此方(こちら)
授業中、僕、境清澄は昨夜のことを思い返していた
斜め後ろの席をちらりと見遣るが、やはりそこは空席だ―――
―昨夜、某ホテルにて―
「はあっ?!一般人を巻き込んだ?!」
「ご、ごめん」
訳のわからない場面に遭遇してしまった僕は、ただ二人のやり取りを見ていた
「暗かったし距離はあったから、境君の顔は見られてないと思うんだけど‥」
「そうゆう問題じゃ」
「わかってる!わかってるよ‥‥」詳しくは教えてくれなかったが、理解出来たのは
・僕はやばい場面に遭遇してしまった
・一緒にいた僕の安全が確認できるまでは距離を置いてだが護ってくれる
・絶対に絶対にこのことは秘密にする
ということだ
‥まさか自分があんな世界を見てしまうなんて
しかも身近な人がそちら側とは‥
「はぁ‥」
小さく溜め息をつくと
いつの間にか授業が終わっていたらしいことに気付く
「‥帰ろ」
僕は鞄に荷物を入れると、教室を後にした
―その日の夜、昨日とは別のホテルの一室―
「で、どうだった?」
「今日のところは変わったこと無し。周りに不審な奴も見当たらなかったよ」
二人はこちらの世界で組んで動いている、割と有名な二人組だ
女の方は舟越 舞
‥‥表での名前だが。
こちらでは雪那と呼ばれている
ちなみにその名前は出会ったばかりの頃相方にもらったものだ
男の方は伊藤 春樹
通称ハル
年齢は20代前半くらいだろうか
一見しただけではこちらの人間とは思えない、穏やかな雰囲気を纏っている
本名を伏せるのは裏と表の使い分けの為だ
裏の人間でも、表では別の仕事をしていたりなんかすることも少なくない
‥まあ、ハルのようなどっぷり裏の人間にとっては、身元や過去を隠す為だろう
「そっか。お疲れさん。学校と両立って大変そうだね」
「平気、もう慣れちゃった」
二人はとある目的で一緒に動いていた
事情は色々と複雑だが、簡単に言うと人探し、といったところだろう
探している人物は違うが、それに至るまでの過程が同じなのだ
ちなみに過程というのは大雑把にいうと、地道にあちこちの組織を潰したりして情報収集をすること
二人が組むことになった理由についてはまたの機会にでも
ちなみに昨日は、ある組に大量に保管してあるいけない薬を爆破したため、あんなことになっていた
「‥‥‥なかなか見付からないよね」
「まあ、虱潰しな作業だからな」
不意に床でぽそりと呟いた雪那に、ソファに横になりながらパソコンをいじっているハルは答えた
「明後日の仕事、頑張ろうね」
***
朝方、僕はふと目を覚ました
何故だろう、あれから何だか気分が落ち着かない
僕は気晴らしに、と散歩に出掛けることにした
空を見ると、うっすらと東の空が白み初めている
何と無く、たまにすれ違う犬の散歩をしているおじさんやジョギング中の女の人を観察してしまいながら、舟越さんに説明されたことを思い出す
***
「こっちの世界には色々な能力を持った人間がいるの。
普通の人間だけど、
鍛練を積んで武器を扱えるようになった人もいれば
天性的な特殊能力みたいなのを持った人もいる。
例えば術とか使ったりね」
「じ、術ですか」
「うん。まあ、大抵みんな何か訳あり」
「‥‥今一ピンとこないけど‥」
「そりゃそうだ。いきなりこっちを覗いちゃったんだもん‥‥それはほんとにごめん」
***
周りを見てもどの人間が裏で、なんて僕には見分けがつかなかった
まあ、当たり前だけれど
もし僕に何も起こらなかったとしても、あんなこと聞いちゃったら‥なんだかなあ
気にならないといえば嘘になる、ような気がする
気付くと、辺りは既に明るくなっていた
‥‥帰って二度寝でもするかな
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