未来から?世界線をわたって?
長い長い道のりであったが、ようやく豊は、女の子から話を聞くという選択肢に至った。
この世界で、裸の女の子が道の真ん中にいれば、まずは着る物をなんとした後、話を聞くってのが普通だろう。
そして正に普通の中の普通である豊が、その行動に及ぶ事がなかったのは、全てはこの女の子の「思いの力」によるものだった。
「えっと・・・お名前は?あ、僕は山下豊です。」
おいおい、合コンしてるわけじゃないんだから、普通に話そうよ普通に。
でも気持ちは分かる。
それくらい可愛い女の子なのだ。
言葉だけでは表現できなくて、本当に申し訳ない。
ただ、あえてどんな可愛さか言ってくれというなら「あなたがもっとも可愛いと思う女の子と同じくらい可愛い」である。
その可愛い子がこたえた。
「ネコなのさ。」
猫だから、そらネコだよね。
「って、そうじゃなくてさ。呼ばれている名前って言うか。そう、たとえば飼い主にどう呼ばれていたの?!」
豊の言葉に、女の子は少し考えて、少し寂しそうな顔をしてから「ミケネコ?飼い主じゃないけど・・・」とこたえた。
寂しそうな顔に、なんとも気まずい雰囲気になった。
「それも名前じゃない!」なんてツッコミは、もう不可能だった。
豊は諦めて、「ミケネコさんは、どうしてあんなところで、その・・・裸で・・・ん~いたの?」と聞いた。
これは、裸でいた理由を既にわかってはいたが、それを受け入れたくない気持ちが作用しての聞き方だ。
人間の服を着ている猫なんていないからね。
ミケネコはしばらく寂しさから解放されずに黙っていたが、豊の質問を聞いて少ししてからこたえた。
「別の世界から飛んできたら空だったのさ。死ぬかと思ったさ。」
ミケネコの返事は、豊の質問に正確にこたえられたものではなかった。
だがしかし、この言葉には、朝の出来事を全て含めて、一本に繋げるには十分な言葉であった。
そして、聞き流せない言葉も含まれていた。
「別の世界から飛んできた?」
まあもっともな疑問である。
豊の常識の範囲内で考えれば、別の世界というのは、外国ってのがまず思いつくところだろう。
そこから飛んできたってなら飛行機だが、猫が飛行機に乗ってきて、死ぬかと思ったとかこたえるのはどうも不自然だ。
それに朝、羽の生えた猫のような鳥を目撃している。
あれがもしミケネコだったら、外国から羽を使って飛んできたって事だが、それだと死ぬかと思ったってのがやはりおかしい。
豊の質問に、ミケネコはようやく核心に触れる発言をした。
「私、別の世界線の未来から来たのさ。豊に会う為に。」
豊は、一瞬意味が分からなかった。
いや、言っている事は理解できる。
でも、そんな非常識な事が実際にあるなんて、やはり豊には納得できないし、事実としては理解できなかった。
私だったら、きっと猫人間がいる時点で、羽をはやして空を飛んでる時点で、それくらいあっても不思議ではないと思えるだろう。
それができない豊だからこそ、この話の主人公になり得たわけだが。
豊は、必死に頭の整理をしていた。
ミケネコの言っている事を、そのまま理解すればこうだ。
ミケネコは、別の世界線の未来から、この世界へと飛んできた。
そしたら空の上だったので死ぬかと思った。
後は豊の見た事実と合わせると、羽が生えて飛べたので、無事地上に到達した。
豊の帰る道すがら、再び出会い人間になるが、元は猫なので裸だった。
なんやかんやと無理やり家にお持ち帰りした。
というわけだ。
おっと、一つ重要な発言をスルーしていた。
「豊に会う為に来た」って事だ。
豊はそこに何かがあるような気がしたのか、それとも偶々そこだけ腑に落ちなかったのか、再び質問をした。
「俺に会いにって、どうして?」
この質問にこたえるには、どうやら一言では語れなかったようで、此処からミケネコは長々と語り始めた。
「よくわからないんだけど、私の居た世界は、私の世界、私の世界線なんだってさ。」
確かによくわからない。
だから黙って、豊は話を聞き続ける。
「時間軸の中には、沢山の世界線が存在するんだって。」
豊も、それくらいは聞いた事がある。
それぞれの世界線には、それぞれの自分がいて、要するにパラレルワールド。
世界線は色々なところで分岐し、また合流する事もあるとか。
たとえば明日、豊が学校に遅刻したとしよう。
本来豊は、明日遅刻しなかったとして、ここで、遅刻した世界と、遅刻しなかった世界が、それぞれに存在するという考え方。
世界線の分岐だ。
しかし、遅刻してもしなくても、その後の豊に全く何も変わりがなければ、世界線は再び合流する事もある。
でも、この後のミケネコの発言は、その考えを少し否定するものだった。
「時間軸の中の世界線は、全て平行に、命の数だけ存在するんだってさ。」
豊は、そういった話は聞いた事が無かったが、理屈としてはある意味わかりやすいかもしれないと思った。
「時間軸をロープに、世界線をロープを作る一つ一つの紐に例えるらしいんだけど、その紐は、中心部は密度が濃くて、外に行くほど数が少ないんだってさ。」
そんな話は聞いた事が無いし、少し分かりにくい。
だからか、ミケネコも言いなおした。
「そのロープを切った断面図は、銀河系のようになってるんだってさ。宇宙の真理は万国共通とか言っていたのさ。」
言いなおして、余計に意味が分からなくなったが、要するに、中心付近は密度が濃く無限に近くて、外は密度が薄いって事だと、豊は理解した。
だがそんな事を言われても、豊かに会いに来た理由には、どう考えても繋がらない。
だから豊には、ミケネコの言う事を聞き続けるしかなかった。
「私は、その銀河系みたいな時間軸の、一番外の世界線から来たのさ。この、豊の世界である、丁度中心の世界線に。」
(要するに、この中心には何かがあると。でも、僕の世界ってのはどういう事だろうか?命の数だけ世界線があるという事は、それぞれの命に、それぞれの世界線が割り当てられているって事だろうか?)
そう豊は考えていた。
この話が本当なら、豊はある意味、世界の中心に住む、世界の中心人物って事だ。
だからと言って、これで会いに来た理由が全て明かされたわけではない。
中心の人物に会いに来なければならなかった理由こそが、豊に会いに来た理由だという事だ。
豊が頭の整理をつけたところで、ミケネコは再び話し始めた。
「全ての世界線は、近い距離ほどお互いに干渉し合い、離れた世界ほど干渉しないんだってさ。だから、外の方の世界で起きた事が、内側の世界に影響を与える事はほとんどないって。」
豊にも、なんとなく話が見えてきた。
要するに、数の多い内側の世界で起こった事の方が、より多くの世界に干渉でき、更には全ての世界への干渉が可能と言う事。
「つまり、ミケネコの世界を、この世界で何かする事で変えたいって事か。」
豊には信じられない話ではあるが、それなりに頭が良いので、理屈を理解するだけなら容易かった。
「うん。でも、この世界は豊の世界だから、豊が何かしないと変わらないのさ。豊が信じてくれないと変えられないのさ。この世界は、豊の世界なのさ。豊の思うがままなのさ。」
豊には、「思うがまま」というところが特に理解できなかった。
何故なら、この世界が思いのままなら、豊が願えば、魔法使いにでもなれるって事だから。
でもそんな事にはなり得ない。
それでも、一応聞きたくなるのが人間だ。
豊には珍しく、少し期待していた。
「僕が願えば、魔法使いにでもなれるのかな?」
しかしその質問は、あっさりと否定された。
「よくわからないけど、中心付近はお互い干渉し合っていて、大きく変えるのは難しいんだって。だから、変えるのは些細な事から始めるしかないのさ。」
少し残念な気持ちもわいたが、それが逆に、豊に「当然、不思議な事なんてそうそう起こらない。期待する方がバカだった」と、思い出させる事になった。
でも些細な事なら変えられるってのは、豊にとって信じられる言葉だった。
だけど此処で又疑問がわいた。
些細な事を変えても、結局些細な事しか変えられない。
それを積み上げて大きく変える為には、どれだけ些細な事を積み上げなければならないのだろうか。
正直そんな事に付き合っている暇も無いし、到底できるものとも思えなかった。
「この世界で何か些細な事を変えても、それが全ての世界に影響を及ぼしたとしても、結局些細な事しか変えられないんじゃないの?」
豊はこの話を信じたわけではない。
でも、今の豊には、何故か真面目に話すだけの意味を感じていた。
「私を助けて死んでいった人、きっとその人に会ってくれるだけで、私の世界では死なずに済むだろうって言っていた。」
誰が言っていたのか、どうしてそうなるのか、豊には全く分からなかったが、この時、この子の力になりたいと思っていた。
何故なら、ミケネコが、凄く可愛い女の子が泣いていたから。




