兄弟
灯りは豆電球一つ。
薄暗い部屋に篭った青年は、半球状のソレをしっかりと『器具』で固定する。机に広げた本を見ながら頂点に錐をあてた。
ゴキュ、と突き刺さる。
「何をしているの、兄さん?」
椅子に腰掛ける少年は自らの兄に声をかけた。久しぶりに入った兄の部屋は相変わらず本で溢れている。机の上には最近兄が買ったらしい医学書が積まれていた。
「自由研究……みてえなもんだよ」
「またカエルの解剖?」
「いいや、もっとスゲエやつ」
それきり青年は口を閉ざし、再び錐を片手に作業に没頭し始めた。
ふと、少年の頭にむず痒い感覚が広がった。頭を掻こうと手を伸ばす。
「やめろ!」
その手が青年に払われた。少年は突然の暴力に抗議しようとして、思い出す。
今、自分の頭を触ってはいけないのだった。頭を固定している『器具』が外れると大変な事になると、兄は言っていた。
「我慢しろ。まだ触るな」
「ごめん、兄さん」
少年が大人しくなったのを確認し、青年は作業を再開する。が、思いついたように口を開いた。
「そういや知ってるか? 脳は痛みを感じねえんだぜ」
「そうなの? でも、頭ぶつけたら痛いよ?」
「そりゃあ、皮膚が痛かったんだ。脳みそ自体は……刺されても痛くねえんだよ」
言いながら、青年は錐を「ゴキュ」と鳴らす。
「実際、今は痛くねえだろ?」
「痛くないけど……だって、今は頭ぶつけてないもん。当たり前じゃん」
「ふふ、そうだよな」
青年は苦笑しながら、錐を動かす。少年は兄の邪魔をしてはいけないと思い、口を閉ざして大人しく待った。
「うし、出来た」
青年が作業を始めてから一時間。錐を置いた青年は額の汗を拭った。
飽きて眠ってしまった弟を、肩を揺らして起こす。
目を開けた少年は驚いた。目の前に広がる光景は兄の部屋で見えるはずがないもの。
少年は辺りを見回して“ソレ”を見つけた。
「すごい! 手作りプラネタリウムだ!」
無数に穴を開けた調理用ボールをふちで張り合わせ、土台に乗せたものが、青年の机の上にあった。中に仕込まれた豆電球の灯りが穴から漏れ出し、部屋に満天の星空を作り出していた。
「元気になったら、また天体観測にいこうな。それまではこれで我慢だ」
事故で頭に怪我をした弟と、医大を目指す兄は、『小さな冬空』のもとで約束を交わした。
『完』
サクッと楽しめる作品を目指して書きました。
原稿用紙3枚で感動出来る作品を目指しましたが、結構難しい(苦笑)
もし楽しんで頂けましたら意見や感想を頂けると嬉しいです。
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