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飛猫~イフ~  作者: 秋華(秋山 華道)
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運命の時

豊と音子は、明け方まで公園のベンチで喋っていた。

だから当然こうなるわけで・・・

「音子早く!間に合わなくなる!」

「豊待つのさ。別に取って食ったりしないのさ。」

音子はまだ寝ぼけていたが、豊は無理やり手をひっぱって走った。

今日で音子とはサヨナラなのかもしれないが、いつもと変わらない感じに、豊は少し嬉しかった。

豊は必死に走りながら計算していた。

音子は、事故の時間に関して「太陽が一番上に近かったのさ」なんて言っていた。

だから時間は11時~13時くらいだと判断できた。

今の時間が10時40分だから、後20分以内には駆けつけたい。

初めての街だから、道が分からなくて迷う可能性もある。

ギリギリで焦っていた。

だけど、意外にあっさりと、豊たちは目的地に着いた。

携帯電話の時計は、まだ10時52分だった。

思ったより早くついた事に豊は違和感を覚えたが、迫りくる運命の時間に、そんな事はすぐに忘れていた。

道路沿いの歩道に立って、豊は音子と二人、辺りを警戒した。

予想としては、まずこの世界の音子が、三毛猫の姿で車道に飛び出すはず。

そしてそれを助ける為に、男が車道に出ていくはずだ。

要するに、三毛猫が車道に飛び出す前に、三毛猫を捕まえるのが、一番良い方法と思える。

もしそれができない場合は・・・

豊はそれを音子に話そうとしたら「大丈夫なのさ」と、豊の手をつかんだ。

豊にはなんとなく「その時は私に構わず、命の恩人を助けて」と、音子が言っているように思えた。


携帯電話の時計は既に12時を回っていた。

だが、一向に何も起こる気配は無かった。

そうそう事故なんて起こるものではない。

それにココは見渡しがよく、車が接近してくればすぐにわかる。

だから注意すべきは、車が近づいてくる時だ。

その前に飛びだす事以外に、事故の原因なんて考えられない。

そう思って警戒していると、一人の女性が道路の真ん中に歩み出るのが見えた。

幸恵だった。

「なんで川上さんが?!」

幸恵の表情は、爽やかな笑顔だった。

幸恵はもう、気が付いていた。

自分が、どういう人間なのかを。

そして何故、こんなに音子に似ているのかを。

幸恵は、音子がこの世に存在する為の、可能性の一つとして、選ばれた人だったのだ。

音子が猫から人間ならなければ、過去へとやってこなければ、今日、病院で死ぬはずだった。

でも、選ばれた。

音子が、最初から人間だったと言う可能性として。

いくら中心世界の中心人物が認めたとは言え、猫が人間になる現実を、他の全ての世界線で認められる可能性は、限りなくゼロに近い。

となると、最初から人間だったというところに落ち着く事になる。

今幸恵は、この世界の音子になろうとしていた。

しかし、幸恵は、音子の事を大好きになっていた。

自分が音子になると、音子はどうなるのか。

きっと、猫から人間になった音子は消滅してしまう。

だから、自分が自動車にはねられて死ねば、人間だった可能性が失われ、猫が音子になった現実しか残らなくなり、音子がそのまま生きられると考えた。

幸恵は、自ら自動車にはねられるつもりだった。

そしてそんな気持ちは、豊にもなんとなく伝わっていた。

豊は、すぐに向かってくる車がないか確認した。

すると一台、猛スピードで近づいてくるのが見えた。

「豊これだよ!」

音子の言葉に、豊は幸恵に向かって走り出した。

とにかく今は、なんとか幸恵を助けなければ。

きっと、幸恵のこの行動には意味があり、音子と何か関係があるのだろう。

でも、誰かの為に犠牲になってはいけない。

豊が振り返り、後ろから来る車を見ると、運転手が突っ伏しているのが見えた。

居眠りか、それとも体調に異変があったのか、そんな事は分からない。

だけど、その車が止まらずに突っ込んでくる事だけは、想像するに容易かった。

再び豊は幸恵の方を見た。

すると一人の男性が、幸恵を助けようと思っているのか、幸恵に向かって走っているのが見えた。

豊はその人を見て、何故だかわからないが無意識に叫んでいた。

「お父さん!!」

豊は、自分で言った言葉に驚いた。

すぐに豊の頭の中に、色々な記憶が駆け巡る。

そして、公園で懐かしさを感じた理由が分かった。

さっき此処に来る時に違和感を覚えた理由も。

知らない街を走っているのに、妙にスムーズに此処までこれたのは、昔住んでいた街だったからなんだ。

人間、5歳までの記憶は残らないとか言われるが、無意識の中に残っているものなのだなと、豊は思った。

豊の父は、豊の声に振り返り、車道に出てすぐのところで立ち止まっていた。

その口からは、声には聞こえなかったが「ゆたか」と言っているように見えた。

豊にとっては、本当の父親との十数年ぶりの再会ではあったが、今はゆっくり再開に何かを感じている場合ではない。

これで、音子の命の恩人であった、豊の父の命は救われるはずだ。

今は幸恵を助けなければと思った。

「川上さん!!逃げて!!」

豊は走りながら声を上げるが、幸恵はただ、豊を笑顔で見るだけだった。

その時、するすると豊の足元を走り抜ける影があった。

その影は、すぐに車道の真ん中へと出た。

そして、幸恵を守ろうというのか、迫りくる自動車へと、体を向けた。

それはまぎれもなく、この世界の音子だと、豊には理解できた。

音子と出会った時、何度も見た音子の猫の姿。

間違えるはずが無かった。

そしてその三毛猫は、幸恵よりも10mほど手前で、迫りくる自動車へと体を向けた。

この猫が車にはねられると、音子は死ぬのだろうか。

でも、三毛猫は幸恵を守ろうとしているようだ。

どうする!?もう時間がない!!

豊が心の中で叫んだ時、音子が車道の真ん中へと飛び出した。

豊を追い越して行く音子が、走りながら振り返った。

「猫だった音子も、忘れないでほしいのさ。」

音子の顔は、笑っていたけれど涙が流れていた。

(どういう事だ?猫だった音子って・・・もしかして川上さんが、人間だった音子って事なのだろうか。でも・・・)

「川上さんは音子じゃないよ!!」

音子は、この世界の音子だった三毛猫を、抱きかかえようとした。

もう、間に合わない。

豊は無意識のうちに車道へと飛び出していた。

音子が三毛猫を抱きかかえた。

それを駆け付けた豊が抱きしめた。

その時、振り返る音子の顔は、号泣していた。

でも豊には、笑顔で「ありがとう」と言っているように見えた。

そこに、豊の背中から、車が突っ込んできた。

豊は音子と三毛猫を抱えたまま、幸恵の前までとばされ、背中から落ちた。

車は、進路を変えて、電信柱に衝突し、動きを止めた。

道路には、豊の血が、沢山流れていた。

豊の視界には、音子と三毛猫が、自分を見て泣きながら、何かを言っているのが見えた。

だけど、意識がハッキリせず、声は聞こえなかった。

向こうには、ゆっくりとこの場を立ち去る、幸恵の姿が見えた。

父親が心配そうに、駆けつけてきた。

みんなの無事が確認できて、豊は「良かった」と思った。

豊の意識は、そこで途切れた。

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