思い違い?わずかな光
ベクトルラインからの場所の特定は、やはり思ったとおり、東京湾についたところで行き詰った。
音子の話によれば、車でこの場所に移動してきてから、世界線を飛んだとの事だった。
車に乗っていた時間の記憶はあやふやで、1時間~3時間くらいだったらしい。
音子の事だから、きっと車の中ではしゃいでいたか、それとも眠っていたのだろうと豊は判断した。
今できる事は、明子から場所を聞き出す事と、幸恵に、手術を受けないように説得するだけになっていた。
豊は、毎日のように明子に手術の場所を尋ねた。
だけど明子は「ごめんなさい」と、言うだけだった。
幸恵には「手術には行かない方が良い」と言ったが「行かないと、音子ちゃんがこの世界にこれないんじゃないのかなぁ」と言われ、行く事を止めるられなかった。
音子の話によると、未来で幸恵に会うのは、何処かのホテルの一室だったらしい。
要するに、幸恵が何処かに出かけている時に会うって事。
その可能性として見えているのは、手術の前日しかなかった。
もし手術に行かないと言ったら、未来で音子と会わなくなる可能性が高い。
そうなると、音子は今此処にいないだろう。
だからせめて幸恵には「手術から逃げて」と言うしかなかった。
すると幸恵は「のぞみちゃんにも同じ事いわれたぁ」と、笑顔をつくるだけだった。
豊は(のぞみちゃんも、この手術が危険だって事、聞かされてるんだな)と、なんとなく思った。
そして豊には、幸恵は逃げる気は無いのだと確信していた。
結局何の進展も無いまま、時間だけが過ぎていった。
もう15日、幸恵は明日出発し、明後日には手術を受ける事になる。
それだけではない。
命の恩人も見つけられず、豊は追い詰められていた。
そんな平日最後の日、今日は幸恵が学校に行く事になった。
最後の思い出作りのようで、豊は悲しくて嫌だったが、幸恵は凄く楽しそうにしていたので、何とか涙をこらえて共に登校した。
学校での幸恵は自然だった。
と言うか、正に音子そのものだった。
毎日音子から学校での事を聞いていたからか、友達関係はもちろん、あらゆる事に問題がなかった。
椎名ですら、最初は音子だと思っていた。
豊も時々錯覚するほどだった。
でも、何故だか豊には違うと感じられた。
結局、豊と椎名以外で、音子が幸恵に変わっていた事に気づく者はなかった。
いや、椎名には幸恵であると教えたわけだし、豊は最初から知っていたわけだから、誰も気がついた者はいなかったと言えるだろう。
学校から帰宅すると、今までとは逆に、音子が幸恵を迎え入れた。
豊は音子を見て安心した。
音子と幸恵の違いが分かる事に安心した。
夕飯までは、いつものように音子と幸恵は、リビングで話をしていた。
豊はどうする事もできず、トレーニングルームで汗を流した。
本当は、少しでも事故現場を探す時間に充てたかったが、音子が「大丈夫なのさ。今は幸恵と話しするのさ」と言って、豊の誘いを断っていた。
実は音子も、この時もう、色々と理解し始めていた。
幸恵の存在。
そして幸恵との関係を。
夕食を終えると、豊と音子は結局、何処を探して良いのかわからず、ボーっとテレビを眺めていた。
もう後残す手段は、明日迎えに来る車の後をつけるか、幸恵が到着してから、場所を連絡してもらうしかない。
そこから事故現場を探しだし、命の恩人を見つけられるかどうかは疑問だが、もうそれしかなかった。
その頃、幸恵の部屋にはのぞみが訪れていた。
いつもと同じように、タロットカードを並べていた。
「どう?」
のぞみが幸恵に尋ねる。
それに幸恵は笑顔でこたえた。
のぞみは幸恵の笑顔を見て、良い結果が出たのだと判断した。
「死ぬ確率がゼロになったの!良かった!」
だけど幸恵は、笑顔のまま首を横に振った。
「えっ?じゃあどういう事?」
のぞみは一転不安顔になり、再度尋ねた。
すると幸恵は、タロットカードを一枚眺めてから、のぞみの目をみてこたえた。
「どうやら、占い、わからなくなったみたいなのさ。続けてやっても、結果はバラバラなのぉ。」
それでも幸恵には、悲観するところは見られなかった。
それどころか、とてもスッキリした表情をしていた。
「きっと、大丈夫だよぉ。だから、ついてこなくていいからねぇ。」
そう言って幸恵は、のぞみの頭をなでた。
のぞみはただ、幸恵の幸せな未来を願うだけだった。
時間は夜の22時になろうとしていた。
豊と音子は、まだボーっとテレビを見ていた。
豊は、明日の学校は休む事に決めている。
車の後をつけなければならないと判断していたからだ。
でも心の中では、もう無理かもしれないと弱気になっていた。
音子を見ると、こんな追い詰められた状況でも、テレビを見て楽しそうだった。
(本当に他人任せだな。やる気ねぇだろw)
豊は苦笑いした。
テレビでは、ドラマがクライマックスを迎えていたが、豊はちゃんと観ていなかったから、特に面白いものではなかった。
そんなドラマも間もなくエンディングとなった。
スタッフロールが流れ始める。
「今日は早く寝ようか。」
豊はリモコンを探した。
すると音子が、いきなり声を上げた。
「ははは~福田明子だって、同じ名前なのさ。」
その言葉に、豊はハッとテレビの画面を見た。
俳優のキャスト名のことろには「福田明子」の名前があった。
豊は音子に尋ねた。
「明子さん、テレビに出てたの?」
当然、出ているわけもない。
音子は同じ名前だと言っていた。
冷静に音子の言葉を聞いていたら分かる事だが、豊は何かが引っかかって、冷静さを欠いていた。
「出てないのさ。同じ名前だって言ったのさ。」
音子の言葉に、豊は少し冷静になった。
そこで考えた。
何故自分は、こんなに焦っていたのだろうか。
そうだ、何かがひっかかったんだ。
今までの、明子さんとの会話を思い出した。
そう言えば、明子さんの会話で、何度か何かに引っかかった事があった。
豊は思い出し考える中で、全てが頭の中でつながった。
「ちょっと明子さんと話してくる!」
豊は音子にそう言うと、急いで明子の部屋へと向かった。
音子は笑顔で手を振っていた。
明子の部屋のドアの前につくと、いつものようにドアをノックした。
このところ、毎日のようにやっていた行為だ。
当然中からは「ごめんなさい、もう放っておいて」と、いつもと同じような返事が返ってきた。
でも今日は、別の話をしにきていた。
「今日は、ちょっと別の話をしたいんです。」
しばらく無言の時間が続いた。
豊はそのままドアの前で待った。
するとゆっくりとドアが開いた。
「何?」
そう言う明子の顔は、明らかに1週間前よりもやつれているように見えた。
その顔を見て、豊は自分が此処に来た理由を忘れかけた。
今この人に、聞いても良いのだろうかと。
でも、聞かないといけない。
豊はハッキリと言った。
「明子さん、あなたは幸恵さんの、お母さんなんじゃないですか?」
明子の表情は、驚きの表情にかわった。
そしてすぐに両手で口元を隠したかと思うと、涙が両目から流れ出ていた。
そう、幸恵の母親の事を聞いた時「おそらく死んだ」と明子は言っていた。
そして一度、幸恵の事を「幸恵お嬢様」ではなく「幸恵」と呼んでいた。
記憶障害の原因が母なら、真っ先に忘れるのは、母の事なのではないかと豊は考えた。
何度も忘れられるうちに、明子は母ではなく、お世話係として、別人になる事にしたのではないだろうか。
名前が、芸能人の名前と同一である事から、これもきっと勢いで付けた偽名。
名前を聞かれて、その時に見ていたテレビの中から、咄嗟に選んだものだろう。
豊は、泣いている明子を見て、幸恵の母親であるのだと確信した。
「明子さん、手術の場所、教えてください。きっと大丈夫ですから。」
豊は更に考えていた。
父親は、明子が母親である事を知っていて、今も時々連絡をとっている。
そして生活を支えている。
明子さんは以前「愛する人を裏切れない」と言っていた。
確かに浮気がばれる事はまずいだろうけど、明子が幸恵の父を、まだ愛しているのと同じように、幸恵の父もまた、明子を愛しているのではと。
そんな人が、幸恵を殺そうなんて考えるはずがない。
それに、手術日をわざわざ休みの日にしている事からも言える。
殺すつもりなら、学校の事など配慮する必要がない。
豊は、きっとどこか、ボタンの掛け違えがあったのだろうと思った。
でも、明子の言葉は、豊の考えを揺るがすものだった。
「何処で手術するのか、聞かされてないのよ。」
場所を聞かされていない。
すなわち、何かを隠しているって事なのか。
やっぱり、自分の考えは甘かったのか。
「そんな・・・」
豊は絶望しかけた。
でも、そんな訳は無いと、豊は自分に言い聞かせた。
「あっ!手術する病院。きっと横浜中央総合病院だわ。」
明子の言葉に、豊にはわずかな光が見えた気がした。




