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冒険姫リーベ ~英雄の娘は絶望の中に希望を灯す~  作者: 丘引みみず
第3章 新たなる希望

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028 勇気の証明

「ただいま」


 ホールに入ると、そこでは両親とヴァールとフェアの4人が、深刻な面持ちで語り合っていた。しかしリーベが帰って来たのを見ると、彼らは表情を(つくろ)った。


「……おかえり。早かったじゃねえか」


 そう口にしたエルガーの顔は若干強ばっている。


 時期を考えれば、どんな会話をしているのかは明白だった。


 リーベは緊張しながらも、言葉を返す。


「……うん。人が少なくて、怖かったから」

「あんなことがあったんだ。ムリもねえだろうよ」


 彼女は父から目を離し、客人たちに挨拶をする。


「こんにちは。おじさん、フェアさん」

「おう」

「はい、こんにちは」


 ヴァールはエルガーと同様にぎこちない面持ちであったが、フェアはいつも通りの柔和な笑みを浮かべながら、穏やかな声で言う。


(ふさ)ぎ込んでいないか心配でしたが、杞憂(きゆう)だったようですね」

「はい……心配掛けちゃってごめんなさい」

「まったく、心配して損したぜ」


 ヴァールは微笑みながら言うと立ち上がる。


「もう帰っちゃうの?」

「ああ。お前の顔も見たし、次の仕事の準備があるからな」

「仕事……」


(仕事って……冒険に出る準備だよね?)


 見学させて貰いたいという思いが湧いてくる中、シェーンが張り詰めた声を発する。


「お仕事の邪魔をしてはいけないわ」


 その顔は明らかに険しく、事を深刻に捉えていることを示していた。


 当人であるリーベは叱られに行くような覚悟を強いられ、緊張で腹の底が重くなるのを感じずにはいられなかった。そんな状態にあっては、絡みがちな喉を無理に解放して返事をするのがやっとだった。


「……うん、わかった」


 リーベが怖々とする中、ヴァールが落ち着かせるように頭を撫でた。


「また今度な」


 それを言われるのは2度目だが、今回のそれは何やら意味深長な響きをしていた。


「うん……またね」


 冒険者3人を見送るとシェーンが言う。


「リーベ。そこに座りなさい」


 その厳かな響きに唾を飲み下すと、彼女は母の対面の席に腰掛けた。


「リーベ。冒険者になりたいと言うのは本当なの?」


 シェーンは発色の悪くなった唇を震るわせながら娘に問う。しかしリーベは恐ろしさ故に返答に時間を要した。


「……う、うん…………」


 目を合わせることも難しく、自然と俯く形になる。すると結論は先延ばしになったのに、何故母がこの件を知っているのか、不思議に思えた。チラリと父に目を向けると、彼は気難しい顔をしていた。


「シェーン。今は共有するだけって言っただろ?」

「ですが!」


 一瞬声を荒げた彼女だが、はたと口を閉ざし、グラスを乾かす。


「……ごめんなさい。感情的になりすぎたわ」

「いいさ」


 エルガーは妻を(なだ)めるように華奢(きゃしゃ)な肩を叩くと、娘の方を見た。


「今更隠しても仕方ない。一応、ヴァールたちにも伝えておいた」

「……わ、わかった……もしかして、そのために散歩に?」

「まあな――だがな、アイツらに伝えたのはお前を冒険者にすると決めたからじゃない。その意味をよく考えることだ」

「う、うん……」


 ヴァールたちは優秀な冒険者だ。彼らの庇護下(ひごか)に入れれば、リーベは多少なりとも安全でいられるだろう。そのために前もって相談しておいたのだとリーベは悟った。同時に父が娘の無茶な望みに寄り添おうとしていることに胸が温かくなった。


(でも、お母さんは……?)


 恐る恐る様子を窺うと、渋面を浮かべていて、今にも泣き出しそうだ。


「お母さん……」

「…………教えて。どうして冒険者になりたいと思ったの?」

「それは……お客さんが……街のみんなが落ち込んでるから…………わたしが冒険者になれば、みんなを励ませるんじゃないかって……」

「……その考えは立派よ。でも……だからって冒険者である必要はあるの? 今まで通りお店を切り盛りして行く事だって立派な貢献じゃない?」


 落ち着いた口調に反し、シェーンは必死だった。それは食堂の亭主としてのプライドがそうさせている部分もあるが、主としてあるのは娘を冒険者にしたくないと言う強い思いだった。


 その痛ましげな主張にリーベは胸を締め付けられるのを感じた。


(でも……わたしはそれでも、冒険者になりたいんだ)


「…………さっきね、ダルさんに会ったの」


 あの苦悶と悲哀に満ちた声を思い出すと、涙腺が痛み、自然と涙が滲んできた。


「スーザンさんがいなくなったのお店の中に閉じこもっちゃって……きっと今も、一人で泣いてるんだと思う」

「…………」

「それで思ったの。わたしが知らないだけで、世界には魔物のせいで涙を流す人が沢山いるんじゃないかって……」


 両親の瞳を見据える。


 エルガーが深い実感に満ちた顔をしているのに対し、シェーンは目に涙を溜めていた。


「悲しむだけじゃない。この前のことでみんな怖がってる。だからわたしはみんなを励まして、護ってあげたいの……みんなの幸せを……」

「うう……」

「お父さんがそうしたみたいに、お父さんがそうだったみたいに……わたしは、わたしは……みんなの希望になりたいの。それは他のお仕事じゃ、きっとできないと思う……」


 今にも消え入りそうになる声を奮い立たせ、泣き崩れる母の目を見据え、自分の意思をはっきりと伝える。


「だからわたしは、冒険者になりたいの!」


(言いたいこと全部……言い切った…………あとは2人次第だけど……)


 シェーンは顔を覆って泣いていた。


 涙を流す人が1人でも減らすはずが、一番大切な人を泣かせてしまった。これでは本末転倒だし、親不孝にもほどがある。リーベの胸に不甲斐なさが募るが、それでもこれは必要なことなのだ。


 奥歯を噛み締め、スカートを握り絞め、母を見つめる。


「うぐ……ううっ…………」


 咽び泣く妻の肩に腕を回し、宥めながら父が言う。


「俺から聞くことは変わりない。お前には傷付く覚悟があるのか?」

「……ある…………!」


 父の瞳を見据えて言う。それは単なる返答ではない。宣誓だった。自分の思いを言葉に出したことで、彼女の胸には強い勇気が起こった。


「……わかった」


 父が溜め息まじりに口にしたその言葉に、彼女は内心、歓喜した。


 だがそれも一瞬のことで、母のすすり泣く声に次第に罪悪感が募る。


「やっと家族みんな、一緒でいられるようになったのに…………」


 咽び泣きながらの一言に対し、リーベは「ごめんなさい」以外の言葉を持たないでいた。


 それから長い長い時間を経て、シェーンはようやく落ち着いた。


「……取り乱してごめんなさい」


手の甲で目元を拭いながら続ける。


「…………いいわ。リーベが自分で決めたことなんですもの」


 その瞳は凛と煌めいており、決して諦観からくる言葉でないこと伝わってくる。

 一体どんな心境の変化があったのか、リーベは一瞬考えたが、言葉どおり娘の決断を尊重してのことだった。


「お母さん……」

「その代わり、絶対に死なないこと。いいわね?」


 母の背中を押すような一言に、リーベは力強く、心から頷いて見せた。


「…………うん!」


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