員の銃口が再びリクを捉えた。
「団長、貴女には教えておきましょう。『山本リクなどという団員は元々秋葉原フィフティには存在しない』。やつはあくまでも、この一連の団員を狙った事件のイカレた犯人として始末する」
「それが夏山Pの意向だと言いたいのか、大木!」
「そうですとも。団長には連絡が遅れてしまったようですが、私には佐志原から既に連絡が来ていたんです。……貴女にも、たった今お伝えしました。割りきってください」
割り切れるわけもない。リクは今でも仲間だ、などと殊勝なことも言えない。前野は団長だ。すべての団員の手本になり、秋葉原市民の──いや、すべてのサブカルチャーを愛する人々の希望とならなくてはならない。だが、それがはたして全てを失った山本リクを簡単に切り捨ててまで果たさなくてはならない使命かと問われれば、前野は躊躇するしかない。答えられない。私たちは変わった。だが、かつての友に銃を向けることができるほど、変わったとは思わない。思いたくない。
「てーッ!」
爆音。マズルフラッシュ。叫び声。空気が震え、まるでリクの持っているパイルバンカーのように、様々な事象が前野を突き刺した。ステージに、金属が落ちる音が響く。どさり、と人が倒れる音も。硝煙が晴れ、マズルフラッシュで見えなくなった眼も回復した。赤黒い液体が、神聖なステージを濡らしていた。
「……リク!」
リクは、立っていた。纏っているボロ布は焦げているが、穴は空いていない。どうやらただのボロ布ではなく、特殊繊維用の防弾マントらしい。すでに物言わぬ肉塊と化していたのは、軽機関銃を構えていた団員たちだった。リクの手には、大型回転式拳銃が握られていて、銃口からは硝煙が漏れていた。
「リク! もうやめて! お願いだから……もうやめてよ……」
涙がこぼれる。涙がステージを濡らす。今まで、何度もこのステージで泣いた。歓喜に震え、苦痛に耐え、仲間たちといつも同じ涙を流した。そんな涙とは断じて違う、搾り出すような哀願の涙。かつての仲間が、仲間を殺す。そんな理不尽が、不幸があっていいものか。
「そういえば……裕子だったよね。『私が研究生を殺した』なんて噂流したの。TVでも言ってたよね。あっちゃんより、あんたに突き立てたかったんだよ、パイルバンカー。潰したかったんだよ、あんたの顔」
大木は、ぞっとするほど無表情なまま、リクを見つめていた。
「リク……貴女はいつもいつもそうだった。ダンスも歌も私より下手だったくせに、いつも私の邪魔ばかり。挙句の果てに、こうしてヒラのクズどもは殺せても、武器一つ持ってないあっちゃん一人殺せないなんてね。こうしてお膳立てしてやったのに、本当にガッカリ。……死ぬのは貴女よ、リク」
最新型であり、大木専用のチューンナップが成されたCOSと、五年前の開発当時のままのCOS。戦力差は明らかだが、そんなことでリクは怖じけついたりしない。二人は同時にムーバーをフル稼働させると、交錯した。振動ブレードがリクの特殊繊維製防弾マントを切り裂き、ステージをバターのように掬い上げる。防弾マントの中では、結成当時の秋葉原駆動鎧団のボロボロになった制服の上に、外部装甲が付けられていた。
咆哮。
リクは咆哮していた。自分は生きているぞ、とこの世の全てに宣言するように。この時にために生きてきたのだ、と示すように。それが誰に対してなのかは、前野にも分からなかった。
ブレードを横薙ぎに振るうと、リクはそれを態勢を低くし避ける。いくらムーバーによって異常な駆動力を得たとしても、それが戦闘経験の無さの補助にはならない。全てを失った代わりに、リクは膨大な戦闘経験を得ていた。それしか得るものがなかったのだろうということが、前野には哀れに思えた。
「もらったァ! 私の……勝ちだ!」
振動ブレードが、リクの左腕を捉えた。ごろり、と左腕が飛び、切断面からは鮮血が吹き出す。敗北。死。人は決定的なそれを迎えた時、苦悶の表情を浮かべる。不本意ながら、前野も自身の攻撃によって、それを目の当たりにすることが多々ある。リクは違った。眼に燃える復讐の黒い炎は、まだ消えていない。
「いいや、あんたの負けだよ、裕子」
ギアがギチギチと回転し、モーターがフル稼働をはじめる。ムーバーによる信じられない程高速の足払いによって、大木の華奢な身体は宙に浮き、背中からステージにたたきつけられる。大木の眼に黒鉄の槍が突き立てられ、勝負は間違いなく決した。
「馬鹿な……最新型のCOSをまとったこの私が……」
「じゃあね、裕子」
「待って! まっ」
ぐしゃり。
無慈悲にもパイルバンカーは駆動を終え、大木は美しい顔を爆裂させると、短い人生をも終わらせた。リクはそのまま膝をつく。ステージを充満させた音も光も消え、残ったのは数体の肉塊と化した仲間たちと、前野一人が残された。
リクは死んでいた。左腕を切り飛ばされ、大量に血液を失ったためだろう。前野は彼女の顔を見る。醜いが、見て分かるほど満足そうな笑みを浮かべていた。パイルバンカーは、大木の顔を突き抜け、ステージに聖剣のように突き刺さっていた。何かに突き動かされるように、大木のCOSを取り、筋力補助を使って引きぬく。
「もう一人、復讐したかった人がいるんじゃないの?」
誰にともなく呟く。返答してくれる人は居ない。前野は代わりに鼻歌を歌った。かつて秋葉原駆動鎧団が結成される前、ただの人数だけが多いアイドルだと馬鹿にされていた時、初めて世に出した曲。あの時はみんな笑顔だった。未来に向かって希望を持っていた。今は、違う笑顔を浮かべている。違う表情を浮かべている。パイルバンカーが床を叩く音が響く。楽しげな鼻歌が響く。
そしてホールには、何も響かなくなった。