叫び!
三人はさつき町を探しまわったが、和也の姿は何処にもなかった。
辺りの景色は真っ暗で、夜の町へと変わっていた。
それでも誰も、帰ろうとは言いだせなかった。
音子からは、もちろん何処までも探し続けたいという気迫が感じられた。
椎名も、心配で帰ろうなんて微塵も考えていないようだった。
結局、帰る事を考えているのは、自分だけなのだと豊は思った。
そんな自分が、少し嫌になっていた。
さつき町は、このあたりでは比較的大きな町だが、東京都心部の繁華街とは比べる由もない。
東京の住宅街の駅前だけを切り取ったような、そんな町だ。
駅前だけはソコソコ人通りはあるものの、少し離れると暗くて、都会に住む人なら怖く感じるくらいだ。
22時を回り、流石に音子にも椎名にも、疲れが見え始めていた。
食事も昼に食べたパンだけだ。
そろそろ潮時だろうと、豊は思った。
「今日は・・・」
一旦帰って、また明日にしようと、豊は言おうとした。
だが、その言葉は途中で遮られた。
少し離れた路地から、男性のうめき声のようなものが聞こえてきたからだ。
それを聞いた途端、椎名は「お兄ちゃん!」と言って走り出していた。
音子もそれに続いて走り出した。
豊は一瞬、足がすくんだ。
どう考えても、豊の想像では、喧嘩していると思えたからだ。
それでも、音子の後ろ姿を見ていると、自然と足が動いた。
三人が走って向かっている間も、「踏み倒そうとはいい度胸だな!」とか「金を持ってるんじゃなかったのか!」とか、瓦礫が崩れるような音と共に聞こえてきていた。
一足先に路地の入口についた椎名は、奥へ向かって「お兄ちゃん!」と叫んだ。
その横に、音子がぴたりとくっついた。
やや遅れて豊が、音子の横へと駆け寄った。
路地の奥では、血まみれになって倒れた、和也の姿かあった。
その前には、男が二人立っていた。
豊はビビった。
今すぐ逃げ出したいと思った。
今まで必死に勉強してきたのはなんの為だったか。
特に良い事なんて無くていいから、平凡で平和な人生を送りたいと思っていたからだ。
それがどういう訳か、自ら進んで、身を危険にさらすような場所に来ている。
一人の女の子、音子の願いをかなえる為だけに無茶をするのも、いつの間にか許容している自分に失笑がもれた。
ただ、この状況を打開する術は、豊には思いつかなかった。
二人の男が、豊たちを見た。
「お兄ちゃんだ?」
「てめぇ、妹がいたのか?」
なんて事を言いながら、ニヤニヤしながら見ていた。
一人の男が、和也を蹴ってからこちらに歩いてきた。
和也は、もう声も出ないようだった。
「やめてください!お金なら、私が出しますから!」
椎名の言葉は、まるで夢の中にいるような感じで、豊の耳に入っていた。
豊の横では、音子が少し震えていた。
椎名は、こんな状況でも、兄の為に必死だった。
人通りもない。
辺りはかなり暗い。
豊は命の危険さえ感じていた。
きっと、命まではとられやしない。
日本では、そんなに殺人事件なんて起こるものではない。
でも、殺人事件に巻き込まれる可能性は、ゼロではないんだ。
そして今回は、自ら進んでこんなところにまで来ているのだ。
もしかしたらと、豊は思った。
「20万用意できるのか?」
「えっ?それは・・・」
椎名は泣いていた。
豊はなんとかしたいと思いながらも、他の事も考えていた。
僕が此処にいるのは「女の子を置いては逃げられない」と思っているわけではない。
「女の子を置いて逃げたら恥ずかしい」から、逃げないだけなんだ。
豊は自分の事を、最低だなと思った。
見ているしか、僕にはできないんだと思った。
こちらに近寄ってきた男が、椎名の腕をつかんだ。
「おお!妹さん、なかなか可愛いじゃねぇか。これなら・・・」
「イヤだ!離してください!」
椎名の叫びに、豊の中で何かがはじけた。
椎名は友達でもなんでもないけれど、とても良い子で、嫌いじゃなくて、幸せになって欲しくて、不幸になってはいけないと。
友達を守らないと・・・
「椎名をはなせーーー!!!」
豊とは思えない、大きな声だった。
声は、辺りに響き渡った。
腕をつかんでいた男は、腕をつかんだまま目を丸くしていた。
遠くから「どうしたー?!」と、声が聞こえてきた。
警察が駆けつけて来てくれていた。
男は慌てて椎名をつかむ手を離し、二人逃げて行った。
間もなく、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。




